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炎の魔女  作者: 御留守
第二章 ■■■■■■■■■
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第四節「揺籃の森」

「それで、ロゼ」

「……?」

「貴方が、助けてくれたのですか?」


 取り敢えず、私はロゼに質問をしてみる事にした。何も分からない現状を打破する好機だ。少しでも理解しやすいようにゆっくりと話し、文節を区切りながら。

 それが功を奏したのだろう。ロゼはこちらを見つめながら控えめに頷いた。そして裾の長い外套を捲って手を出すと、私の身体を指差してきた。


「……ん……」


 促されるままに自分の身体を眺めてみる。……いつの間にか血と土に塗れた服は何処かへいっていて、代わりに彼とお揃いの緑色で彩られた衣服が着させられていた。もしかしなくても、彼が着替えさせてくれたのだろうか。


「けが」


 しげしげと眺め出した私の気を逸らそうとしたのか、次にロゼは短くそれだけを言うと私の方へと手を伸ばす。そしておもむろに私の左袖を捲り上げた。


「えっ……?」


 露わになった左腕を見て、私は思わず呆けたような声を漏らす。

 左腕は何かの葉っぱが執拗にぺたぺたと貼り付けられ、素肌が見えない程に埋め尽くされていた。……しかもよく見れば葉っぱの上から紐で軽く結わえてある。私が動いても剥がれないように固定するためだろうか。


「これは……」

「けが、なおる……らしい?」

「らしい……」


 思わず言葉を反芻し、再びロゼの顔へと目を向けてしまう。

 だが彼は私の視線など気にする風でも無く、フフンと鼻を鳴らしてどこか得意げだった。


「あしも、やった」

「足も?」

うん(Ja)


 彼の言葉に促されるまま、視線を足の先へとずらしてみる。……やはりこちらも左腕と同様に葉っぱがぐるぐる巻きにされていた。こちらは左腕よりも心なしか厳重だ。足が一回り大きく見える程に、徹底的に巻かれていた。

 ……そして今気付いたのだけど、私は藁の上に横たわっていたみたいだ。目まぐるしい状況の変化に頭が追い付いていない。ガサガサ鳴っていたのだから気付けたはずなのに……

 いや、それはそれとして、別の問題がある、かな……


「ねえ、ロゼ」

「?」

「これじゃ、歩けないよ?」

「歩くな」

「…………」

「ぜったい、あんせい」

「…………はい…………」


 どうやらもうしばらくは彼の世話になってしまうようだった。


「……そういえば」


 見ず知らずの他人の世話になる事が確定し若干気落ちした私だったが、すぐにある事に思い至った。


「ロゼは、こういうの詳しいの?」

「……?」


 そうなのだ。この純朴そうな相手は何故こういった知識に詳しいのだろうか。少なくとも私の住んでいた町ではこのような治療をする人なんて一人もいなかった。穢れた血を出して神へ祈りを捧げる事で病気は良くなると、殆どの人がそう信じていた。教会の教えを、言われるがまま頑なに信じていたのだ。


「こんな治し方……まるで魔女みたい」

「ビーチェ」

「あ、えっと、ごめんなさい」

「ううん。……さっきの、良く分からなかった」


 ……どうやら難しかったらしく、上手く聞き取れていなかったようだ。心の内でそっと胸を撫で下ろすと、迂闊な発言をした己を恥じる。魔女なんて言われて喜ぶ馬鹿は、この世界の何処にもいない。助けてくれた命の恩人に対して言うべき言葉じゃ無かった……


「それで! ええと、ロゼ。ここはどこなのでしょうか?」


 まぜっ返すように語気を強めながら、私は次の質問を投げかける。私の身体の状況は大体分かった。だったら次は取り巻く環境についてだ。


「んー……」

「えっと……?」


 ……しかし私の言葉を聞いた彼は、何か考え込みながら俯いてしまった。……何か良くない質問だったのだろうか……?

