先触れ 「五番目の受難」
さき−ぶ−れ 「予め連絡する事。五番目への依頼」
城は噂の宝庫だ。
大抵は何処かの貴族の醜聞だが、ここ最近の話題は魔導士『一番目』の事だった。
以前からヘイスの実力は『一番目』の名に相応しくないのではないかと囁かれていたが、先のカサヴェテス侯爵令嬢フィシカの『婚姻の件』で王城に訪れていたデュオと対決し、敗北した場面を複数の野次馬に目撃され、その噂が一層真実味を持って人々の口の端に登るようになってしまった。
と同時に、その時デュオと共にいた、辺境伯の護衛官だという女性の事も一気に広まった。
それは『魔力の強さが全て』といわれるこの世界では俄には信じられない話で、少年の様な彼女は魔導士十人を相手にし、無手であったにも拘らずあっという間にふたりを戦闘不能にしたというのだ。
それだけでも驚きだが、その折、特定の女性を持たない好色漢と勇名を馳せているデュオが、その女性を自らの妻だと公言し、その後本当に夫婦になったのだ。
その婚姻は実に簡素なものだったが、銀紙署名の『顔ぶれ』が広まるにつれ、その女性の名は城内に留まらず、貴族の間に一気に広まり、皆その正体に興味津々になっていった。
その女性は『シズル』といい異世界人で只人だったが、魔物に噛まれたことにより魔力を得て、この世界のものとは違う呪文や詠唱をもって魔術を使うのだという。
しかも彼女がこの世界に来ることとなったきっかけが、王太子ルーデリックと魔導士『一番目』による不完全な『聖女召喚術』であった事が知れ渡ると、シズルは本当は聖女ではないのかと囁かれるようになった。
なるほど、と貴族たちは一様に納得した。
実際の現場を目撃していない彼らは、シズルが『聖女の力』で魔導士数名を退けたと考えたのだ。
その話と前後して、今度はそのシズルの夫となったデュオについての『良からぬ話』がじわじわと城内に広がっていった。
曰く、平民でありながら強大な魔力を持つデュオが、無理矢理聖女を我がものにし、貴族相手に何某か企てようとしているのではないか、というものだった。
冷静に考えれば、強い力を持つ『番号持ち』は国王バシレウスとの聖魔術契約で縛られており、しかもたったひとりで『下克上』を企てるなど不可能な話だった。
戦々恐々とする貴族たちとはまた別の方向性で、『魔導士の塔』と呼ばれる魔導士たちの住処では、デュオやシズルの生殖に関わる下世話で聞くに耐えない事柄も囁かれていた。
こうして『ヘイスの一番目としての実力』云々の話は、いつの間にかデュオへの誹謗中傷や、聖女と目されるシズルの今後の動静にすり替わっていった。
新年の祭祀を前にして、バシレウスにより禁足にされていたルーデリックが、恩赦を受け解放される事になり、それを受けて王妃預かりだった異世界人ルカが、正式にカサヴェテス侯爵と養子縁組をする事に決まっていたが、そんな話題はすっかり霞んでしまっていた。
人間は衝撃的な他人の醜聞、誹謗中傷が『大好物』なのだ。
噂は大好物だが、悪意のあるデマは吐き気がする。
特に魔導士の塔で嘲笑と共に蔓延する事柄に、ペンテは居心地の悪い思いをしていた。
デュオは勿論、シズルとも直接面識のある『五番目』は、その噂が根も歯もないことで、しかもそれを意図的に流しているのが『一番目』だと分かっていたが、番号持ちの魔導士にしては気弱なペンテには、それを声高に指摘し訂正する度胸はなかった。
噂収集が趣味であるペンテは、教会が聖女──シズル獲得に動き出している事も掴んでいた。
ヘイスは城内にデュオの良からぬ噂をばら撒くだけでは飽き足らず、教会の力を利用して彼からシズルを引き離そうと考えているようだった。単なる嫌がらせにしては念が入り過ぎて、ヘイスの執念深さを感じペンテは怖気を震った。
ペンテにはそれ程までにデュオに固執し敵視する、ヘイスの気持ちがさっぱり理解できなかった。
