誰よりも高い山 ~プロレス界の帝王、高山善廣にささぐショートショート~
初めて観たのは小学校高学年の時だったと思う。
父に連れていかれたディファ有明。度肝を抜かれた。
他の日本人レスラーとは明らかに違う体格。怖いぐらいにふてぶてしい態度。ロープの最上段をたぐり寄せてひとまたぎにし、リングインする金髪の大男。
プロレス界の帝王、高山善廣。
ただのジャーマン・スープレックスがこの人が繰り出すと必殺技になる。
リングサイドから見上げる僕には、相手レスラーがそのままディファ有明の天井に頭をぶつけてしまうんじゃないかと思うほど高く持ち上げられ、そこから急転直下、リングに脳天が突き刺さる。
高山善廣のフィニッシュホールド、エベレストジャーマンだ。
ワン、ツー、スリー! うおぉー! 観客が一体となり歓声をあげる。
僕も覚えていないが拳を振り上げ叫んでいたらしい。後から父に、「お前があんなに大声で叫んでいる姿を初めて見た」と言われた。
その日以来、僕は高山義廣を追っかけた。高山さんはああ見えて、子供の頃は喘息で身体が弱かったらしい。とても信じられない。
それを乗り越えてプロレスラーになったのもすごいが、数年前には脳梗塞を発症して手術をし、二年間のリハビリを経て復帰していたのだ。無敵じゃないか。超人だ。
高山さんのキメ台詞、「ノーフィアー!」怖いものなんてない! この人のためにある台詞だ。
高山さんの試合を観ている時は何もかも忘れて没頭できた。何度も見返し、目を閉じても瞼に映像が鮮明に映し出されるほどだった。
いつしかその映像の主役は僕になり、技を繰り出す。奴にジャーマンをくらわせる。
始まりは学校帰りに自販機でジュースを奢らされたことだった。
中学生になってできた友人だ。もはや友人ではないし、元々そう思われてはいなかっただろう。
僕はカモだ。段々とエスカレートしてお年玉もだいぶ少なくなった。情けなくて涙がでてくる。強く断れないんだ。怖い。対峙すると足が震えて、息がつまって言葉がでてこない。
そんな時だ。衝撃的なニュースが飛び込んできた。
高山義廣、頸椎完全損傷。
試合中、技をかけ損ねて受傷。救急搬送されて一時は、自発呼吸もできなかったらしい。
この時、復帰には相当時間がかかるなって思っていた。甘かった。ただの頸椎損傷ではなく完全損傷。首から下は完全麻痺。一生動かない。嘘だろ? 無敵じゃなかったのか。いや、高山さんも人間だ。仕方がない。今後どうするんだろうか。ただひたすら心配だった。
数ヶ月後、ブログが更新されていた。
電動車椅子を顎で操作して移動する練習をしていると。
日々リハビリを頑張っていると。不屈の精神で。
高山義廣は人間じゃなかった。そういえば超人だった。
僕もケリをつけなくてはいけない。
対峙するとやっぱり足が震える。鼓動が早くて息が切れる。でも言うんだ。
「金がないって、ふざけてんのか!」
あり金は全部、『タカヤマニア』に募金した。もう逃げ道はない。
拳が飛んできた。咄嗟に首を捻って痛みを逃し、後方に倒れこむ。
痛い。けどこんなものか。受け身の仕方は何度も映像で観ている。
奴がオロオロしている。もしかして人を殴ったの初めてなんじゃないか。
「何笑ってんだよ、気持ち悪ぃな!」
まだ足は震えている。でも僕は踏み出した。ロープをまたいでリングに立てたんだ。
この震えは、武者震い。
今なら言える。いくぞ!
「「ノーフィアー!」」