ディナータイム
◇◇◇
賑やかな夜を過ごすのは久しぶりだった。滅多にこの時間に開くことの無い店は、今まさに人で溢れている。客からの好意で二人も料理を用意しながら周りと一緒に酒を煽っていた。
「おいウィル、お前また料理の腕上げたなあ!」「皆さんが獲ってきた魚介が美味いからですよ」「世辞の腕まで上げやがって、褒めても魚しか出せないぞ」「魚が出るなら十分です」そうウィルソンと親しく話しているのは眼帯やらをした、全員あちこちに傷のあるどう見ても柄の悪い男たちだった。しかしウィルソンは臆することなく、むしろフラットに会話を交わしている。ジョシュアも酒を注ぎに忙しく動き回っているがその姿は楽しそうだ。
貸し切りの札を出している為誰かが入ってくることは無いが、そうでなくてもこの見てくれの人たちのいる中に入ろうと思う者はいないだろう。
乾杯の挨拶は特に無く、誰かが「ヘンリー海賊衆最高!」と言ったのを皮切りに全員飲み始めていた。
人で溢れる狭い店内を上手く歩いて酒を配って回っていると、一人がそれに気づいて酒瓶をジョシュアから取り上げた。
「ジェナーはたまには休めよ。昼もその足で働いてたんだろ」
「働いていたのは兄さんも同じですよ、自分だけが休んじゃいけないでしょう」
「生真面目なところは船にいた頃と変わらないなあ」
足は関係ないですと軽く持ち上げて見せるが、男にとってはそれこそ関係ないらしく、キッチンの方へ顔を向ける。
「おおいスー!こいつの分のつまみも用意してくれ!」
そう言うと近くにいた他の男たちまでジョシュアにコップを持たせ、我先にと自分が持っていた酒を注ぎ始める。零れているのに気にせず注いでくるから、皆相当酔っ払っているんだろう。揃いも揃ってそれを顔に出さないから厄介だ。
その騒ぎを聞いたウィルソンはキッチンから顔を覗かせ、あからさまに不機嫌な表情を作ってこちらを見やった。
「てめージョー!愛しのウィルソン兄さんを差し置いてサボるつもりか!」兄さんは今凄く忙しいんだぞ!なんて今にも持っているお玉を投げる勢いで向けてくる。しかしジョシュアにとってウィルソンも大切だが、こうして自分の足を心配してくれる皆のことも大切なのだ。
「大変兄さん、一度座ったらお尻から根っこ生えてきた!椅子から動けない!これはもう働けないなあ!」
大袈裟に動けないアピールをして肩を竦めて見せると、ウィルソンの目は更につり上がった。
「お前、そこの酔っ払いとウィルソン兄さん、どっちが好きなんだ!」
「んー今はトムさんだなあ!」
「わはは聞いたか!鬼才の操舵手ウィルソン・スーもとうとうジョシュア・ジェナーに振られたぞ!」
ざまあみろ!とトムと呼ばれた男は嬉しそうに瓶から直接酒を飲んだ。
ウィルソンは怒ったように一度大きく口を開けて、しかし何も言わずに溜息を一つついてから、こちらまで来てテーブルに出来立ての料理を置いた。昼からずっと頭に巻いていたバンダナを外すと、隠れていた額は蛍光灯に照らされ、そこに大きな傷が現れる。
「その肩書き、いつの話ですか。今はあなたが操舵手筆頭でしょ、トムさん」それに俺たちは海賊じゃなくて港町の食堂で働くイケてる兄弟で通っているんですよ。
海賊だったという事実を知っているのは、共に船に乗っていたこの海賊衆しかいない。知っていればあの海賊になりたがっている彼女が黙っていない筈で、だから面倒ごとの嫌いなウィルソンは尚のことその事実を隠した。ウィルソンが言わなければ自分も言う必要はないと、ジョシュアも知らない顔で彼女の話を聞いている。
「いや、解せない。海の男たちの方が絶対イケてる筈なのに、なんでお前たちがモテるんだ」
「男前ですいません」
「お前なあ!」
そもそも海の男たちがモテないのはその強面が原因だと誰が気付くだろうか。
「つーかお前ら血の通った兄弟じゃないんだからその名で通るのはおかしいだろ!」
「こいつがいつまでも俺を兄さんって呼ぶからな」
「自分にとって兄さんは兄さんです」それに笑った時の目元が似てるって結構言われるんですよ、とジョシュアも先程のトムと同じように、嬉しそうに酒を煽りながら言った。