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炎の魔女  作者: 御留守
第一章 業火を宿した少女
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第三節「苦悩」

 私には、悩みがありました。

 ……それもとびきりの厄ネタが。


「はぁ~……」


 教会からの帰路を一人とぼとぼと歩く。


「図書館でも打つ手無しかぁ……」


 憂鬱に浸る私とは対称的に、道行く人はがやがやといつものように楽しげです。

 私の歩くこの町は、ヴェネツィア本島に最も近い本土側の都市の一つ。

 海に程近いこの土地は漁業、交易によって発展してきたためか、常に活気に満ち溢れています。石造と木造の入り混じった街並み。土くれながらも踏み固められた道路。商魂逞しい商人の開く露店。人いきれでごった返す大通り……それらが何よりの証左でしょう。


「あいよー! 魚獲れたてだよっ! 買ってけ買ってけ!」

「十字軍ゆかりの伝来品だ! ここで見てかねえと損するぜ!」

「腹減ったろ。飯食ってけ! めし!」

「それでねぇ、うちの主人がねぇ……」


 ……そんな土地柄のせいか、ここに集う人々は基本的に陽気でした。バイタリティに溢れておりました。

 大通りに面した露店からは絶え間なく客寄せの声が聞こえ、それに惹かれた商人がああでもないこうでもないと物色しています。

 道端では奥様方が笑い合いながら、日々の愚痴を楽しそうに談笑していました。

 そして人混みを縫うように、子供達は何事か奇声を上げながら追いかけっこに精を出しており、その様子を浮浪者が道の端で微笑ましく見守っております。


 全く以て健全な、活気に溢れた光景。


 ……しかし、そんなものは今の私にとって害毒でしかなかったのです。


「ああ、なんて事……悩みの無い人生が羨ましい……」


 あまりにも眩しい光景に、思わず恨み節が零れてしまいました。目にする物全てが活力に満ちていて、己の無気力さが際立ってくるようにさえ思えます。

 ……これ以上はちょっと無理そう。キラキラと眩しすぎて、自分の中の苛立ちが膨れ上がっていくのを感じます。そう思った私は咄嗟に道を曲がり、路地裏へと逃げ込みました。


「はぁ……人が少ない……落ち着く」


 大通りから一転、路地裏には人っ子一人いませんでした。強いて言うなら家のゴミや排泄物がぶちまけられているくらい。

 臭い立つこんな道など普通だったら絶対に選ばないのですが……今の私には人よりもゴミの方が相応しいでしょう。

 ……何よりも、喋らない相手は気楽で良い。気落ちした私にはそう思えたのです。


「…………」


 靴を汚さないよう比較的綺麗な道の真ん中を歩きながら、私は物思いに耽ります。

 ……考える事といったらそう、今日読んだ医療書の事。


 守護聖人。病気。聖なる炎。黒き病。


 医療書に載っていた事やレオン先生の言っていた話を、頭の中で再び反芻(はんすう)してみます。

 どれも普通に日常を送っているだけでは触れる事も無いような内容でした。それだけに未だ私の中では理解が追い付いていません。……ラテン語だって覚えるのに大分時間がかかったのです。我ながら物覚えはすこぶる悪い方だと思います。まあそもそも放置教育なんてされていなければ、もうちょっと要領よく覚えられたとは思うのだけど……


「でも、十五歳にしては頑張ってる方だよね……」


 道に転がる小石を蹴りながら、そんな言い訳めいた呟きが漏れてしまいます。

 小石は勢いよく飛んで行き、壁際にぶちまけられた吐瀉物の中に飲み込まれていきました。


「そもそも、私のは病気なのかしら……?」


 小石の成れの果てに眉を(ひそ)めつつも、私の思考は止まりません。

 これがもし病気でなかったとしたら、何だというのでしょう? 聖人のような奇跡? そんな訳がありません。聖人の御業は人を傷つけたりはしない……はず、きっと、たぶん。

 レオン先生だったら何か知っているのかもしれないけど、信じてもらえるでしょうか? ……いや、やめておきましょう。だって例え信じてもらえたとしても、受け入れてくれるとは限りません。異端の子供だって言われて、突き出されてしまうかもしれないのですから。

 それに、ですよ? 彼にも分からなかった場合はどうしたらいいのでしょう? 詳しい事は知りませんが、色々な所を見て回ったと言っていました。

 でも、そんな経験豊かな彼に分からない事が私に起こっていたとしたら? 本当に打つ手無しになってしまったら、私はどうすればいいのです?


「…………」


 ……コレを抱えたまま生きていくしかないのでしょうか。一生他人から理解されぬまま、それでも生きていけるのでしょうか?

 ……あまり要領の良くない私の事です。今は大丈夫でも、遅かれ早かれボロが出るに決まっています。そんな時、どうやって誤魔化せばいいのでしょう?

