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炎の魔女  作者: 御留守
第二章 ■■■■■■■■■
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第十三節「それぞれが抱えるもの」

 抱えた感情を誤魔化すように、身体を動かし続ける。

 写本の挿絵を見る。書かれた文章を読み解く。自分のお粗末な頭で理解出来る限りの再現をする。納得がいかなければもう一度。動いてみてしっくり来るまで、何度も同じ動きを繰り返す。何とか様になったと感じたら次の動きへ。

 動き、武器を振るい、時折頁を捲りながら必死に覚えていく。


「……はあっ……」


 動かす身体に疲労は無い。全身に巡らせた炎が全てを燃やしているためだ。


(でもどうせ後で揺り戻しが来るんだから、今の内に出来るだけ……)


 この数年で知れた己の限界、そのギリギリまで。

 慣れない練習をしているとはいえ、常日頃より取り組んできた習慣――自身の能力の拡充という点は忘れてはいない。むしろ慣れていないからこそ重要だ。いつもと違う環境に放り出された時、いつも通りの力が十全に発揮出来ないといけないのだから。


(アイツを見つけて、やっぱり敵いませんでした! ……なんて、馬鹿馬鹿しいにも程があるし)


 だからこそ、圧倒的な――それこそ出会って数秒で消し炭に出来るくらいにでもなっていなければならない。流石にそこまで力は成長出来ていないけど、見つけ次第四肢を消し飛ばせる程度にはなったつもりだ。


「こうして、武器を振り回してるのだって……!」


 限界が近付きつつある身体を叱咤するように、思考を口に出してみる。今学習している頁は丁度長柄武器のところだ。手頃な武器は落ちてなかったので、流れ着いていた角材で代用している。最初は所々が角ばっていて使い辛かったけど、そういう箇所は振り回している内にみるみる炭化していった。今では中々使い易い形状に収まっている。


「……う、ぐっ……」


 鈍い痛みと共に、前髪の一部が白い炭になって崩れていくのが見えた。……この辺りが限界か。焼け焦げた角材を放り出し、ゆっくりと動きを止める。力を振るった昂揚感を無理矢理に抑え付け、深く息を吸い、そして吐いた。


「今日はここまで……っと」


 深呼吸の後にもう一つ溜息を吐く。遠方を見れば木立の合間に沈み行く夕陽が確認出来た。どうやら練習に没頭するあまり、数時間はこうして過ごしていたらしい。今日の日課や掃除などに全く手を付けていない事を今更になって思い出す。


「……でもまあいいよね。どうせ一日サボった程度じゃ、こんなところ荒れる訳が無いんだし」


 言い訳じみた呟きが我知らず零れる。別にそこまでの大事ではないけど、毎日続けていた事を不意にするのは少しだけバツが悪い。早速戻ってきた疲労感に若干の気怠さを感じながらも、私は閉じた写本を小脇に抱えて小屋への道を歩き始めた。



■■■■■



 目的の無い日々というものは、とても単調だ。


 見繕ってきた生地の山を探りながら、私はぼんやりとそんな事を考えていた。

 起きて、食事をして、日課という体で暇を潰して、食事をして、たまに食材を降らせて、そして陽が落ちたら眠る。

 生きるという事は、最適化してしまえばそんなものだ。退屈な事この上ないものである。

 外の世界では――もう十数年は断絶しているからうろ覚えだけど――貧困や病気、飢えが絶えず押し寄せていたと思うが、この森にそんな概念は無い。

 望めば食事は与えられたし、お金で買うものなんて無い。というかそもそも他人がいない。

 私の他にいるのは時折迷い込む動物と、数年前から一緒に住んでいる奇特な同居人くらい。他には流れ着く死体だけだ。


「そんな奇特な人間相手に、せっせと服を作っている私も十分に変人かな……」


 探り当てた分厚い生地を手元に引き寄せつつ、私は自嘲気味に言葉を漏らす。

 あの奇特な同居人――ビーチェの事は未だによく分からない。いや、敢えて聞かずにいると言った方が正しいだろう。どれもが聞いて回答が得られるようなものではないのだから。


