民間療法 「里芋とあまいほし」
みん−かん−りょう−ほう 「民間に流布した療法。里芋パスター、芋湿布」
幸い大事には至らなかったが、放火された店というのは、壮年の夫婦が営むごく普通の日用雑貨店で、『夏至祭』で巡回警備をしている領兵の隙をかい潜ってまで、事を起こされるほど怨みをかっているとは到底思えなかった。
結局デュオに攻撃を受けた覆面男は運悪く、そのまま永遠に目を覚ますことはなかった。
その場でその男の持ち物を調べたが、火を付ける際の可燃物を入れていたと思しき空のスキットルを持っていただけで、身元がわかるようなものは何も持っていなかった。
安置所に収容する際には、身元確認のために例の領民登録をする銀紙で男の体内に残る魔力の残滓を写し取っていたので、それを文官総出で領民台帳と照会したところ、このフロトポロスの領民でないことだけはわかった。
領民でないことはわかったものの、辺境のフロトポロスは隣国と接してはいるが、行動的な領主のジークハルトは視察と称して、私的に剣術の盛んな隣国へ年に数度は出かけていたし、公の立場としては国王バシレウスの姻戚として特使を務めることもあり、特に問題を抱えているわけではなかった。
そんな風に交流を持ち、どちらかというと隣国とは友好な関係を結んでいたこともあり、隣国の人間とも考えにくかった。
しかし念のためにと、ジークハルトは今回の事情を説明した上で、隣国にも男の照会をしてもらったが、該当者はいなかった旨の丁寧な回答が返ってきただけだった。
結局男の身元も動機もさっぱりわからなかった。
深夜の大騒動の後、まだ二日ほど深夜勤務は残っていたが、負傷したシズルはそのまま休暇に入るようにアディスに命じられ、一方デュオはシズル抜きでそのままひとりで残りの深夜巡回をこなしていた。
最終日の巡回が終わった現在、邸に帰ったその朝から休養日に入るところだった。
が、デュオは深夜の巡回から帰ったばかりだったが兵舎にも戻らず、今は食堂の隅っこで何やらごそごそシズルと一緒に作業をしていた。
やっと泥コーヒーから解放され、人間の飲み物にありついていたシズルは、やっと思考がはっきりしてきた気がして、先日の騒動のことを考えていた。
シズルはいわゆる『愉快犯』的なものではないかとも考えたが、王都ならいざ知らず、辺境の地がその対象になるとも思えなかった。
「結局なんだったんですかね?」
「さあな、死者の国から呼び戻して聞いてみるか?」
ねりねりねりねり。
「この世界にも『口寄せ巫女』とか居るんですか? やめてくださいよ」
シズルの世界ではイカサマの範疇に入れられる、霊媒師やイタコという人々の行なう降霊術も、この魔法の世界では普通にありそうで、オカルトが苦手なシズルは顔を顰めた。
事実この異世界には、霊魂とは少し趣が違うが『原初のミゼン』などという元人間の神さま擬きが存在する世界なのだ。
「なあ、こんなものが本当に効くのか?」
ねりねりねりねり。
「私の世界では昔からある民間療法ですよ」
今シズルとデュオが作っているのは『湿布』である。ラベンダーやユーカリなどの香油を使ったお上品はものではなく、おばあちゃんの知恵袋的な『芋湿布』である。
デュオは話をしながらそれが程よい状態になるまで練りまわしているところだった。
あの後アフセンの診察を受けたシズルは、幸いにも骨折はしていなかったものの、打ち身が酷く腕が熱を持ち腫れ上がってしまった。
転んでもただでは起きたくなかったシズルはこれ幸いと、アフセンの魔法治療を断って、以前から使ってみたかった能力のひとつ、『治癒』にチャレンジしてみることにしたのだった。
人の役にたつ便利能力で是非とも習得したかったのもあるが、成功すれば、凶悪な乱暴者というレッテルが上書きされ、本来の招聘理由だった聖女扱いしてもらえるかもしれないという目論見があったのも確かだった。
しかしどうやらそんな邪な考えが邪魔をするのか、純粋でない煩悩まみれの今の状態がいけないのか、腫れはひいたもののちっとも完全な『治癒』の気配がないことに匙を投げ、シズルは民間療法にシフトすることにしたのだった。
異世界では魔法治療が一般的なので、湿布のようなものはあまり使われず、打ち身などは水や氷で冷すことが多いようだった。水や氷を使うそれは長時間持続させる類のものではなく、その場限りの一時的な対処方法だった。
湿布がないなら作ればいい、ということで特別な材料が何も必要ない、田舎で仙人のようにひとり暮らしをしていた祖父に教わった、昔ながらの方法を試すことにしたのだった。
