余興 「魔導士 対 戦士」
よ−きょう 「デュオの静かなる戦い」
果たして余興というのは正しい言葉であろうか。
目の前で繰り広げられる、肉の壁によるエンターテイメントを見る限り、むしろ遊園地の絶叫系アトラクションではなかろうかと、シズルは遠い目になった。
遠い目になったのは、目の前の褐色の壁からの現実逃避を図る為だったが、遠くを見たからといっても、闘技場の反対側の観客席が見えるだけで、何の解決にもならなかった。
昨日の興奮とそのあとの飲酒のせいか、やたらとテンションの高い観客たちが次々と名乗りを上げ、先を競うように闘技場に飛び込み居並ぶ戦士たちに挑み、そして宙に舞った。
文字通り、今現在も宙を舞っている。
挑戦者たちは、まるで放りっぱなしのジャグリングのピンのように、戦士たちにぽんぽん投げられ、どさどさ闘技場の舞台に落下するのだが、そこは身体強化を施しているのだろう、皆大した怪我はなさそうだった。
しかし、何故皆嬉しそうなのか。
「・・・アレに混ざるんですか? デュオ」
「あんなのと同類と思われたくねえ」
板塀の内側の闘技場の端っこで、シズルとデュオは呆然と突っ立ったまま会話をしていた。
参加者限定の闘技場内だったが、シズルはデュオのセコンドよろしく、何食わぬ顔で闘技場内へするりと潜り込んでいた。
幸いなこと、と言うべきか、彼女はその態のせいで、好奇心旺盛な少年とでも思われたのか、誰にも見咎められなかった。
昨日のテッセラの語った魔導士の話に、危機感を拭いされなかったプカイは、責任者の実父に相談し、一対一の対決回避を目論んで、急遽、複数人で同時に戦うバトルロイヤル形式をとったようだ。
当然、多人数が入り乱れるせいで接近戦となり、派手な攻撃魔法は使い難く、肉弾戦の様相を呈しているのだ。
ひとりの戦士に、数名の飛び入り挑戦者が組みつくが、丸太のような腕のひと振りで、呆気なく弾き飛ばされてしまう。
魔法の世界で、一方的なアルティメットファイトを見る羽目になるとは。
魔術とは一体。シズルは頭痛がする思いだった。
「帰ろっかな」
「そうだな」
半裸の筋肉男や、刺青に食傷気味なふたりが、踵を返して闘技場から去ろうとした時、観客席の上段から角笛が鳴らされた。
闘技場の男たちの叫声や歓声がぴたりと止んで、その動きまで止まった。
皆が音のした方を振り仰ぐと、そこにはあの女戦士が立っていた。
ミンバイは各自治区の集まっている貴賓席ではなく、別の高い場所の一画を、彼女と彼女の被食者たちで占領していた。
彼女は相変わらず短いトップスで、肩の刺青もバッチリ見え、腹筋もチラ見せだ。短パンに膝下ブーツの脚線美を強調するような立ち方で、フェロモンもだだ漏れになっている。
おまけに周囲の従者が傅くように跪いていて、従者のひとりは大きな日傘を差しかけている。
レースクイーンも真っ青な光景だった。
「・・・何というか、凄いデスね元カノさん。いろんな意味で」
「・・・」
デュオはシズルの軽口を、訂正する気力も失っているようだ。
ニ・ムナハのミンバイは、充分に自分に注目を集めてから、観客席から闘技場を見渡して、高らかと『告逹』した。
「今から皆様にこのミンバイが、最高に面白い余興をお見せしますわ!」
シズルは闘技場に背を向けたまま、隣のデュオにこっそり話しかけた。
「逃げられませんね」
「そうみたいだな」
舌打ちと共に、あんのクソ女と呟くデュオの声が聞こえた。
「今回の武闘大会には、エデルの高位魔導士が特別参加しますのよ。イタゲニスとエデル、どちらの戦士が上か、とくとご覧あれ!」
芝居っ気たっぷりに、闘技場に向けて手を広げる。そのあまりの派手さに効果音が聞こえてきそうだった。
デュオは「俺は戦士じゃねえ」と顔を顰めてぼやいているし、上段の特別席を見ると、呆れた顔のジークハルトの隣で、プカイが頭を抱えている。
死傷者を出す事なく、事を穏便に収束させようとした、彼の気遣いが台無しだった。
しかもミンバイはわざわざ国名を出し、戦いを煽っている。
余興と言いながら、ガチンコ勝負をけしかけているのだ。
すうっと闘技場に空間ができた。
その空間の中央にサットムンが進み出て、闘技場の出入り口あたりに立っていたデュオを手招きした。
「それじゃあ私は一旦、観覧席に戻りますね」
「おう」
「思いっきりやっちゃって構いませんよ。どこかが千切れない限り、『おまじない』でなんとかしますから」
いつものように、シズルがびしっと親指を立てると、デュオは苦笑して、ひらひら手を振りながら闘技場の中央に歩いていった。
イタゲニス人にしては小柄なほうだとはいうが、デュオからしてみれば、サットムンは充分に大きい。
身長はジークハルトくらいだが、身体の厚みが段違いだ。
デュオはゆっくり歩み寄りながら、サットムンの身体の刺青の術式を細かく確認していった。
刺青の数はさほど多くない。
右前腕部の術式は、前回大男の足止めに使った、『土』に働きかけるものだ。
あとは身体強化系のものがいくつか確認できたが、どれも自分の身体を守るための、鎧のようなものだった。