 何故生きたままこの森に入り込めたのか。

 何故あんな不可思議な魔性に魅入られているのか。

 そして何故、私のような世捨て人と一緒に生きようなどと言ってくれたのか。


 ……最後の疑問は彼女の天涯孤独の身を鑑みれば分からなくもないけれど、よりにもよってこの私とというのが……彼女の運の無さを嘆かずにはいられないというものだ。


「ああ全く、洗いざらい吐き出せれば楽なのにね。でも言っても信じてくれないだろうなぁ」


 己の身の上を思い出し、暗澹とした気分になりかかったが、寸での所で踏み止まった。

 最初に私の魔性を見られた時――あれはまだ言葉があんまり通じてなかった頃だったか。あの時に全て教えられればどれだけ良かっただろう。言葉を決めあぐねていたら向こうが勝手に納得してしまい、そのままここまでずるずると言い出せないままでいる。


「あー……やっぱりそろそろ言うべきなんだろうけどなぁ……うーん……」


 慣れた手付きで生地に針を通しながら、私は苦悩する。

 今更あの事実を言ったところで本当に信じてくれるだろうか……というか、どう話を切り出すべきなんだろう? 帰ってきたビーチェに強引に切り出す? いや、自分が話し始める前に向こうが先に話題を振ってきそうだ。そしてそうやって話し出されたら、きっと自分の話題なんて差し込む暇なんて無くなるだろう。

 であれば、何かこう、気の利いた切り返しを……いや、いやいやいや、私の貧困な語彙で柔軟な対応が出来るだろうか? ビーチェと出会う前、何年一人ぼっちだったか思い出すんだ。身の程を弁えないと。現状だって精々が勢い任せのツッコミで場を賑やかにする程度なんだから、そういう事は考えない方が……いや、でも他に方法も――


「ああもう! やめやめ! 頭がこんがらがる……!」


 ブンブンと頭を振って無駄な思考を振り払う。そうして火照った顔をひとしきり冷やし、おもむろに視線を手元へと落とした。……混乱していた思考とは裏腹に、そこには一繋ぎにされた長大な生地が出来上がっていた。


「……こういう何も考えないのは得意なんだけどなぁ」


 続いて周囲に視線を移せば、辺りの木々はすっかり朱に染まっていた。気付かないうちにもう夕方になってしまったようだ。それ程長い間縫い物をしていた記憶はないが、辺りがそうという事は、恐らくはそうなのだろう。

 自分の鈍化した感覚より周囲の変化で事態を察するしかないというのは、生物として最早欠陥品以外の何物でもない。これでも大分持ちこたえてはいるのだけど、何事にも限界というものはある。この数年で視界だって大分ぼやけてきているし、少し歩くだけですぐに疲れてしまう。見た目にあまり変化が無いのだけは救いだろうか。


「まあ、仕方ない事なんだけどさ……」


 ……そう、これはきっと仕方の無い事。抗えない事なんだ。

 私は既に、ただ生きているだけ(・・・・・・・・・)の何かなのだから(・・・・・・・・)


「あーあ……つまらないな……」


 つまらない。本当につまらない。私の人生なんてつまらない。

 だけど……


「でも、ビーチェには生きて欲しいからなぁ……」


 のろのろと広げた道具を片付けながら、思っている事をボロボロと零していく。誰にも聞かせない独り言だから、掠れた声でも全然大丈夫だ。

 その声音に諦めが含まれているのも、多分気のせいだろう。


「だから、うん。教えるのは今度にしよう……」


 自分自身、それと手に入れた大切なものとを秤にかけて、私は決着を先延ばしにする。……それがただの逃避でしかない事を自覚しながら。


 ビーチェ。奇特な同居人。炎のように鮮烈で、私を友人と言ってくれている誰か。

 そして此処から出て行くという意思を持ち続けたまま、一緒に何年も暮らし続けている女性。

 彼女にだけは死んで欲しくないなと、私――ロゼと名乗った人間以下のなにかは、そう思い続けているのだった。


【魔性】

・魔物が持っているような、人を惑わす性質。

・ロゼは己の持つ特異な環境、及びビーチェに付き纏う炎を魔性と称した。魔物が憑いているからこうなっているのだ――彼女は己の経験から、これら二つをそう認識している。

・異能とは人より優れた才能、独特な能力の事をそう称する。自身の炎が生まれつきの物ゆえか、ビーチェは自らの炎を異能と定義している。

・魔性と異能。押し付けられた何かと、持って生まれた何か。両者の違いはそこに端を発するものである。ロゼの認識とビーチェの確信、どちらが正しいかは神のみぞ知る事だろう。

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