 嗚呼、本当にどうしたら……


「……あっ……」


 上の空になっていた意識を戻すと、目の前に見慣れた場所の見慣れた扉が目に入りました。……どうやら無心で歩いているうちに、我が家へと着いてしまったようです。

 何も考えずに歩いたって帰宅出来るのですから、人間というものは良く出来ていると思います。


「はぁ……切り替えていかないと」


 扉の前で溜息を一つ。それまでの懊悩(おうのう)を振り捨ててから扉の施錠を外し、家へと入って行きます。


「ただいまー……って、誰も帰ってないか」


 当たり前だよねと続けつつ、私は流れるようにある場所へと向かいます。


(かまど)の火は、っと……ああ、消えちゃってる……」


 不運な事に、竈の中の火は家を空けている間に消えてしまったようです。続いて乗せられた大鍋の中を覗くと、冷たくなったスープが不満そうにちゃぷりと揺れました。私は今日何度目か分からない溜息を吐くと、少しだけ思案します。

 ……火を一から熾すというのは想像以上に大変です。火の付きやすい朽木や木屑に向かって延々と火打石を打ち付けなくてはいけませんし、それで火が運良く付いたとしても、大きくするためには慎重に息を吹きかけ続けないといけません。

 それに、そうやって大きく出来たとしても竈に入れた瞬間消えてしまったりもするし……とにかく大変なのです。

 だから今日みたいに火が消えた時は、ご近所さんから種火を分けてもらうのが通例なのですが……


「面倒臭いし……今日くらいは、ズルしても良いよね……」


 ……今日の私はいささかメランコリックに過ぎたようです。一つ言い訳を呟くと、竈に薪を突っ込んでいきます。傍から見たらやけくそになったとしか思えませんが……今は一人きりなので問題無いでしょう。大丈夫大丈夫。

 続いて薪の一つの端っこに手を触れ、意識を集中させます。

 そして――


「炎よ。我が元へ集え……」


 私の意識とは無関係に口から何事かが漏れた次の瞬間、薪は勢いよく燃え上がり、竈の中を鮮烈な炎で染め上げました。


「わわっ……!? ちょっとやりすぎたっ!」


 慌てて竈の蓋を閉めます。蓋の裏からはバチバチと豪快に燃える音がしましたが、それも少しすると大人しくなっていきました。恐る恐る蓋を開けて確認すると、何という事でしょう、薪が丁度良い塩梅に焼けて種火が出来ているではありませんか。


「おおお……我ながら天才なのでは……? 流石過ぎる、私……!」


 これ幸いとばかりに、追加の薪も入れて火を大きくしていきます。程無くして竈一杯に炎が広がり、上に乗った大鍋も温まっていきました。中身を沸騰させてご機嫌そうに蓋をカタカタと鳴らしております。


「ふっふっふー。それじゃ、料理でもしましょうかねー」


 火熾しというこの世で面倒な事の上位に入るものを片付けた私は、上機嫌で戸棚から野菜を取り出し、ナイフでザクザクと切り刻んでいきます。


 ……

 …………


 ちょっと待て? お前は今どうやって火を熾したんだ、ですって?

 ……ああ、言い忘れていました。

 これが、これこそが私の抱える悩みでして。

 そう、何と言いましょうか……例えるならどうしたものか……ああ、説明し辛いですね。


『炎を操る事が出来る』


 ……端的に言うと、そういう事なのです。私自身もあまりよく分かってはいないのですが……ええ、生まれついての特技と言いますか……


 ……え?


 何か便利そうなのに何でそんなに悩んでいるのか、ですって?

 ……良く考えてもみてください。

 隣人もしくは友達、それとも道端ですれ違った人がいるとしましょう。

 その人が何も道具を使わずに炎を出したりしていたら、貴方はどう思いますか?


 ……少なくとも驚くでしょうし、ひょっとすると同じ人間だとは思わないかもしれません。

 そしてこの時代、人間だと思わない相手はどう呼ぶか知っていますか?


 ……

 …………


 そうですね。好意的に見るならば、聖人と呼ばれる事もあるでしょう。

 ですが殆どの場合は――


 ……魔女。魔術師。異端者。悪魔憑き。気狂い。


 そんなレッテルを貼り付けられ、あれよあれよという間に処刑コースに乗ってしまうのです。まっしぐらなのです。


 ……私は今までそのような人達を何人も見てきました。

 広場で大勢の見世物にされ、無残にも焚刑や斬首に処された人達を。

 死にたくないと叫びながら、自分は無実だと声高に主張しながら、それでも殺されていった人達を。


 何人も。何人も。

 子供の頃から飽く事無く、そのような人達は現れては断罪されていきました。

 鼻をつく人の燃える臭い、溢れ出る鮮血の赤さは……私にある感情を抱かせるには十分過ぎる程でした。


 ――ああやって死ぬのだけは嫌だ。見世物になんてなりたくない。

 私は絶対に上手くやってみせる。

 いつかこの炎と決別して、平穏無事な人生を歩むのだ、と。

 それが私――ベアトリーチェという少女の、今現在何よりも優先すべき解決事項なのでした。


【竈】

・かまど。加熱調理する際に火を囲うための設備。

・中世の一般的な竈は石もしくは煉瓦で作られていたと推察される。

・竈の火は絶やしてはいけないだの、専門の神がいたりなど、調べると奥が深い。

・ベアトリーチェの家のは恐らく石造り。たぶん。

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