飛蝗 「治療の終わりと肉団子」
ばった 「飛蝗と筋肉団子、どちらも食用不可」
さて前回までのお話。
ナイスバディの女戦士の元カノに、よくわからない理由で恨みをかっていた魔導士デュオは、イタゲニスの脳筋男、女戦士の今カレのサットムンと、タイマン勝負をすることになった!
しかし腹黒策士な魔導士デュオは、脳筋戦士の必殺技を力技でぶっ壊し、鬼畜な技で黒焦げにしたのだ。
そこに現れた、心優しく可愛い魔物の乙女が、黒焦げの脳筋男を哀れに思い、その癒しの力で彼を救った。
「・・・もとい、現在進行系で救っているのであった、まる」
デュオが闘技場を水浸しにしたせいで、地面に座ることも出来ず、横たわるサットムンに手を伸ばし、微妙な格好でしゃがみこんでいるシズルは、さっきからつらつらと、劇場の冒頭で物語のあらすじを語る読み手のようなことをしている。
突っ込みどころ満載の台詞だったが、デュオはシズルを見ることなく、腕を組んで立ったまま、視線を上げて周囲を観察していた。
シズルが勝手に脳内変換したあらすじを語り始める少し前。
デュオの芝居っ気たっぷりの、大袈裟な煽りにまんまとのせられ、すっかり頭に血が上ったイタゲニスの戦士たちが、四方八方からデュオめがけて一直線に走りだした。が、彼らは闘技場で横たわっているサットムンや、彼のそばでしゃがみこんでいる、シズルのことは全く目に入っていない様子だった。
デュオは叫んだことですっきりして、すでに冷静さを取り戻していた。
プレンチャンだけではなく、イタゲニスの戦士たちは総じて猪突猛進の猪男のようで、奴らの頭の中には、本当に筋肉が詰まっているんじゃないかと、デュオは呆れ果てていた。
戦士の自尊心とやらを傷つけたデュオをぶちのめすためなら、祈るように背中を丸め屈んでいる、小さなシズルのことなどどうでもいいようだ。
全くもってどうしようもない連中だ。
猪相手に本気になるのも馬鹿馬鹿しいと、デュオは呪文を唱えた。
「ティホマ・アンティデラシ」
デュオは前段階として、自分の身長の三倍ほどの、魔力の壁を立ち上げた。
もちろんただの壁ではない。壁の外側に、反作用の力を付加したものだ。
そしてデュオは、戦士たちを充分引き付けたところで、頭上で輪を描くように軽く手を振り、シズルと自分を含んだ周囲の空間に、ぐるりと壁を廻らせた。
「スウェイ」
戦士たちは壁に気付かず、そのまま走りこんで、大きな音を立て壁にぶち当たった。
その直後、走りこんできた時と同じ勢いで壁に弾かれ、周囲の者を巻き込みながら、派手に後方へ吹き飛んだ。
獣なら柵からこっちへ入れなければいいのだ。
デュオは相変わらずその場に突っ立ったまま、次々と弾き飛ばされる脳筋戦士たちを、冷めた目で眺めていた。
どかん。
先ほど目の前で自分たちの仲間の、大きな戦士が弾き飛ばされたというのに、第二陣が『反作用の壁』に体当たりを仕掛けている。
わあ! とかぎゃあ! とか言いながらど派手に弾き飛ばされているところをみると、やはり、脳筋には学習機能は備わっていないようだ。
「ところでさっきのはなんだよ。捏造も甚だしいぞ」
「む。ほぼ合ってるじゃないですか」
シズルは相変わらずしゃがみ込んだままで、サットムンに掛けられたローブの下に手を突っ込んでいる。
彼女は未だ、相手の体に触れずには治療できず、発動した治癒の力をの持続するために、エネルギーを供給している状態だったのだ。
「暇なんですよ。皮膚再生は順調なんですけど、誰かさんがやり過ぎたせいで、全身黒焦げなんですよ? もう、しゃがんでるのも疲れました」
癒しの力を使っている『自称』乙女が、ぶうぶう文句を言っている。
「んじゃあ、止めちまえばいいじゃねえか。別にそいつを治してやる義理はねえぞ」
体当たりを諦めた戦士のひとりが、やっと魔術を使う気になったようだ。
ごおっ、と壁に向かって炎をぶつけたが、その炎も跳ね返されて、わあぎゃあ悲鳴があがっている。
「嫌ですよ。今止めたらデュオの元カノの今カレが、まだらで物凄く面白いものになるじゃないですか。初めての本格的な人体じっけ、もとい、治癒がヘンテコな出来だったら、私の沽券に関わります。それにしてもうるさいですね」
「本当に頭を使うってことを知らねえ連中だ。反作用の力が付加されてるからって、壁そのものが壊れねえわけじゃねえのに」
ぶつけるから跳ね返るのだと、戦士たちは理解していない。
たしかにそれでも、術者より力が勝れば破れるかもしれないが、そんなことをしなくても、他にもこの術を容易く破る方法はあった。
力押しなどせず、ただ静かに壁に触れて、壁そのものを破壊する魔術式を唱えればいいだけなのだ。
これが、既存の魔術をただ漫然と行使するものと、魔法の仕組みを考え、研究し追求する魔導士との違いだった。
「それにしてもデュオってば、カッコいい啖呵切ってたのにねー。戦士をぶっ潰すんじゃなかったんですか?」
シズルが茶化すと、デュオはふん、ととんでもないことを言い出した。
「そりゃ『劫火』でも使えば、半分くらいは殺れるだろうが、ここはエデルじゃねえから、後始末が面倒くせえ。まあいざとなったら、陛下に丸投げで逃げりゃいいんだけどな」
「王様に丸投げって・・・」
