友人の部屋に隠れた俺は、妹の入室と共に息を殺すのでした
「誰だよこんな時間に……」
十時を指す時計を見て、吾郎が訪問者を確認するため玄関に向かう。
しかしそれを、俺は肩に手を置いて止めた。
「なんだよ藤……」
俺の名を呼ぼうとした口を封じる。
俺の行動が理解できていない顔をしている吾郎に、現状を小声で話す。
(いいか、恐らく外にいるのはマリーだ)
(まじ? もう十時だぞ?)
(俺を見つけるまでマリーは寝るつもりは無いみたいだ)
(もうお前帰れよ……)
話しているとインターホンの音が連続で鳴り響く。
連打で有名なあの名人をも超える速度で呼び鈴が鳴り続けた。
(とりあえず俺が出るから藤麻はあそこに隠れてろ)
(わかった、死ぬなよ)
そう言い残して俺は押入れに入り込む。
今日マリーに捕まったら全て終わる。
マリーの黙って外出し、女子との密会、挙げ句の果てに逃亡。
今見つかれば殺されるな……。
『ここが先輩のお部屋ですか!』
少ししたら、とても可愛らしく聞き慣れた声が部屋の中心に近づいてくる。
俺は息を殺して気配を消すのに必死になった。
◇
「ここが先輩のお部屋ですか!」
「そうだよマリーちゃん」
俺は田中吾郎、藤麻のクラスメイトだ。
藤麻とはこの前の合コンで仲良くなり、高校ではよく連む仲になった。
そんな俺が自宅に藤麻の妹さんのマリーちゃんを部屋に上げたのには理由がある。
時は少し遡る。
◇
「こんばんは!」
こんな遅い時間に誰だと思いながら玄関の扉を開くと、見知った女の子が私服で立っていた。
合コンがあったあの日に突如現れた少女、マリーちゃんだった。
月の光に照らされて、神々しく光り輝く金髪に、大きな金の瞳を併せ持った金に愛された存在。
周りからマリーゴールドと呼ばれているのがよく理解できた。
そんな子が俺の家に夜遅くに訪ねてきた理由はたったの一つ。
「金神藤麻……私のお兄ちゃん、今いますか?」
たったこれだけ。
別に俺に気があって来た訳でも、用事がある訳でも無かった。
こんな可愛い妹さんに心配かけるなんて、後ろにいる藤麻の奴を少し説教してやりたい。
しかしこの前の合コンの時を思い出す。
マリーちゃんは中々に過激なブラコンだ。
藤麻との約束もあるし、あまり刺激しないよう丁寧に対応して帰ってもらおう。
「うーん、さっまでいたけ……「嘘ですよね?」」
その幼さが少し残っている綺麗な顔で俺の顔を覗き込む。
普通なら美少女が見つめてくるのが嬉しいはずなのに、全くといって嬉しくない。
何故なら目が怖いから。
俺が知る『黒』という色よりも黒く、底が見えないその瞳は、相手を威圧するには十分な力を秘めていた。
先程までは金色だったのに今はハイライトの無い暗黒。
魂が吸い取られる錯覚を起こす程に、インパクトのある眼だった。
「いや……「嘘ですよね?」」
「マリーち……「嘘ですよね?」」
同じ言葉をただ繰り返すマリーちゃんは、聞きたい言葉が俺から出るまで永遠に問い続けてくる。
怖いよこの子……。
「先輩、お部屋に上げてもらっても良いですか?」
話が進まない為か、マリーちゃんは中に入りたいと要求してくる。
これを許せば玄関で追い返す作戦は失敗になる。
なんとかせねば……。
「悪いんだけど、今散らかってるから」
「だったら片付けますよ!」
「お、女の子には見せられないものもあるし……」
「私は気にしません!」
口元は笑っているが目が笑っていない。
これ以上は俺が恐怖で頭がおかしくなりそうだったので、仕方なくマリーちゃんの要求を呑む。
そんな訳で俺はマリーちゃんを部屋に上げてしまったのだった。
◇
「綺麗に片付けているじゃないですか!」
「俺的には汚れてるんだよ」
そんなことないですと、手を振って否定してくれた。
相手がマリーちゃんとは言え、部屋を褒められるのは嬉しいものだな。
やはり家事ができるのはポイント高いようだ。
頑張って良かった、ありがとうお婆ちゃん。
「先輩、もう一度聞きますね」
その言葉で場の温度が一気に下がる。
部屋中が凍り、台所の水滴が白くなっていた。
エアコン付けたっけ俺、凄く寒いんだが……。
「お兄ちゃんは、今いますか?」
その大きな瞳が、可動区域を明らかに超えて俺を見つめて離さない。
目は口ほどに物を言うが、マリーちゃん場合は最早目が本体だろ。
「い、いないよ……」
一応約束なので嘘をついてでも藤麻を隠す。
このまま隠し通せれば良いが、マリーちゃんはゆっくりと藤麻のいる押入れに近づいて行くのだった。




