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炎の魔女  作者: 御留守
序章 ある名も無き村にて
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第四節「追憶」

 村と村とを繋ぐ道無き道を、二つの影が歩を進める。

 歩く獣道は過去に(さかのぼ)れば街道と呼ぶに相応しいものだったのだろう。所々に石造りの名残が垣間見えたが、今は生い茂る雑草や風に乗って運ばれてきた砂塵によって見る影もない。

 太陽は既に山々の合間に身を隠そうとしつつある。目を少しずらせばモクモクと黒い煙が立ち上っているのが見て取れた。先の村が未だに(くす)ぶり、燃え続けているのだ。


 ……黒き病に侵された者は、悍ましい程に燃え続ける。

 まるで魂が薪にでもなったかのように。


(いつも思ってはいたが、あれが贖罪だってのなら随分とまあ、罪深いご時世になったもんだ……)


 影の片割れ、男は立ち上る煙を見ながら、ぼんやりとそんな事を考えていた。

 先の村を襲撃――本人達に言わせれば救出だが――した時とは違い、男が顔に巻いた布は取り払われており、年若い相貌(そうぼう)が露わになっている。

 くたびれた目付きながら、その碧眼は遠くまで見通しており、長く伸びたダークブロンドの髪は後ろでゆるく纏められていた。腰には備品としてナイフ、水の入った皮袋などを吊るしており、その上背中に大ぶりな鞄を背負っている。

 腰に下げた皮袋をちゃぷちゃぷと鳴らしながら、男は先行くもう一人へと声をかけた。


「……おい、ビーチェ」

「なあに、レオン?」


 それに対してもう一つの影、ビーチェと呼ばれた女性は身に着けた修道服以外は何も持っていない。そういう持ち回りなのかは定かではないが、軽やかに歩く彼女はのんびりとしながらも近辺に油断なく視線を投げかけている。


「……もしかして、疲れちゃった?」

「いや、疲れてない。……どうやら、あそこに家があるようだ」


 男――レオンはそう言うと、ある方向を指差す。……見れば前方の道から少し外れた場所にうらぶれた小屋が見えた。


「ん……ああ、あそこね。相変わらず目が良いわね……」

「お前と違って遠くを見ていたからな。……もう日も暮れるし、あそこに寄って行かないか?」


 ……あの惨劇から既に数時間が経っていて、これまでずっと歩き詰めだ。この辺りで休憩、もしくは寝床を確保しなければと考えていたところだった。


「はいはい。私もそろそろ野宿にするか考えていたところ。丁度良かったわね」


 これで夜露が凌げるー、などと呑気に言い放つビーチェに苦笑しながら、レオンは釘を刺す。


「まだあそこに泊まれるかは分からんがな……もしかしたら先客がいるかもしれん。用心する事だ」

「分かってますよーだ。ああ、今日は干し肉をどう料理しようかしら……」

「本当に分かってるんだか……」


 二人は道を外れ、件の小屋へと歩き出した。長く伸びた雑草を意に介することも無く、慣れた風にスイスイと歩を進めていく。そして――


「……お邪魔しまーす!」


 入口へと辿りついたビーチェは一切の躊躇(ちゅうちょ)も無く、勢いよく扉を蹴飛ばした。


「ちょ、おま、馬鹿……! もっと慎重に……!」

「大丈夫よ、レオン。……ここには生きた人はいないから」

「な……」


 ビーチェの言葉を受け、レオンは素早く室内を見渡す。

 ……確かに、生きた人はいない。だが……


「……お前の言うとおりだが、テーブルに突っ伏したコレはどかさないとな……」


 レオンは苦々しく吐き捨てると、素早く布で口にマスクをし、先客へと手を伸ばす。


 一つは白骨死体。椅子の上へとうず高く積もったそれは埃を被り、一番上には頭蓋骨が几帳面にもちょこんと乗せられていた。


 もう一つは蛆這(うじは)い蝿の(たか)る腐乱死体。今際(いまわ)の際にナイフを胸へと突き立てたのだろうか。不自然な姿勢で硬直したまま、周囲の物をどす黒く染め上げていた。


 ……彼らがどのような生活の果てにこうなったのかは分からない。だが、二人には関係の無い事だ。


「ええ。レオンはそっちの骨をどかして。私はこっちを清めるから」


 ビーチェはそう言うと腐乱死体に手を触れ、燃やし始める。

 炎に焼かれた蛆が身を捩り、蝿が羽根を(むし)られ絶命していく。


「これでよし。んじゃ続きは外で……うー……重いなぁ……」


 死体の表面を軽く燃やした後、そのまま足を引っ張って小屋の外へと引きずっていった。


「相変わらず几帳面だな……こっちは……まあ、布で包んで外に捨てればいいか」




 そうして二人で死体を処理した一時間後。


「はぁー……やっぱり天井があるって、良いわねぇ……」

「ああ、今までは殆ど野宿だったからな……」

「それに久し振りの干し肉! やっぱりお肉は食べると元気になるわよね」

「先の村には感謝しないとな。結果的に殆ど燃やす事になったとはいえ、あそこに立ち寄らなければカツカツだったかもしれん……」


 部屋の中央の土間に(おこ)した焚火(たきび)を囲みながら、二人はしみじみと漏らす。焚火の横には小ぶりの鍋が無造作に転がっている。……ついさっきまでは大盛りの麦粥と煮込まれた干し肉が入っていたのだが、一瞬で空になったのだ。

