庵にて・2 「女子会と手練手管」
いおり−にて2 「肉食女子のお茶会」
ミゼンの庵は、古書特有の少しカビ臭いような、湿った土のような匂いがする。
今はそこに花の香りが混ざっていた。
花の香りのするその柔らかい物体に体当たりされ、シズルはぐえっと変な声をあげた。
「静流さん!!」
軽くウェーブのかかった栗色の髪の毛の主は、シズルにぎゅうぎゅうしがみついてきた。ついでに、そのけしからん胸もぐいぐい押し付けられている。
「静流さん、会いたかった・・・!」
「る、瑠花ちゃん苦しいよ」
ミゼンの庵に突然現れたのは、、シズルと一緒にこの世界に招聘された異世界人で同郷のルカだった。
ルカは、国王バシレウスに無許可のイレギュラーな聖女召喚術で、シズルと一緒にこの世界にやってきた。
ふたりとも魔力を持たない只人で、魔物と混ざったシズルとは違い、ルカは今も魔力を持たない普通の人間のままだ。
シズルはこちらの世界に来てすぐに辺境に追いやられてしまったが、ルカは彼女に一目惚れした王太子ルーデリックによってずっと城に留め置かれていた。
その後ひと騒動あって、ルーデリックは『禁足』を命じられ、秘匿扱いだったルカは現在、離宮で王妃預かりになっている。
この時点でシズルは嫌な予感がしていた。
「もう! 静流さんてばミゼン様のところに来てるなら、どうしてわたしの所に来てくれないんですか?!」
「ごめんね、王城はちょっと苦手で」
「あらあら、『どこかの魔導士』と同じようなことを言うのね。やっぱり付き合う相手に似るのかしら?」
ルカに続いて、黒髪に碧い瞳だけはそっくりの、小柄でほっそりとした貴婦人が現れた。
ジークハルトの姉である、王妃オルタンシアだ。
シズルは内心で、げえっと叫んだ。
さすがに王妃に対して、直接発する言葉としてはマズすぎるので、寸前で堪えたが、シズルは彼女が大の苦手だった。
ルカがこの場に現れた時に、すでに予感はしていた。
この世界では魔力を持たない、異世界人の只人であるルカが、ひとりでミゼンの庵に来ることは不可能だ。
ルカはオルタンシアに連れられ、王城と庵を結ぶ、王家の秘密ルートを通ってここに来たのだ。
全然秘密の意味がないぞ王家! とシズルは無言のまま全力でツッコんだ。
「そうでした! シズルさん、お付き合いしてる人がいるんですよね? その人のお話を聞かせてくださいよ」
逃がさないぞ、とばかりにルカがシズルの腕をがっしり掴んだ。
その横でマイペースなフィシカが立ち上がり、オルタンシアに素晴らしい淑女の礼を披露している。
「オルタンシア様。お久しぶりでございます」
「元気そうねフィシカ。アビアスタは相変わらずなの? ほらねルカ、わたくしが言った通りでしょう? シズルは可愛い娘のお願いは断れないのよ。ね、シズル」
こちらもマイペースな、元祖・凶悪な天然のオルタンシアが好き勝手な発言をしている。
シズルはすでに白旗を揚げていた。
彼女は今の状況を整理しようと、頭の中で分かっている事実を並べてみる。
ミゼンは王家に仕えている魔導士だ。
冷静に考えてみれば、いくらミゼンがシズルを気に入っているとはいえ、密かに王城にも繋がり、貴重な魔術書や魔道具のある庵を、簡単に明け渡すのもおかしな話だった。
オルタンシアがここにやってくるのが、最初からわかっていたかのようだ。
シズルが少し前から庵に出没していたのは、おそらく国王バシレウスも把握済みなんだろう。
彼が把握しているのなら王妃のオルタンシアは言わずもがなだ。
王妃オルタンシアは、別名『予言の魔女』と呼ばれる人物である。
さまざまな要因を考えて、こうなることが予測済みだったのか、こうなるように誘導したのかはわからないが、やはりオルタンシアはこの国の『影の支配者』に違いないとシズルは確信した。
なんだかよくわからないうちに、いつもは静かなミゼンの庵が、本当に女子会の様相を呈してきたが、四面楚歌の気配がするのは気のせいだろうか。
気のせいであって欲しい、とシズルは心底願っていた。
ミゼンの庵に集合した女性たちはそれぞれ挨拶を交わした。
オルタンシアの元での淑女教育の賜物か、ルカも綺麗な淑女の礼を披露した。