相伝の『異空間の鞄』があれば、他人の魔法を取り込みそのまま使えるので、ほかの攻撃魔法の術式は必要ないのだろう。
肝なのは、首元に薄っすら見え隠れしている、『トベア・タウ・チャンラウ』という古代文字の術式だ。
『狭間への扉』とはふざけた古代語だ、とデュオは苦笑した。
デュオは、イタゲニスの相伝が、単なる『伝統芸能』に堕ちてしまったことにほっとしていた。
今現在は過去ほどの威力も大きさもなく、区切られた空間な上に、底のある単なる見えない異空間、シズルいうところの『便利魔法』になってしまっている。
しかし、あの文字の意味から察するに、おそらく大昔の戦争時は、本当にいろんなものを、狭間へと放り込んでいた、凶悪な魔法だったと想像できる。
闘技場にいた戦士たちや、そのほかの飛び入りの観客たちは、闘技場の板塀沿いにずらりと並び、闘技場の舞台中央には、デュオとサットムン以外の人間がいなくなった。
これから始まる戦いに、周囲の期待が膨らんでいるのがわかって、デュオは申し訳なく思い、苦笑した。
相手を確実に仕留めるために、本気で行使する魔術というものは、本来とても地味なものなのだ。
何故なら、魔導士は表面には見えない『頭脳』で戦うからだ。
先に動いたのはサットムンだった。
彼は昨日、ミンバイに制止され、溜まっていた鬱憤を吐き出すように、デュオに飛びかかった。
「マスティーギオ」
デュオが片手を腰に当てたまま唱えると、サットムンの両足が、何かに引っ張られるように持ち上がり、そのままその体躯に見合った音を立て、ずどーんと横倒しに倒れ込んだ。
デュオは間を置かず、畳み掛けるように呪文を唱えていく。
「ヴァリ・ローパロ」
倒れ込んだサットムンの身体を、見えない棍棒でがつん! と思い切り殴りつけると、殴られた勢いで、サットムンの身体が地面で跳ねた。
「ポリ・ネロ」
今度は闘技場が、水浸しになるほどの大量の水が、サットムンの頭上から降り注ぐ。彼は水圧でさらに地面に押し付けられ、身動きが取れずにいる。
デュオは、サットムンに言葉を発する機会を与えないように、次から次へと『短縮呪文』で術を発動していく。
タコ殴り状態だ。
その間も、デュオはその場から一歩も動かず、静かに立ったままだった。
ソーンもそうだが、イタゲニス人は勘違いをしている。
魔導士の長い呪文は、魔力消費を抑えるための方法で、魔力切れを度外視した短期決戦であれば、僅かな単語を発語するだけで、術の発動も可能なのだ。
いわゆる、大量の魔力を抱える者の特権とも言える、『力技』というやつだ。
サットムンと同じく、デュオに水をかけられたかのように、周囲の戦士たちも観覧席の観客も、先程の熱気と喧騒が嘘のようにしん、と静まり返っている。
さて。デュオは冷静に状況を確認する。
開始早々デュオに指一本触れられないサットムンは、戦士としての尊厳を著しく傷つけられ、この後確実に、相伝の術を発動させるだろう。
頑丈な身体を持つイタゲニス人のサットムンには、デュオの軽い魔術では、それほどのダメージを受けなかったようだが、しかし彼は、ありとあらゆるところに青筋を立て、無言のままむくりと身体を起こした。
それでデュオには、彼の怒りのほどが手に取るようにわかった。
予想通り、肉弾戦を諦めたのか、サットムンは、喉元の隠し彫りの刺青に手を当てながら、幽鬼のようにゆらりと立ち上がった。
「クォン・バンチェア・ダ・チェム」
デュオはサットムンが、きちんと唱え終わるまで待っていた。
サットムンの相伝の術の発動を確認してから、デュオは大盤振る舞いで、最上級魔法をぶっ放した。
「シィドロヒィオ・カテギィダ・ディアボロス」
轟音と共に眩い閃光が奔り、何もない空間が裂け、ひと抱えもありそうな雷の槍が、一直線にサットムンに突き刺さった。
が、予想通り、両手を広げて待ち構えていた、サットムンの前の空間に全て吸い込まれていった。
デュオは即座に次の術を唱えた。
「カリプシ・メ・キャリバ・アンティデラシィス・メサ」
雷の槍の尻尾が、サットムンの『異空間の鞄』に収まり切らないうちに、シズル謹製デュオ監修・改良の『鬼畜の鉄製コップ』をかぱりと被せた。
コップというより、丸いフラスコを逆さまにしたような形だ。
その直後、ばりばりと何かが裂けるような大きな音がして、サットムンの顔色が変わった。
その裂ける音に被さるように、再び雷の轟音が響いてフラスコの中が閃光に包まれ、その中で雷が縦横無尽に奔り始めた。
サットムンの『異空間の鞄』の、容量や強度がいかほどのものかは知らないが、世界一の魔導士の最上級魔法の威力に耐えられるはずもない。
強大な魔力に耐えられなかった鞄の底が抜ければ、その力はそのまま狭間へ落ち、消えてしまっただろう。
しかし底は抜けなかったが代わりに、鞄の入り口のほうが綻び、魔力が外側へ逆流したようだった。
どちらにしても想定内の出来事で、周囲に被害を出さないようにする、そのために『鬼畜の鉄製コップ』を被せたのだ。
微かに、フラスコの中で悲鳴が聞こえたようだったが、雷の閃光と轟音で掻き消され、定かではない。
やがて音と光が収束すると、フラスコは消失し、その跡には黒焦げの人間がひとり転がっていた。




