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首魁 「破壊と逃走」 【挿絵あり】

しゅ−かい 「裏社会の禿頭(はげ)。ザカリと逃走(トンズラ)」

 挿絵(By みてみん)



 さて、身元不明の異世界人のシズルは、紆余曲折を経て半ばな(・)し(・)崩(・)し(・)的(・)ではあったが、ジークハルトの治めるフロトポロス領の正式な領民となった。


 しかしいくらここが王政があるような封建的な異世界とはいえ、領主が『是(いいよ)』と言っただけで簡単に領民になれるわけではない。そこには領主が領民を管理するための住民登録のような仕組みがあった。


 この世界の人間は多い少ないの差はあるが、体内に魔力の源の魔素というものを抱えていて、それによって魔力の強弱や特性が決まる。

 それは現代でいう人の指紋のように千差万別らしく、この世界に誕生した時にその魔力を測定し、魔力を込めることのできる例の銀糸でできた銀紙(ぎんし)(駄洒落ではない)に仮登録しそれぞれの領民となる。


 何故すぐに正式な登録としないのか。



 この世界には魔法治療(マギア・セラピア)というのもがあるが、魔法といえども万能なわけではなく、しかも魔法医(マギコギアトロ)というのは魔力の強いものの例に漏れずプライドが高く、貴族お抱えのものがほとんどだった。

 もちろん民間にも町医者的な魔法医は存在するが、貴族お抱えの魔法医との魔力には雲泥の差がある。

 そんな理由もあって、この世界の平民の乳幼児の死亡率は意外と高いらしい。


 しかも第二次性徴を迎えるまではなかなか魔力が安定しないものもいて、現代社会の指紋のように、個人を特定するための魔力の登録が役に立たない。

 なので、第二次性徴期を終え魔力が安定するまでは、正式な登録の対象外なんだそうだ。


 領主は登録されている銀紙で領民の管理をし、その領民が十六歳になった時点で再び魔力の正式登録をし、そこで初めて一人前の領民と認められるというのだ。つまりこの世界では十六歳からは成人扱いされるということのようだ。



 二度手間のようでとても非効率に感じるが、これも異世界仕様なんだろうと納得しておく。だがジークハルトがいつも書類に追われているのがなんとなく理解できた。



 だが、その登録方法にも根本的な欠陥があって、ある程度の魔力を持たないと登録銀紙が反応しないらしい。

 生まれた時に銀紙が反応しない人間も、殆どは成長するにしたがって魔力を持つようになる。だが十六歳の成人を迎えてもなお銀紙が反応しない人間がいて、それがいわゆる『只人(ただびと)』と呼ばれているのだ。


 魔力をほとんど持たない彼ら彼女らは、この魔力至上主義の世界ではとても生きづらい。それでも大抵は親などの血縁者が庇護し、普通に生活はしていける。




 話は少し変わる。 

 ややこしい税金の話は省略するが、この世界では富裕層からより多く徴税するために、現代社会にはない人頭税を導入している。

 人を雇用する場合、その使用人の頭数だけ別途税金を支払わなくてはならないのだ。


 そこでさっきの只人という人たちの話に戻る。


 銀紙が反応しない只人は、正式な領民登録ができないのでその存在が把握しにくく、移動してもいなくなってもわかりにくい。


 そこに目をつけた悪徳商人や不良貴族が、人頭税の徴税逃れができる貴重な労働力として、只人を密かに手に入れようとし始めた。

 彼らは奴隷商人なるものに頼んで、どこからか攫(さら)ってきたり、または生活に困った親から買い取ったりして只人を手に入れるようになった。


 魔力をほとんど持たない只人には抗う術がないため、売られた先で彼らがいくら働いたところで、真っ当な賃金が支払われることはない。ごく僅かな食事と雨露が凌げる場所を与えられるだけの、『人権何それ』な生活を強いられることになる。