シズルはそんなものとは無縁の生活なので、相変わらず男性がするように、軽く胸に手を当てお辞儀する。
「殿下、ご無沙汰しております」
なんとか気持ちを切り替えて挨拶をしたものの、オルタンシアはシズルにカウンターパンチを喰らわせた。
「まあシズル、またそんな他人行儀な。ジークと家族ならわたくしとも家族でしょう?」
「かぞっ?!」
シズルがジークハルトたちのことを、『新しい家族』だと告白した相手はこの場にひとりしかいない。
シズルはその人物にちらりと視線を投げかけた。
「えへ」
ルカはぺろっと可愛らしく舌を出した。
確かに可愛いが、えへ、じゃないぞコノヤロウ。
女同士の『ないしょ話』は内緒でないことをシズルは思い出していた。
オルタンシアの『ジークハルトと家族』という言葉を、どういう意味に解釈したのか、凶悪天然令嬢のフィシカが顔を紅潮させた。
「まあ! 家族ということはシズル様はその、ジークハルト様とも?」
「とも? は?」
問題発言をぶちかましたフィシカに、同年代のルカが食いついた。
「えっ、どういうことですか?」
「シズル様は、魔導士の方とお付き合いなさっているんですけど、わたくしが夜分お部屋にお訪ねした時に、寝室に殿方がいらして」
「ええっ?!」
シズルの『悪女設定』は、フィシカの中でまだそのままのようだった。
「瑠花ちゃん、それザカリだからねっ」
「静流さん、ザカリと一緒に寝てるんですか?」
ルカはザカリの正体が魔狼だと知っている、はずだが何故か声が硬くなった。
「うん」
「ダメですよっ」
「だって気持ちいいんだもん」
シズルはザカリの毛皮の感想を正直に述べた。
すると、きゃあっ! と十代女子二人が同時に嬌声をあげた。
「シズル、貴女意外とやるわね」
オルタンシアがしみじみ言った。
何を? 何が? やるってなんだ、とシズルは混乱している。
言葉が足りないせいで、ルカもオルタンシアも、『美麗な青年姿』のザカリと彼女が一緒に寝ていると勘違いしている。
シズルは溜息を吐いた。
「もう、その設定でいいです」
出だしからダメージを受けたシズルは早々に説明を放棄した。
「そんなにスネてはダメよ、シズル。貴女にそんな真似ができるわけないでしょう?」
くすくす笑いながら話すオルタンシアは、シズルの反応を面白がっているだけだった。さすが姉弟、シズルの性格をよく理解している。
くそう、とシズルはテーブルの下で拳を握った。
「それはそうとフィシカ、貴女のことはいろいろ聞いているわよ。アビアスタが婚約を受け入れないんですって?」
「はい。それはもう頑なに」
シズルは自分から話題が逸れたことにほっとし、再び流れ弾に当たらないよう、気配を消しその場の空気になることを選択した。
「それとなく触れてみたりしているんですけど、次第に表情が固くなるばかりで、少しも良い反応が返ってこないのです」
「あら、表情が強張るのは、他のところが反応しているからではないの?」
「ぶはっ!」
オルタンシアが上品な仕草で首を傾げながら、上品ではない発言をした。
「・・・がはっ、げほっごほっ」
「静流さん?! 大丈夫ですか?」
シズルはお茶を吹き出し盛大に咳き込んだ。
ルカがシズルの背中をさすっている。
「わたくし、物語でよく見かける『媚薬』なるものを試してみたいのですが、入手方法がわからなくて」
「若い娘はそんなものを使わなくても大丈夫ですよ。ひと晩一緒の部屋の中に閉じ籠って、夜着でせまってご覧なさい。余程の聖人君子でない限りイチコロよ。そうだわ! もういっそのこと、そうやって既成事実を作っておしまいなさい」
オルタンシアのお墨付きをもらったフィシカは両手を握りしめ、そうですわねと鼻息を荒くしている。ルカは何故か『媚薬』に興味津々の様子だ。
侯爵令嬢は『薬を盛る』と言い、王妃は『襲いかかれ』と言っている。
シズルは異世界女子たちの肉食具合に驚愕し、純情そうな護衛騎士を思い浮かべ、心底彼に同情した。
その後もオルタンシアが次々と語る、『男女の様々な事柄』の情報収集に努める熱心な娘たちを前に、シズルはただひたすら物言わぬ貝になっていた。