デュオは基本、他人には無関心だ。こちらから手を出さない限りは何もしない。ならば放って置けばいいのだ。
ペンテは敵だらけの中でも凛としたデュオの強さに憧れてはいたが、魔導士という人種の本性を知っているので積極的に関わりたいとは思わない。
「おい、ちゃんと聞いてんのかペンテ」
「う、うん。き、聞いてるよデュオ」
それなのにペンテは今、そのデュオと魔導通信で会話をしているのだった。
王城の広大な敷地の一角に魔導士の塔がある。
そこには勿論魔導士達が住んでいるのだが、王城に暮らす者は様々な危険を恐れて余り近寄らない。
ペンテはそこにある自室で、デュオの魔導通信を受けていた。
部外者は殆ど知る事はないが、魔導士の塔にも転移陣があった。デュオはそれを今から使用するからと、ペンテに『先触れ』とも言える魔導通信を寄こし、尚且つ転移陣の場所の人払いと監視を頼むと話しているのだ。
これは魔導士同士では異例中の異例な事だった。
元来自分勝手で気儘な魔導士という人種は、転移陣を使用するからといって先触れを出したりはしない。
とは言うものの、魔導士も普段はきちんと『先触れ』を出し王城の転移陣を使用する。しかしそこは見張りの兵士が常駐し管理が厳しく、その為正しい使用手順に従わななければならず、それに従っているに過ぎない。
反対に、魔導士の塔の転移陣は堅苦しい決まり事も監視もなく、使いたい時には誰でも自由に使用できるが、その使用は『自己責任』となっている。
よって運悪く転移陣の使用が双方向でかち合った場合、力の弱い者は転移の道から弾き出されてしまう。
その事を充分理解した上で、邪魔者を排除する為故意にそういった使われ方をする事もある魔導士の塔の転移陣は、ある意味喧嘩上等の『魔導士専用』の転移陣と言えるだろう。
魔導士順位の『二番目』が使用すれば、万が一同じ転移の道にいた場合でも、弾き出されるのは相手の方だが、デュオはそういった『事故』を起こさない為、他の者が近付かないようペンテに立ち会えと言っているのだった。
「俺は別に気にならねえが、『これ以上評判を下げてどうする』と言われちまってな」
案の定、デュオからは魔導士らしい言葉が発せられた。では人払いを望んでいるのは誰なのだろうか、とペンテが考えていると、すぐに明るい声が聞こえてきた。
「すみませんが、お願いできますか?」
姿は見えないが聞き覚えのある女性の声がした事で、ペンテはデュオに助言をした人物がシズルだと理解った。どうやら彼女も一緒に魔導士の塔に転移して来るつもりのようだ。
かつて転移の道から弾かれ、未知の空間『狭間』に迷い込んだルカを救う為、そこへ単身飛び込んだシズルの心根はあの頃と変わっていない様子で、心優しい彼女がもしもの事態が起こらないように気を配っているのだとペンテは察した。
殺伐とした魔導士の塔でペンテは人の善意を感じ心が暖かくなったが、次の瞬間、その魔導士の塔で蔓延するシズルに関する下世話な噂話のことを思い出し顔を曇らせた。
デュオは今更誰に何を言われようと何とも思わないかも知れないが、他者を気遣うシズルに嫌な思いをさせたくないとペンテは考えた。
「あ、あの、今こっちじゃ酷い噂話がひろ、拡がってて」
しどろもどろに話すペンテにデュオがにやりと笑った。
「知ってる。魔導士の塔でピーチクパーチク囀ってんだろ? 今からそいつらを『黙らせに』行くから心配は要らねえ」
ペンテはその言葉に気を失いそうになった。
手の平サイズの魔導通信を介しても、ペンテが真っ青になっているのが見て取れ、フロトポロスの客間でデュオは首を傾げた。
「・・・うん? 俺たちの仲睦まじい所を見せつけて、周囲を『黙らせる』って作戦だよな? ペンテの様子が変だぞ」
