ランチタイム2
腹立つ!と騒ぎながら店に来たのは背の高い女性だった。大きい木箱を重たそうに両腕で抱えながら器用に扉を押して入ってくる。
「ティナ、お前また振られたのか!」「通算何敗だ?」「懲りない奴だな、先方が可哀想じゃないか!」感情を隠しもせず大きな声で誰かに文句を垂れる彼女を、すっかり常連となった客が面白そうに見ていた。好き勝手言う皆に彼女も「うるさいおっさん!」などと口悪く答えている。
「ああもう!店長さん、果物持ってきましたよ!」
「おお、いつもお疲れティナ」
手の塞がっているウィルソンに代わりジョシュアが彼女から木箱を受け取って、端にある椅子の上に置く。今日はこれで仕事が終わりなのか、彼女は領収書を渡したらカウンターに品もなくどっかりと座った。
「私にも賄いください!どうせこれから休憩でしょ?」
「なに当たり前に頼んでやがる。飯を食いたいなら金払え!」
「卸す商品値上げしても良いんですか」
「喜んでお作りします」
ウィルソンは年上だというのに、そんなことを言われては反論できないらしい。来る度に行われるやり取りに笑いながら彼女に水を注いでいると、隣の椅子を引き座るように促してくる。それは話を聞いて欲しい時にする行動だ。特に仕事もないのでエプロンを外して素直に腰掛けた。
「で、今日はどこの海賊船に直談判?」
ティナ・トンプソンは海賊になりたがる女性だった。いつも町に来た海賊に頼み込んでは断られ、悔しそうに浜辺で船が出ていくのを見送っている。生活費のために果物屋をやってはいるが、いつでも船に乗り込めるよう畳む準備は出来ているという。
女性で海賊になりたいなんて言う者は滅多にいない。それは狭い港町でそこそこの話題だった。断られることを分かっているから町の人たちも心配するようなことはなく、笑い事の類で話を聞いていた。
それすら彼女には腹立たしいことだと以前同じようにカウンターに座って言っていたような気がするが、十中八九自分の行動がいけないのだとここにいる者は答えるだろう。
「というか女性が海賊船に乗れないのはもう何度も断られて知っているでしょ」
「なによ、かの有名な女海賊、メアリ・リードだっているじゃない!アン・ボニーも!」
「メアリは幼い頃から男装して暮らしていたわけだしね」アンも決して女の姿で船に乗り込んでいたわけじゃない。
女だから認められないというのが嫌らしいティナは、女性として乗せてもらいたいために男装する気はないという。とはいえ女性に珍しく髪は短くスカートも穿かない。しかし特有の身体のラインは隠す気が無いし、口も悪いが時折しとやかな口調にだってなる。兎に角色々ちぐはぐで、町一番の変人と皆から言われていた。
ひたすら納得がいかなそうにティナは水を煽った。酒でもないのに酔ったようにカウンターに突っ伏している。
「海賊なんてのは言っちまえば無法者の集まりだ。そこに女がいてみろ、船がまともに機能すると思うか?」
暫くして出来た料理を端に置いて、ウィルソンは換気扇の近くで煙草を吸った。頭に巻いたバンダナをまた少し深く被り汗を拭う。
そうして「女が船に乗ると不吉なことが起きるだとか海の女神が嫉妬するだとか、ちょっと良く言って誤魔化しているだけだ」と苦く笑って続けた。海の男の情けないところを晒しているようで居心地が悪いらしい。
「そりゃあ可愛い女の人だったらそうかもしれないけど、海賊だって相手は選ぶでしょ」私のなりを見てよ。短髪で背も高ければ果物運んで腕はムキムキ、抱きたいって思う人はいないと思うけど。
「お前は自分を過小評価しすぎだな。何日も陸に降りずに野郎に囲まれてばかりじゃ、男は次第に腹が減ってくるもんだ」
ウィルソンにとってそれはティナの身を心配しての発言だが、やはり彼女には納得できないらしかった。面倒臭いな、そうウィルソンが呟いたのが聞こえた。
「まあ、男からの意見の一つとして頭に入れておけよ」
「さあね。だって全員が欲求不満になるとは限らないわ」
「どうだかなあ、それに関して奥手そうなジョシュアだって抱いた女は数知れないぞ」
「自分を引き合いに出さないでくれる?」