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炎の魔女  作者: 御留守
第二章 ■■■■■■■■■
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第五節「命を繋ぐ」

 ――翌朝。


 鳥の囀りで目を覚ました私は、がばりと上体を持ち上げた。何処から聞こえて来るのかと何気なく辺りを見回してみたが、鳥が室内に居る訳も無く……いや、上の窓枠から一羽がこちらを眺めている。寝惚け眼でしばし見つめていたら、先方と目が合った。


「……おはよう」


 朝の挨拶を気まぐれに投げてみた。しかしそれに驚いたのか、鳥はすぐに飛び去ってしまう。むう、と我知らず残念そうな呟きが漏れたが、すぐにそれもどうでもよくなった。……昨日の出来事を思い出したからだ。


「歓迎する、か……」


 再び藁の上に上体を投げ出し、天井の木目を見ながら眉根を寄せる。結局、昨日はあの後すぐに寝込んでしまったため、情報が整理出来ていない。早急に自身の立ち位置を明確にする必要がある。世話になっておきながら勝手なものだ、と心の隅で自嘲しながら、それでも与えられた情報を頭の中に並べていく。


 一つ。此処は出口の無い森である事。

 二つ。ロゼはどうやら私を歓迎しているらしい。

 三つ。こうして私が寝込んでいても大丈夫な事から、教会の手の者はいないらしい。


 そこまで羅列した所で、ギィと部屋の扉が軋みを上げた。ごろりと身体を転がしてそちらへと顔を向ける。


「ビーチェ」


 扉から出て来たのは此処の住人、ロゼだ。手には何やら木製の容器と、茶色い何かを複数持っている。


「ごはん、たべよ」


 ニコニコしながらそう言う彼の言葉に対し、私はぎゅるりと鳴るお腹の声で返事をする。


「……うん。食べる」


 ……四つ。どうやら食事に困る事は無さそうだ。



■■■■■



「ねえ、ロゼ」

「……?」

「あのスープになってた葉っぱ、何だったのかしら……?」

「Brennnessel!」

「……うん、ごめん。分からないわ……」

「……まずかった?」

「いや、その、不味くは無かったけど……食べた事無かったから……」

「ふーん?」


 一瞬で食事を終えた私は、未だに食事を続けるロゼとそんな気の無い会話をする。

 彼の持って来た料理は大量の葉っぱが入ったスープと、数枚の干し肉だった。驚いた事にキチンと下味の付いたそれらはとても美味しくて……だけど、私にはどうしようもなく食べ足りなかった。

 じわじわと舌に残る肉の味が広がり、唾液が際限無く溢れてくる。しかし自分の分はほんの数分前に食べてしまったばかりだ。ああ、こんな思いをするのなら、彼みたいにもっと味わって食べるべきだった……食べ終えてからこんな事を後悔しても仕方がないのに――

 自然と視線は彼の手に持つ物、今まさに食べられている干し肉へと注がれてしまう。


「…………」

「……?」


 そんな私の様子に気付いたのだろう。ロゼは私と干し肉を交互に見やると、納得したように一つ頷き、


「あげる」


 そう言って食べかけていたソレを差し出してくれたのだった。


「い、いいの……?」

うん(Ja)。たべて、よくなって」

「あ、ありがと……」


 手渡された干し肉を受け取ると、矢も楯もたまらず噛り付く。我ながら随分とがっつき過ぎだとは思うが、今日ばかりは許して欲しい。多分、数日振りの食事なのだから。


「ん……おいしい……」


 二度三度と噛み締めると、先程と同様に肉の旨味がじわりと溢れて来た。それに思わず感嘆の言葉を漏らしながらも、今度はゆっくりと、全身に染み渡らせるように咀嚼していく。

 それにしても、これは何の肉なんだろうか。豚とは違うようだし……まあ美味しいからきっと大丈夫だろう。


「んぐっ……ごちそうさまでした」

「ん。ごちそうさま」


 そうしてゆっくりと食べる事数分。それでも食事は呆気無く終わってしまった。

 未練たらしく指を舐める私を横目に、ロゼは手際良く食器をまとめてテーブルの上に置くと、次に私の近くへと寄って来た。


「うで、みせて」


 ……どうやら私の怪我の様子を確認するようだ。特に拒む理由も無いので、大人しく左腕を差し出す。ロゼは私の腕を手に取ると、袖を捲ってぐるりと巻かれた葉っぱを剥がし始めた。その手付きはもう慣れたと言わんばかりに正確で、躊躇いが無い。