 なんとも残酷な話だ。


 これが以前、この世界に来たばかりの時に、魔力のない只人は庇護者がいないと、奴隷のような扱いを受けることがある、とジークハルトが言っていたその理由だった。



 異世界人で只人どころか、魔力ゼロの只人以下の存在だったシズルは、『混ざりもの』になったことで魔素を持つことになったが、それは魔(・)物(・)の(・)も(・)の(・)なので、普通は領民の登録などしない。

 半分とはいえ魔物を領民にするなど前代未聞なことなのだ。



 そんな規格外のことを、平気でやってしまうジークハルトだからかどうかはわからないが、今、目の前の強面の禿頭のギネカという男のことも、ちゃんと領民のひとりとして扱っている。




 このギネカという男は、表向きは商会長だが実際は、この辺境の街の裏側(アンダーグラウンド)を仕切っているマフィアの首魁(ドン)のような男だった。


 彼は奴隷扱いされ逃げ出してきた只人を匿(かくま)い、あるいは奴隷商人に売られる前に自分が買い取り、人頭税は払えないが、人手は欲しいという仕事先を斡旋しているのだ。


 仕事先が見つからない場合は、そのまま自分の元で手足のように使うのだが、もちろん斡旋先でもギネカの元でも、きちんと働いた分の賃金は支払われる。

 但しギネカも、ボランティアでやっているわけではないので、斡旋先から紹介料を受け取るし、自分の使う只人の人頭税も払わない。

 ギネカという男は、そんな徴税逃れだがある意味只人の救済のような、非合法スレスレの商売の類(たぐい)を一手に纏める、謂(い)わば必要悪のような存在だった。


 ジークハルトも、余程のことがない限りはそれを黙認していた。 




 




 そんなギネカに出会って数分も経たないうちに、その肩を外して絶叫をあげさせてしまった酔っ払いのシズルが、闇医者の登場に大興奮したからといって、事態が好転するわけもなく、ギネカの舎弟たちは自分たちの首魁(おやぶん)がやられたことに腹を立て、殺気をだだ漏れにしてシズルに襲いかかってきた。


 闇医者の優男を除いて全部で五人。各々の手の中にキラリと光る物騒な得物(ぶき)を持っている。


 自(・)称(・)、争いごとが嫌いなシズルだったが勿論、ただでやられてやる謂(いわ)れはないが、それにも増して面倒くさいことが大嫌いだった。さっき三人を相手にしたばかりだというのに、また五人も相手にするなど面倒くさいことこの上ない。



 シズルは先ほど用心のため展開した『反作用の盾』ごと五人の舎弟たちに突っ込んでいった。

 彼らはシズルに触れることも出来ず、まるでボーリングのピンが弾き飛ばされるように、向かってきた勢いのまま四方八方に飛ばされ地面に転がった。


 なんて省(・)エ(・)ネ(・)で(・)便(・)利(・)なんだ、とシズルが身体強化から発想を得て改変した『反作用の盾』を心の中で自画自讃していると、背後からひやりとした殺気が漂ってきた。


 

「ヒ・カテプシグメナ・ロク」


 

 何かが飛んでくる気配を感じたシズルは、それを退けようと振り返りざま右腕を大きく振った。


 いつか邸の魔導士の火炎弾を素手で叩き落とした時の感覚で、思わず反射的に手で払いのける仕草をしてしまったが、相手の力をそのまま跳ね返す『反作用の盾』を展開したままなことを、シズルはすっかり忘れていた。


 シズルが振り払った勢いも加算され、弾き返された一抱えもありそうな氷の塊が、豪腕投手の投げた豪速球のように一直線にすっ飛んで行き、弾き飛ばされた先の建物の屋根の一部を巻き込んで盛大に砕け散った。


 あたりに砕けた氷のかけらと、屋根のかけらがバラバラといっしょに降り注いだ。


 

「ぎゃあ! ま(・)た(・)減俸される!」


 

 そう叫んだシズルは、自分の術があっさり跳ね返されたことに驚いている優男に、目にも留まらぬ速さで近寄ったかと思うと、その腕をがっちり掴んだ。


 

「あなたにも責任がありますっ。一緒に弁償してください! 今(・)度(・)こ(・)そ(・)『七三(しちさん)』で!」


 