「言葉が足りてませんよ。それにペンテさんの反応は、デュオの『日頃の行い』というものでは? 王都で一体どれだけの魔導士を血祭りに上げたんですか。それと仲睦まじいは良いですけど、人前で過度な接触は嫌ですよ?」
何故かご機嫌なデュオにシズルが釘を刺した。
「何でだよ。これでもかってくらいにベタベタしねえと、周囲にゃ俺たちの仲がいいかどうかなんか分かんねえだろ?」
「手を繋いで王城を闊歩するとかで良いのでは?」
「子供かよ。人前だろうが所構わず接吻は基本だ。勿論シズルからだぜ」
「ないわー。『愛の拳』ならいくらでも喰らわせますが」
シズルの言葉にデュオは思わず鳩尾を押さえた。
「なんだデュオ。王都に行くのを渋ってた割に、あっさりテッセラの提案に乗ったのはそういう下心満載だったからなのか」
呆れた奴だと、シズルとデュオのやりとりを聞いていたシルベスタが言った。
シズルはデュオを指し「こんな大人になっちゃ駄目だよー」とザカリとテッセラに注意し、デュオは「新婚なのに甘さが足りねえぞ」とぼやいている。
「その作戦とやらが最初から破綻していると感じるのは俺だけか?」
魔導通信先の、今にも倒れそうなペンテをそっちのけで、一気に混乱状態になった客間の様子にジークハルトが溜息を吐いた。
食堂から移動した客間で、シズルたち六名は今後の方針を話し合っていた。
話し合ううちにシズルが「こちらには何も後ろ暗い事がないのに、座して処刑を待つような感じが我慢ならない」とぶつくさ言い始めた。彼女は更に「バシレウスに教会との仲介を頼んだが、呼び出しを喰らう前に王都へ押しかけて、悪評を垂れ流している有象無象を始末するのはどうか」と物騒な事を提案したのだ。
始末、と言っても実際にこの世から消し去ろうと思っているわけではないが、先手必勝が常のシズルは、何もせず辺境でじりじりと待つ事が嫌だったのだ。
デュオはシズルとは反対に、周囲の貴族や魔導士をあしらう面倒くささを想像し、王都入りを渋っていた。
するとテッセラが、如何にも子供らしい発想で「王都に行くならこの際『古巣』に帰り、ふたりが仲が良い夫婦である事を見せて噂を払拭すればいいのでは」と言い出した。
テッセラのいう『古巣』とは魔導士の塔の事だ。
ひと部屋を数人でシェアしている平の魔導師たちとは違い、『番号持ち』に与えられている広い住居は彼らの専有空間で、住人不在とはいえ他の魔導士が立ち入ることはできない。当然デュオとテッセラの自室もそのままになっている。
つまり早い話が、教会との会談が調うを待つ間、魔導士の塔にあるデュオの自室に夫婦揃って滞在し、煩い外野の風評被害の鎮静化を図ってみてはどうか、という事だった。
実際それで鎮静化すれば良し、しなくても現在王城で『聖女』だと(誤)認識されているシズル本人が、デュオの『悪行』を否定し睨みを利かせるだけでも効果がありそうだった。
王城の転移陣を使用せず、その古巣へ正面切って帰る為に、魔導士の塔の転移陣を使用しようと言い出したのはデュオだった。
王城の転移陣を使用する為には先触れを出さねばならず、しかも今すぐに転移できる訳ではない。予めデュオが向かうことが知れ渡れば、以前のヘイスやトリアの時のように、害意のある者に待ち伏せされる可能性もあったからだ。
その点、魔導士の塔の転移陣は先触れを出して使用する性質のものではなく、今すぐにでも使用する事が可能だ。だが出来るだけ不必要な被害は抑えたいというシズルの言葉を受け、比較的デュオに友好的なペンテに『魔導士の塔側の立会人』として白羽の矢を立てたのだった。
もしペンテに断られてもデュオには何の問題もなかった。被害を被るのは彼自身ではないし、魔導士の塔の転移陣の使用は『自己責任』だからだ。
そんな事とは露程も知らないペンテは、王城や魔導士の塔で蔓延する噂に腹を立てたデュオが、魔導士たちを『永遠に』黙らせるために乗り込んでくるのだと、心底震え上がっていた。