 ぺりぺりと全ての葉っぱを剥がし終えると、あの夜に噛み付かれた傷跡が目に入った。深く噛み付かれていたはずの傷跡は、しかし化膿している事も無く、自分で焼いて赤くぐずついた肌だけが残っていた。


「……ビーチェ。なおるの、はやいね」

「そ、そうなのかな……」


 彼は感心した風にうんうんと頷いているが、私からするとそんな実感は無い。……そういえば、まだ聞いていないことがあった。


「ねえ、ロゼ」

「ん?」

「私がここに来てから、何日?」

「んー……」


 私の質問に彼はむーんと眉根を寄せて考え込んだ。そしてすぐに私の前に手をずずいっと出して来た。

 目の前に広がる、ひどく白い手の平。細い五本の指。……なるほど。


「五日、っと」

うん(Ja)。はこぶの、たいへんだった」

「そ、そう……ごめんなさい」

「きにしてない。つぎ、あし」

「ええ……」


 五日。五日間も寝込んでいたとは。

 それじゃお腹が空いているのも当たり前か。となると体もそろそろ……そう思い長く伸びた髪を鼻に近付けてみる。


「……むー……」


 うん。血の臭いで分からない。動けるようになったら早く洗いたいものだ。


 ……それにしても、彼も随分と酔狂なものだと思う。どれだけの距離があるのかは全く分からないけど、私を担いでこの小屋まで来るなんて、お人好しにも程があるだろう。いや、何か目的があると考えた方が自然か。

 だが私を保護し、治療する利点……そんなものがあるのだろうか?

 私と彼は赤の他人同士。逆の立場で考えてみれば助ける理由など欠片も無い。もし彼が道端で行き倒れていたとしても、私だったら見て見ぬふりをして、足早にその場を去るだろう。

『汝の隣人を愛せよ』などと高潔な理念は高らかに謳われこそするものの、厄介事に首を突っ込みたがる人間など誰もいないのだから。


「……ビーチェ?」

「え、あ、な、なにかしら」

「あし、なおってる」

「へ……?」


 ロゼの言葉に慌てて視線を自分の足へと移す。確か、足には靴が溶けるようにくっ付いてしまっていたはず。

 しかし目を向けた先には無残な靴の残骸は一欠片も無く、巻かれていた大量の葉っぱと赤く腫れた自分の裸足が見えるだけだった。


「……ねえ、靴はどうしたのかしら」

「んー、とった」


 短く答えながら、ロゼは懐から取り出したナイフを片手で回してみせた。どうやら私を運び終えた際に削ぎ落としてくれたようだ。


「それにしても、治ったって事はもう歩いても大丈夫……?」

「だめ。ビーチェ、よわってる」

「あ、はい……」


 ……どうにもこの看護者は手厳しい。見た通りであれば普通に歩けそうなものなのに。

 だがロゼは問答無用とばかりに一度外へ出て行くと、すぐにまた大量の葉っぱを持って戻って来た。ほかほかと湯気を上げるソレは瑞々しい植物の匂いをこれでもかと振り撒いており、どうやら外で湯がいてあったものの様だと知れた。それらを彼は丁寧に一枚づつ分けていくと、私の赤く腫れた足に張り付けていく。

 この様子だとまた歩き出せるようになるまで二、三日はかかりそうだ。まあ治療されている側なのだから、偉そうな事は言えないのだけど。むしろ感謝してもし足りないくらいだ。


「…………」


 しかし、私には一つだけ懸念というか……言っておかないといけない事があった。

 それは食事を終えた私の中で急速に首をもたげ、今や無視出来る範疇を越えつつある。

 真剣な表情で作業する彼へと、少し躊躇いがちに声をかけた。


「でも……ねえ、ロゼ」

「?」

「用を足す時は、どうすればいいかな……?」

「……!」


 バツが悪そうに白状する私に対して、ロゼはハッと顔を上げ……そして赤面しながら明後日の方を向いた。


「ごめん。わすれてた」

「ちょ、ええぇ……」


 この後、私を担いで外へ出すと言って憚らないロゼと、そんな恥ずかしい真似がされてたまるかという私の間で辿々しくも激しい口論があったが……私達の名誉の為に、そこは伏せておく事にする。

【Brennnessel】

・ドイツ語でイラクサ。欧州に自生するものは大体がセイヨウイラクサである。

・葉と茎にふわふわした棘があり、素手で触ると痺れるような痛みが走る。しかし薬効があり、若い芽や葉は食用としても適す。また調理する際に煮沸、加熱処理をすれば、棘も柔らかくなり安全に食べる事が出来る。

・効能としては抗アレルギー、関節炎、そして利尿作用など。

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