 そのあまりのシズルの勢いに、優男の闇医者はゆさゆさ揺さぶられながら思わず頷いてしまったが、少しすると何やらシズルの様子がおかしくなった。


 


 


 


「・・・気持ち悪いです」


 

 酔っ払ったうえに、大(・)は(・)し(・)ゃ(・)ぎ(・)し過ぎて気分が悪くなったシズルは、先ほど自分の『憂さ晴らしの口実』のために助けた、肉感的な美人のサークラに促され彼女の『店』に案内されていた。

 ギネカと闇医者先生も一緒で、シズルが吹っ飛ばした舎弟たちは、シズルがぶちのめした酔客の後始末のために、さっきの場所に残っていた。


 店、といっても裏口から入ったので何の店かは不明だが、そこは従業員の休憩室のようなところで、何やらいい匂いのするお姉さんたちが、突然現れた珍客《シズル》の様子を興味津々で伺っている。


 

「暴れたうえに大騒ぎするからだよ。ほら今、水を」



 サークラが苦笑しながらシズルの背をさすり、その場にいた女性のひとりに目配せをしたが、シズルは元気よくそれを制した。



「お構いなく、水なら出せます! 今こそ便利能力の使いどころ、おいでませ水《ウォーター》!」



 シズルが両手をお椀の形にすると、そこに水が出現した。


 これは異能が無詠唱で発揮されること隠すための、シズル考案のただの適当な掛け声で、全く意味はない。



「変な呪文だねぇ」



 サークラが呆れたような声を出した。


 

「魔術なんて気合です。要は、ちゃんと思った通りに能力が使えればいいんです。それより闇医者の先生、お名前は何と仰(おっしゃ)るので? あ、私はシズルといいます」


 

 シズルは氷の岩で攻撃されたものの、最初から『闇医者』という、なんとも裏社会《アンダーグラウンド》的な響きに夢中でぐいぐい突っ込んでいくのだが、当の闇医者先生のほうは完全に引いている。


 

「あんたが『シズル』か!」



 優男ではなく厳つい禿頭《はげ》の方が応えた。

 シズルは闇医者先生の正体を探るのをやめ、仕方がないのでギネカと話し始めた。


 

「む、さすが裏社会の首魁と呼ばれるギネカさん。私もあなたのことは雇い主(ジークハルト様)から聞いてますが、私をご存知なんですか? 何だか嫌な予感がしますが、一応お伺いしますね。誰から私のことを?」


 

「うちの娼館には兵士も結構くるからなぁ」


 

 なるほどそうだろうとも、とシズルは納得した。

 さっき、その話をした兵士のひとりにお仕置きしたばかりだった。 


「まあそうでしょうね。ついさっきまで、お姐さんがたの話で盛り上がってましたから。あんまり盛り上がるんで、一発入れて静かにさせてきましたけど」


 

「おっかねぇなあ」


 

「何言ってんです。散々セクハラを受けた、淑女の当然の権利です!」


 

 まだ完全に酔いが醒めてないのか、意(・)味(・)不(・)明(・)なことを言いながら鼻息荒く宣言するシズルを見て、ギネカはその『定義』を目の前の自(・)称(・)淑(・)女(・)に聞いてみたかったが、またどこか関節を外されるのも嫌なので口を噤んだ。


 

 不意にシズルが、その顔から感情を削ぎ落としたような無表情でギネカに問いかけた。


 

「・・・それで? どこまでご存知なんでしょう?」


 

 シズルから強い警戒の気配を感じたギネカは、顎を撫でながらゆっくりと慎(・)重(・)に(・)言葉を吐き出した。

 シズルがギネカを一瞬で『やばい』と判断したように、ギネカもシズルのことを『危険』だと判断したのだった。


 

「辺境伯(ジークハルト様)の護衛官で、最近その存在が発覚した異世界人。使い魔を一匹飼ってる、ってところかなぁ」


 