今シズルが作っている『芋湿布』は、別名『里芋パスター』と呼ばれるもので、打ち身などの炎症や腫れ物、神経痛にも効くといわれ、もちろん湿布なので、患部に貼れば効果は四、五時間ほど続くとされていた。
普通は市販の里芋粉を使うが、もちろん異世界にはそんな便利なものはないので、一から手作りする必要があった。
シズルも祖父に作りかたを教わったものの使用するのは初めてで、もし効果が抜群なら薬草などよりも手に入れやすく、遥かに使いやすい民間治療薬になるのではないかと考えていた。
何しろ市井に暮らす人々が、日常に使う食材ばかりで簡単に作れるからだ。
この世界に材料となる里芋や生姜があるのは知っていたので、朝食の準備で食堂にいたガストロに頼んで分けてもらった。
里芋は痒みが出ないように皮のまましっかり炙ってから皮を剥いてすりおろし、生姜もすりおろして、それらを小麦粉と塩と一緒にボウルに入れ、早朝から忙しなく働いている料理人たちの邪魔にならないように、食堂の隅っこでねりねり練っているところだった。
デュオが。
シズルが大きな青痣の残る腕にボウルを抱えて、四苦八苦しながらすりおろした里芋入りの小麦粉を混ぜようとしていたところ、それを深夜の巡回警備から帰ってきたデュオに、何事かと見咎められた上にさらにボウルを取り上げられ、説明を受けたデュオがシズルの代わりに練りはじめたのだった。
「もう良さそうですね、ありがとうございます」
耳たぶ程度の硬さになったものを、ヘラで均一にリネン生地に塗り広げ、その上からガーゼを被せ患部に当て、湿布が落ちないように包帯を巻く。
片手で器用にくるくると包帯を巻いていくシズルを見て、デュオはその手際の良さに驚いた。
しかも包帯を巻く様が異様に手馴れていて、一体今までどれだけの修羅場を潜ってきたのか、そこに突っ込んで事情を知りたいような知りたくないような複雑な心境で、デュオは言葉を選んで話しかけた。
「なんというか・・・野生的な治療方法だな」
「これなら魔法治療の副作用を心配せずに、魔力が弱かろうが誰に対しても使えるし、何しろ材料がどこにでもあるもので安あがりですよ。レシピを一般に広めてもいいですね」
と、デュオの心情を知らないシズルは、彼が単に『芋湿布』に受けた印象を話したのだと思い、淡々と事実を述べた。
「シズルは今日はこの後どうするんだ?」
デュオが欠伸をしながらシズルに尋ねた。深夜の巡回警備を終えたばかりだったのにそのまま『芋湿布』を練ったあとでは、さすがに眠そうだった。
「テッセラ君に買い物に付き合ってくれないかって頼まれてるので、ザカリと三人で出かける予定ですよ」
シズルは後片付けを始め、デュオはシズルの予定を聞いたあとは、睡眠を取るべく兵舎の自室へ帰っていった。
正体不明の放火犯であったが、正体というかその男が誰の命令を受けて犯行に走ったか、心当たりがあり過ぎる人物がひとりいた。
ギトニアの商会長こと、裏社会では首魁を務めるギネカであった。
ここ数ヶ月というもの、ギネカの主な縄張りである繁華街では大小の問題が起きていて、首魁としてのギネカの手腕が疑われ、その影響力に疑問を持つようなものが現れるような事態にまでなりつつあった。
ギネカの直接の持ち物である、娼館の小間使いが怪我をさせられたことで、繁華街周辺の警戒は強められたが、その他のところは手薄になりがちだったところへの今回の放火騒ぎだった。
騒ぎがあった生活用品を扱う店の並ぶあの一帯は、比較的真っ当な商売をしている界隈で、裏社会の首魁としてのギネカの色が表に濃く出るような場所ではなかったが、放火にあったあの雑貨店はギネカの娼館と密な取引があった。
ギネカは、奴隷商人や貴族の横から只人を掻っ攫うような真似をしているため、多方面から相当な恨みをかっている。それとは全く関係ないが、最近ギネカの身辺警護をしていた魔導士が、不慮の事故にあったため、ギネカの警護が手薄になっている。
ここでギネカに揺さぶりをかけ一気に潰し、その後釜を狙っている人物がいるようだった。またその人物はギネカに対しては見て見ぬ振りの、ジークハルトのことも気に入らない様子で、わざわざ領兵の巡回が増える『夏至祭』を狙って事を起こしたようだった。
表の顔の商会長として、火事見舞いに雑貨店を訪れていたギネカは、そこで今回の放火を発見し被害をボヤ程度収め、犯人を追い詰め始末したのがシズルとデュオのふたりだったと知り、顔見知りであるふたりの力を何とか借りられないものかと思案していた。