一体魔導士という人種は、どういう教育を受けているのやら、とシズルは、さらりと大量殺人宣言をするデュオに呆れた。
その時、シズルが手を突っ込んで触れている、ローブの中身が身じろぎした。
どうやらサットムン自らの、自己修復も順調のようで、彼は覚醒しつつあるようだった。
これなら少しくらい、まだらで放って置いても、頑丈なイタゲニス人なら、あとは自力でなんとかできそうだ。
そう判断したシズルはデュオに声をかけた。
「もういいみたいです。このローブどうします? 回収しますか」
「要らねえよ、気色悪い」
サットムンから手を離したシズルが、彼に掛けられているローブの端を摘んで聞くと、デュオは本気で嫌そうに顔を歪めて、ローブの所有権をあっさり放棄した。
一応魔導士のローブではあったが、魔法の銀糸刺繍のない、無印ローブなのでここに放置しても問題ないだろう。
デュオがシズルに手を貸し、彼女は立ち上がった。
「さて、どうします? まだ皆さん諦めてないみたいですよ」
『反作用の壁』の威力は十二分に体験したのか、一般客は諦めて観覧席に戻り、ずいぶん数が減っていたが、戦士たちはまだ遠巻きに、透明な壁の内側のデュオを睨みつけている。
気のせいか、シズルにもその怨嗟の視線が、ぐさぐさと刺さっているような気がするが、完全なとばっちりだった。
シズルが視線を上げ周囲をぐるりと見回すと、観覧席の上段の日傘の中で、偉そうに胸を反らせている、露出多めなミンバイが、その視界に入った。
「デュオ、私ちょっとあそこの元カノをシメてきます」
「はあ?」
「とう!」
ふざけた掛け声をかけたシズルは、その場で飛び上がると、そのままふいっと掻き消えた。
扉という媒介を介して、何度かあちこちに空間移動しているうちにコツを掴んだシズルは、目で見える範囲の距離なら『跳躍』できるようになっていた。
ただ、変身ヒーローものよろしく、ヘンテコな掛け声が必要だったが。
飛び上がって、そのまま消えてしまったシズルを目撃していた戦士のひとりが、デュオの張り巡らせている壁の上部を見上げ、何かを探している様子だった。
シズルは実際には、壁の上から飛び出したわけではなかったが、もしかすると単純な脳筋には、そう認識されたのかもしれなかった。
戦士は身を屈め、ぐぐっと全身のバネを縮めると、助走もつけずその場で飛び上がり、高い壁を超えてそのまま内側に入ってきた。
「飛蝗かよ」
デュオは改めて、イタゲニス戦士の身体能力の高さに呆れた。
彼は魔法も使わず、バッタのように脚力だけで、自分の身長の二倍以上はあるだろう、高さの壁を飛び越えたのだ。
こりゃヤバいと、デュオは何気ない動作で、相手に気取られないよう、指先で空中に魔法陣を描き始めた。
『壁』ということで、上部が空いている、とやっと気づいた戦士たちが、次々と跳躍の姿勢に入った。
遠目にやたらと目立っていた、その傘を目標にしたのがいけなかったようだ。
ヘンテコな掛け声と共に、ミンバイの元へ跳躍したシズルは、目測を誤り、レースクイーンの傘の上に着地した。
傘の後方に着地したせいで、急な重さの変化にバランスを崩した、傘持ちの従者が仰け反って、そのまま後ろに倒れ込んだ。
大きな日傘と、それを支えていた従者を踏んづけて、シズルは目の前の、見事な黒髪をした青い目の女豹を見上げた。
「なっ?! あなたどこから来たの?」
「それはどーでもいいです。さっさと試合終了の合図を出せ、この野郎」
シズルはミンバイの背後に降り立ったおかげで、闘技場の様子が良く見えていた。
今闘技場では、壁の外にいた戦士たちがイナゴのようにジャンプして、次々とデュオのいる壁の中に、集結しているところだった。
デュオを中心に壁を背負った戦士たちの輪ができ、褐色のドーナツのようになっている。
早く止めないと『戦士たち』がヤバイ。
「貴様! ミンバイ様に向かって、なんだその態度は!」
従者のひとりがシズルの肩を掴んだ。
シズルは予定調和のルーチンのように、ごく自然な動作で、自分の肩を掴んでいる従者の手首を掴み、しっかり肩に押さえつけたまま、くるりと身体を回転させた。
シズルの身体の回転に、つられるように捻られた従者の手首が、稼働限界を超えた角度に曲げられた。
ごりん、という音と共に絶叫が響いた。
シズルは平然としたまま、ぺいっと従者を放り出し、ミンバイにもう一度命じた。
「合図を出せってばよ」
「小僧! 調子に乗るなっ!」
外野の煩さに辟易としたシズルは、元気な従者たちを視界に収めると、指先でくるりと輪を描いた。
「ガチャポン」
シズルの一声で、残りの従者たちが見えない力で一か所集められたかと思うと、そのまま褐色の団子状の塊になってしまった。
実際はシズルの出現させた、『カプセル』の中に閉じ込められているのだが、ぎゅうぎゅう詰めで、明らかに定員オーバーだった。
しかも中で筋肉が蠢いているのだ。
自分で行使しておきながら、シズルはあまりにも気持ち悪いその光景に、気が遠くなりそうだった。
その時、シズルの背後で、刺青の術式を『発動』させる呪文が聞こえた。
「シキニセ!」
どうやら女戦士は、シズルと『肉体言語』での会話がご所望のようだった。




