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フィッシュキャンディ  作者: 太吉
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言い伝え


  ◆◆◆

 ヘンリーはきっと、拾った時に子どもの才能に気付いていたんじゃないかとウィルソンは思っていた。

 マルコたちを襲った突風はあの子ども以外誰も予想出来ていなかった。本当に突然、雲が厚くなったかと思えば雨が降り出し、徐々に風が強くなっていったのである。それから商船が波にもっていかれるのはあっという間だった。

 もしや子どもは風を操れて、そしてわざとあの商船襲わせたのかと一瞬でも思ったが、そんな非現実的なことはあり得ないとすぐにその可能性は弾かれた。この世に魔法や魔術なんてものは存在しないのだ。


 ヘンリーが子どもを拾ってくだらない屁理屈で船に乗せると言った時、その場にいた船員の誰もが反対した。公平に多数決もして直接抗議しに行ったほどだ。そこにはウィルソン自身もいた。また駄々をこねてくるかと思っていたが、意外にもヘンリーはそれに素直に応じた。しかし相手は子どもで、恐らく身寄りがない。せめて安全な島におろしてやろうという結論に至ったところで、あの事件が起きたのである。

 「あいつは航海士に向いている」

 その話を聞いたヘンリーはそれだけ呟いた。それで、ああ、この人にはこうなることが分かっていたのだろうな、とウィルソンは思ったのだ。

 それから、晴れて子どもは正式に船員として迎え入れられた。


 「なあ坊主、アンディーンの神隠しって知ってるか?」

 ウィルソンの一つ上で同じ持ち場、操舵手として共に船に乗っている船員のトムは甲板で縫物をしている子どもにそんなことを聞いていた。

 魔法や魔術なんてものは世にないものの、伝説や言い伝えのようなものに関しては探さずともそこらじゅうに転がっているから不思議だ。

 「かみかくし、」

 「そう、とある島じゃ水の精霊アンディーンが月夜に年頃の男を連れていっちまう、そんな言い伝えがあるって話だ」

 ふうん、と答える子どもにトムは満足そうに頷いた。

 子どもはあの日から、こちらの問いかけに答えるようになった。話し掛けなければ今まで通り一日何も喋らないが、それでも答えてくれるようになっただけ嬉しいのか船員たちは積極的に話し掛けにいくようになっている。

 トムも他の船員もまだ20にもなっていない若者だが、その姿は孫が出来たじいさんのように見えた。

 「どこも海に囲まれた島国だからな、水に関する伝説は多い。そして海賊衆は誰より海にいる時間が長いってんで、信じる奴がほとんどだ」

 「さけられる危険は、さけるため?」

 「その通り!頭良いなお前!」

 トムはバシバシと子どもの背中を叩いている。問いかけに反応はするが縫物をする手は一切止まっておらず、そちらを見る気はないらしい。

 「坊主はそういう伝説は聞いたことあるか?」

 子どもは(かぶり)を横に振った。

 「じゃあ聞いてみてどうだ、信じるか?」

 パチン、糸を切って布を広げる。どうやら一枚完成したようだ。そのまま質問に答えず真っ直ぐにウィルソンの元へ駆け寄ると、その布を黙って差し出した。小さな手で懸命に縫っていたのはウィルソンのシャツだ。

 受け取って綻びていた個所を見れば綺麗に直っている。器用なもんだと思っていると「ウィルソンさんは、信じているの」なんてことを聞いてきた。

 「あ?え、なに?どうした?何を?」

 子どもが名前を憶えていたなんて思わず、少し動揺してしまった。名乗った覚えはないが、今まで船に乗っていて、船員が話していたのを聞いていたのだろう。

 「さっきの、トムさんのはなし」

 「言い伝えとかってことか?」

 一つ頷いて、じ、という音の付きそうな目でこちらを見ていた。トムの方を見るとうんうんと必死に頷いている。子どもの夢を壊すなと言いたいのだろう。

 申し訳なく思うも、ウィルソンはそこまで大人じゃなかった。

 「これっぽっちも信じてない」

 「ウィルソンお前!」

 だって見たことが無い。人魚もクラーケンも、ここの船員だって全員見たことが無い筈だ。唯一ヘンリーは海の女神を見たことがあるらしいと噂になっているが、誰もその真偽を問わないので結局謎のままである。

 それをそのまま伝えると、あろうことか子どもはトムの方へ向き直り「じゃあ信じない」と答えてしまった。

 さすがにそれには待ったをかけた。

 「いや、俺の意見に合わせることはないぞ。自分はどう思ったんだよ」

 「信じない」

 子どもはそれ以降意見を変えることは無かった。自分の意見ではないことは分かるが、その返しはあまりと言えばあまりだ。

 トムから苦情が来るのも当然、信じないと言った手前あれだがその意思の無さはどうかと思う。

 「なんでだよ、信じた方が楽しいだろう!ロマンだぞ!」

 「ウィルソンさんは信じてない」

 「うーん、子どもって素直」

 「おいウィル!」


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