シズルはここ十日ほど昼夜を通して巡回警備にあたっている商店街を、今日はただのフロトポロスの領民として、ザカリやテッセラと一緒に歩いていた。
三人は普通に歩いているつもりだったが、すれ違う人々が必ずといっていいほど振り返っている。
シズルはいつものシャツにズボンにショートブーツ姿で、鮮やかな緋い目以外は凡庸でさほど目立たないのだが、彼女の隣にぴったり寄り添うように歩く青年姿のザカリは身長も高く、鬣のような銀の長髪に、シズルと同じ緋い目の精悍な美丈夫で目立つ事この上なかった。
ザカリの隣のテッセラも栗色の髪や目のどこにでもある組み合わせだったが、その目は知性に溢れてとても利発そうで、元々は貴族であるために滲み出す雰囲気が明らかに平民とは違っていた。
仲が良さそうに談笑しながら歩いているが、三人の容姿は似通ったところはひとつもなく、かといって全くの他人のようには見えず、すれ違う人々の興味を殊更に引くようだった。
「テッセラ君、なに買うの?」
「特には決めてないよ。ザカリの練習だもん。ぼくだけじゃザカリが不安だろうから、シズルにもついてきて欲しかったんだ」
「そっか。監視付きだけど、『初めてのおつかい』の魔物版ってわけだね、がんばれザカリ」
「うん。ぼく、がんばる」
ザカリは真面目な顔でシズルに返事をしたが、それを見たシズルは微妙な表情になった。
これほど『ぼく』が似合わないものがほかにいるだろうか。
ザカリはテッセラをお手本にしているので、自然と喋り方が少年のようになっているのだが、何せ見た目が長身の精悍な顔立ちの美青年である。もはや邸の女中たちが可愛いと喜ぶような、そんなギャップ萌えどころの騒ぎじゃなく、熟女に目をつけられれば拐われて、転がされてしまうようなレベルなのだ。
シズルは直させるべきかどうか悩んだが、せっかくやる気になっているザカリの行動に水を差すような気がして、そのままにしておいた。
しばらく歩いていると、焼きたてパンと甘い匂いが漂ってきて、シズルとザカリは思わず顔を見合わせた。
匂いの先には、煉瓦造りのこじんまりとした佇まいのパン屋があって、その店の壁には真鍮の看板がかかっている。
ザカリが宝物を見つけた子供のように、満面の笑みを浮かべてシズルを呼んだ。
「シズル!」
「うん、懐かしいね」
シズルも初めてザカリと街歩きをした日を思い出していた。
魔狼のままでは一緒に街にいけないとシルベスタに言われたザカリが、すったもんだの挙句初めて人に擬態して街に出て、引率者のアディスにあのパン屋を教えてもらって一緒に入ったのだった。
「なに? なんなの?」
事情がよくわかっていないテッセラが、笑顔で見つめ合うザカリとシズルに声をかけた。
「テッセラ君もすぐに何のことか思い出すよ」
シズルはくすくす笑いだした。するとザカリが急にシズルとテッセラの手を握り、迷う事なくその店に向かって歩きだした。
からん、と音をたてて入店し、いらっしゃいませの店員の声を受けて三人は店の奥へ進む。
いい匂いの充満する店内の、陳列台の上の洋梨のタルト・タタンはさくらんぼのタルトに変わっていたが、大きなボウルに入れられた色とりどりの糖衣菓子は以前と同じだった。
それを見つけるとザカリは目を輝かせた。
「あまいほし」
ザカリはその菓子をそう呼ぶ。
その糖衣菓子を見た途端、テッセラはシズルたちと出会った時のことや、その後の一連の騒動を思い出した。
「ああ、前にぼくが出会い頭に燃やしちゃって、シズルがすっごく怒った、あれ?」
「そうそう」
シズルがにやにや笑って打った相槌に、テッセラが苦笑いを浮かべてザカリを見ると、彼はそうだと頷いて意思表示した。
テッセラのその後の人生を変えるきっかけとなった出会いと、そのほかのいろいろな記憶を刺激する、砂糖でできた小さな『金平糖』だった。
「これほしイ、これ、をください」
ザカリが綺麗な顔で目を輝かせて笑顔を浮かべると、顔を赤くした店員が色とりどりの金平糖を専用のスコップで掬って、ざらりと紙袋に入れてくれた。その量り売りの金平糖の代金を支払って、三人は当時のことをああだこうだと話しながら笑顔で店を出た。
そんな三人の浮かれ気分を吹き飛ばすように、店の外にいたのは数人の手下を引き連れたギネカだった。
傷だらけの禿頭の、強面の厳つい裏社会の首魁は、胡散臭い笑顔を浮かべてシズルを待ち構えていた。