 食事を終えた二人はくつろぎながらも、思い思いに旅の準備を進める。


 レオンは備品をチェックしながら、ああでもないこうでもないと物を出し入れしている。そうしているのが落ち着くのか、鼻歌を口ずさみひどく上機嫌な様子だ。


 対するビーチェは靴を脱いで修道服をまくり上げ、なけなしの水を含んだ布で両足を洗い清めている。サッと一通り拭いた後、今度は歩き詰めで疲れた足を揉み解しにかかった。


「…………」


 だがしばらくすると、揉む手を止めてどこか遠くを見るように壁を凝視し始める。


「…………ビーチェ、どうかしたか?」


 それに気付き備品を弄る手を休め、声をかけるレオン。問われたビーチェはポツリと漏らす。


「……ねえ、レオン。あの子、大丈夫かしら……」

「あの子……? ああ……」


 即座に思い当たったレオンは、忌憚(きたん)無き自分の意見を返す事にした。


「……正直言って、分からん。こんな世の中だ。年端も行かない少女が一人で生きていけるとは到底思えない」

「そう、よね……そうだよね……一緒に連れて行く訳にもいかなかったし……そりゃまあ、当分持つ食料も置いて来たし。後は彼女が自分でどうにかするしか無いんだろうけど……ああ、でも……」


 ブツブツと呟きながら足揉みを再開するビーチェ。努めて無表情を装っているが、その顔には陰りが見える。

 ……ビーチェの苦悩も分からない訳でもない。だが、これだけは言っておかなくては――レオンは溜息を漏らすと、労わるように言葉を続けた。


「……だがまあ、あそこで死ぬのよりは断然マシだ。マシだったはずだ」

「そう、かな……?」

「そうだ。俺達の出来る精一杯をやったから、あの少女は救う事が出来た。黒き病に侵されていない人間を救う事が出来た。……違うか?」

「……違わない。……でも――」


 尚も不安そうに食い下がるビーチェ。そんな彼女にレオンは優しく諭す。


(ああ、まったく。こういう所は変わらないんだなぁ)


 ……そんな風に昔を思い出しながら。


「でも、は禁止だ、ベアトリーチェ(・・・・・・・)。救えなかった者よりも救えた者を誇りに思え。いいな?」

「……はい」


 ビーチェはレオンの言葉に殊勝に頷く。

 ……だが次にふっと空気を一つ吐くと、苦笑を顔に張り付けた。


「……どうかしたか? な、何か変な事言ったか……?」

「……いいえ。でもベアトリーチェだなんて、昔の教師をしていた頃に戻ったみたいで。何だか可笑しい……ふふっ……」

「く、口からつい出たんだ……!」

「昔っからレオンは色々教えてくれたわよね。ラテン語の読み書きとか、教会で本を読むときの付添とか。分からない単語の事も聞くとすぐ返って来たし」

「昔の事はよそうか……!?」


 しみじみと呟くビーチェに、何がいけないのか慌てたように言葉を挟むレオン。


「その所為で何故か勘違いされて、あいつは教え子に入れ込んでいるとか陰口を言われたりもしてたわね。それに――」

「……俺はもう寝るっ! 火の番は任せた!」

「あ、ちょっと! ずるいわよ!?」


 そう言い捨てると、レオンは焚火に背を向けごろりと横になった。すぐにすぅすぅと寝息をたてて寝始めてしまう。


「……もう。こういう時だけは早いんだから……」


 文句を言いながらも、木の枝を片手に炎を見つめ始めるビーチェ。……どうやら言いつけ通りに火の番はするようだ。

 まあもっとも、彼女まで眠ってしまったら瞬く間に炎が消えるので、仕方の無い事なのだが……


「…………」


 微睡(まどろ)みながら、欠伸を噛み殺しながら、一人火の番を続ける。


「……ふぁ……退屈ね……」


 彼女はレオンと違い、何も持っていない――手を伸ばせばレオンの荷物は物色出来たのだが――ので、ツンツンと薪を突いては火の粉を上げ、暇潰しにそうやって遊んでいた。


 ……気まぐれにパチパチと爆ぜる薪を緑眼に映しながら、ベアトリーチェは懐かしむ。


 ――こうやって揺蕩(たゆた)う炎と遊んでいると、昔の事を思い出す。

 幸せだったあの頃を。

 父さんと母さんがちゃんといて、レオンから授業を受けていたあの頃を。

 悩む事は多々あれど、こんな幸福な日々はずっと続くのだと。

 ……そんな事を信じて、疑いすらしなかった無垢な私を。


「む……うぅん……」


 微睡みはいつしか睡眠へ。

 睡眠は程なくして昔日の夢想を(いざな)う。


 ……眠る前、懐かしい思い出に触れていたからだろうか。

 やがて睡魔に刈り取られた意識は、遠き日々の思い出を再生し始めたのだった――

【囲炉裏】

・この時代、村々では未だに竈や暖炉といったものは備え付けられていなかった。

・部屋の中央で焚火を熾し、生活の基盤とする方法はまさしく生命線と呼ぶに相応しい。

・囲炉裏の他に順当な呼び名があるのかは不明。

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