 おや、さすが裏社会の首魁、正確な情報を掴んでる、とシズルは感心した。


 しかしこの世界にセクハラの概念がないのは充分身に染みて理解できたが、個人情報保護の概念も薄そうなのはいただけない。

 これは今一度、娼館通いの兵士たちにお仕置きの必要があるかもしれないと、シズルは脳筋集団が震え上がりそうな物騒なことを考えていた。



「まあ『それだけ』じゃねえが、俺らみたいなのはいろいろ情報を仕入れる『伝手(つて)』があるのさ。世の中の影の部分で生きるからには、正しい情報は命綱だぜ」


 

 そういってギネカは悪人顔でにやりと笑った。



 ギネカはシズルに、もっと知っているぞと仄(ほの)めかしているようだった。しかし、本当にもっと細かい情報を持っていたとしても、情報の重要性を分かっているギネカ相手では、シズルがいくら教えてくれと頼んだところで、あっさりと白状はしてくれないだろう。


 

「どこまで掴んでるか知りませんけど、あまり吹聴して厄介ごとを呼び込まないでくださいね。私が雇い主に拳骨を喰らうので」


 

「それにしてもまあ、強えとは聞いてたが恐れ入ったな。なあシズル、俺んとこで働かねぇか? 金ははずむぜ?」



「ちょっと街中には住まわせられない、扶(・)養(・)家(・)族(・)がいるので無理ですね」



「使い魔のことか? どんな魔物かしらねえが、ここじゃあちょっとやそっとのことで驚くようなやつはいねえよ。使い魔も一緒で構わねえから、どうだ?」


 

 ギネカはそういって笑っている。どうやらシズルが使い魔契約をしているのは知っていても、どんな魔物と契約しているかまでは知らないらしい。


 実物を見せれば諦めるだろうとシズルは考え、『喚(よ)んだ』。



「ザカリ」



 シズルがそういうと、シズルの背後にいきなり男が現れた。

 背中まであるボサボサの鬣(たてがみ)のような銀色の髪、貴石のような緋(あか)い目の精悍な美しい青年だった。


 ひとのかたちをしている魔物はとても珍しい。

 魔物は太古のままにその魔力を使えるので、『原初のミゼン』の理(ことわり)に縛られて、呪文を唱えないと魔力を使えない人間のことなど眼中になく、頭(・)の(・)悪(・)い(・)生き物だと思っている。だから人間を擬態の対象に選ぶことはほとんどないのだ。



「シズル」


 

 驚く周囲を無視して、ザカリはシズルの名を呼ぶと、いつものようにぎゅうと抱きついた。

 いつになったらこの行為を卒業してくれるのかと、シズルは中身が子供のこの使い魔(ザカリ)の早期の成長を願って止まなかった。



「ザカリ、ちょっと元(・)の姿に戻ってくれる?」



「マダ、ネル、ジカンチガウ」



 寝室で一緒に寝る時以外は、ずっと人間に擬態しているザカリは、こうやってシズルにくっついているのが大好きなので、抱きついたまま不服そうに言っている。シズルがザカリと同じ緋い目で睨むと渋々ひとがたの変化(へんげ)を解いた。



 そこに現れたのは、輝く銀色の体毛を持つシズルと同じ緋い目をした、大きな獅子(リョダリ)ほどある狼(リュコス)の魔物、魔狼(ヴォロリュコス)だった。



 使い魔、というからせいぜい栗鼠(カスタノ)や小猿(マイモウ)のような小動物だと思っていたギネカは驚いた。人間に擬態することも驚きだが、これほど大きな魔獣を使い魔にしているものは、彼の知る限り誰もいなかった。



「こういうわけで、街で暮らすのは難しいと思います。納得していただけたなら、私はこれで失礼します」


 

 そういってギネカの返事も待たず、壊した屋根の修理代金の交渉もそこそこに、シズルはその場から逃走(とんずら)した。


 




 目の前から、使い魔の魔狼と共に搔き消えるようにいなくなったシズルに驚愕したギネカは、裏社会の人間としての利(・)用(・)価(・)値(・)が(・)無(・)限(・)大(・)の彼女と、是が非でも親密な繋がりを持ちたいと考えた。









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