恋とはため息でできた煙である
なんかどうも、
後輩あるいは歳下→女の子→先輩あるいは歳上
という構図が好きらしい。
でも、今だに恋愛タグをつけるのはとても詐欺だと思っている。
大学の最寄り駅から二駅ほど過ぎると、少し空いてくる。
運よく目の前の席が空いたので、心の中でガッツポーズをしてその隙間に体を滑り込ませる。
すると、見上げた先に、目を丸くした真生さんがいた。
「……森村くん?」
「ども。……座りますか?」
「ううん、大丈夫。ありがと。一緒の電車だったんだね。」
男の俺から見たら信じられないくらい細い足に、そんなに高くはないけれど低くもない踵の靴で電車に揺られている真生さんは、見た目に反してとても男前だ。
どんなに重たそうな荷物を持っていようと、「持ちますよ」などと言おうものなら笑顔で瞬殺される。
『自分で持てないなら最初から持ってもらってるから大丈夫。』
本当はとても座ってほしいけれど、彼女が否と言ったら否で、是と言ったら是だ。
それが覆ることは無い。
そういう真生さんを、真生さん自身は「かわいげがない」と称する。
でも、俺は「男前」だと思う。
外したイヤホンと携帯を鞄にしまいながら、真生さんは俺を見てちょっとおかしそうな顔をした。
「?」
「なんか、すごく狭そうだなって思って。」
「……まあ、無駄にでかいですからね。」
「横にじゃなくて良かったじゃない。森村くんって何センチあるの?」
「181.8です。」
「男の子ってなんで『.8』って言いたがるんだろうね。181か182でよくない?」
「そりゃ、1ミリでも正確な方がいいでしょう。」
「面白いなぁ。」
すごーい、たかーい、うらやましーい、と、一般的な反応をしない彼女こそ面白いと思う。
それでこそ真生さんだ。
いつも通りだ。
とても、一週間前に一応振った後輩と話しているとは思えない。
『真生さんのこと好きなんですけど。』
『あ、そうだったの。今時珍しく草食じゃないんだね、見た目草食そうなのに。』
『俺と付き合ってほしいんですけど。』
『ごめん。私好きな人に今猛烈アピール中なの。』
『知ってます。』
『がんばれ。』
『……がんばっていいんですか?』
『まあ、自分が見込みの薄い恋にがんばってる以上、だめだって言えないよね。』
『……そういうもんですかね。』
というやりとりを思い出して、なんだかため息をつきたくなる。
優しいんだか厳しいんだかよく分からない真生さんは、今日も「先輩」に猛烈なアピールを仕掛けたのだろうか。
「真生さんは、どれくらいがんばるんですか。」
唐突な問いに、真生さんは少し首を傾げたが、あまり迷いのない声で返してくれた。
「卒業式までには告ろうと思ってるけど。」
「あと半年ですね。」
「ほんとだね。」
真生さんの好きな人は筋金入りの鈍感で、彼女はもう一年近く「猛烈なアピール」とやらを続けていると噂だ。
めげない彼女も彼女だが、気づかない彼も彼だ。
その「先輩」の卒業まで半年で、真生さんの卒業まではあと一年半。
「……じゃあ、俺も、真生さんの卒業式までにもう一回告ります。」
「おお、やる気だ。」
「それまでがんばります。」
「……なんか、思ったけど、それって私が先輩に振られるの前提だね。」
「単なる希望的観測です。」
嫌な奴、と笑った真生さんは、なんとなくだけど、半年後先輩に受け入れてもらえないような気がする。
そしてたぶん、一年半後、俺を受け入れてもくれない気がする。
だからこそ、真生さんも俺も、その予想的未来を変えようとがむしゃらにやるしかないのだった。
Love is a smoke made with the fume of sighs.
——ウィリアム・シェイクスピア
とてもシェイクスピアっぽい台詞ですよね。
シェイクスピア会ったことないですけど。