 困惑する私に対し、ロゼは眉を寄せながらこう返してくるのだった。


「ごめん。ビーチェ」

「ご、ごめんって……何がですか?」

「こたえられない」

「答えられない……?」


 答えられない……どういう事だろう。彼自身も此処がどういう場所なのか分からないという事だろうか。それとも誰かに口止めでもされているのだろうか……? どちらにしても私にとってはあまりにも望ましくない状況だ。

 ただならぬ危険を察知した私は、ぐっと身を起こしてロゼへと精一杯詰め寄った。


「答えられないって、どういう事ですか。ロゼ」

「あう、えっと……その……」

「私に言えない事が、あるんですか。どうなんですか」

「ビ、ビーチェ。おちついて……?」

「落ち着いていられる訳が……! う、ぐうっ……!」


 気が昂ったせいだろう。忘れかけていた鈍痛が首をもたげる。全く、肝心な時に……

 だがそうして痛がる私を見て、ロゼはこちらの手を取り、心配そうに見つめてきた。


「いたい?」

「ぐっ……痛いわ。ものすごく」

「……ごめんなさい」

「なんで、貴方が謝るんですか……」

「…………」


 思わず素気ない返事を返事する私を、彼は軽蔑する事も無く、ただただ無言で労わるように傍に居続けた。

 そんな健気な姿を見て、私は感じ入るのではなく……むしろ疑念を抱いた。

 この相手は、私に何かを期待しているのではないだろうか。

 だから、それだけの為だけに私を生かそうとしているのではないか――と。

 教会から手酷く裏切られたばかりの私は、未だ人を信じられるだけの心の余裕など持ち合わせていなかったのだ。


 ……疑う事の確証は無い。しかし所詮は会ったばかりの他人だ。

 朴訥な様子に騙されるな。優しさに絆されるな。

 これからは全部一人で抱えて生きて行かなければいけないのだから……


 痛みに耐えながら、甘えた心を己が意思で焼き尽くす。

 だが情を移すのも、敵意を向けるのも、全ては情報が出揃ってからだ。

 だから今のところは……仮初でも友好の仮面を被り続けないと。


「はあっ……ふ、ううっ……」


 人知れず覚悟を決めたところで痛みの波が引いていく。尚も心配そうにこちらを窺うロゼを片手で制し、心配は無用だと暗に伝える。


「……ロゼ。答えられないってどういう事か、教えてもらってもいいですか」


 今度は感情を荒げる事無く、淡々と言葉を紡いでいく。

 その様子に相手も大事な事なのだと気が付いたのか。しばし思案した後、何やらテーブルの上でガリガリと作業をし、それから両手で何かを差し出してきた。


「ビーチェ。これ」


 差し出されたのは大振りの葉っぱ。しかしそこには何かが刻まれている。

 これは何らかの絵……?

 いや違う、文字だ。真っ直ぐに刻まれていて読みにくいが、見覚えがある。


「Folium……葉っぱね。って、貴方……」


 ……何気なく書かれていた物を読み上げてしまった。忘れるはずも無い。ついこの間まで躍起になって覚えていたラテン語だ。

 何故彼はこれを……いや、そもそも読み書きが出来るの……?


「……!」


 そんな私の理解した風な素振りを見てだろう。ロゼはフードの奥の双眸を見開くと、またしてもテーブルへと戻り、ガリガリと何かをナイフで刻み始めた。……今度は先程よりも時間がかかっている。ああいう作業には慣れていないのだろうか。時折ビリッと破く音をさせながらも、しかし彼は辛抱強く何かを刻み続けた。フードに隠れていてその表情は窺い知ることは出来ないが、その様子はどこか楽しげである。

 ……そうして悪戦苦闘するロゼを待つ事数分。


「び、ビーチェ。これ……」


 ようやく差し出された何かを受け取る。今度は葉っぱではなく木片だ。

 そこに書かれていたのはまたしてもラテン語で、こんな風な文言が連ねられていた。


『此処は世から忘れられたもの、捨てられたもの達が集う場所。あらゆる場所と繋がり、けれど何処へも行く事は出来ない。世界を彷徨う揺籃の森』


「え…………?」


 書かれていたもののあまりの異質さに、一瞬思考が飛んだ。しかし何とか意味を咀嚼しようと、分からないなりに理解出来ないかと試みる。


(捨てられたものが集まる……? 何処へも行く事が出来ないって、どういう……)


 だが、文章にはまだ続きがあった。

 書かれた文字を半分も理解出来ないまま、両目が意思を持ったかのように滑り出す。


『私はロゼ。この森にずっと囚われている。貴方もきっと囚われ続ける。だから、囚われた者同士仲良くしましょう?』


「……!」


 最後まで読み終えた私は木片から視線を上げ、これを刻み付けた本人を見上げる。

 白き囚人はまたしてもニッコリと微笑むと……辿々しい言葉でこう言った。


「ようこそ。かんげいするよ」

【揺籃】

・ゆりかご。物事が発展する時の比喩表現。

・赤子を揺らす、成長の場所。

・揺籃に囚われるのか、それとも留まるのか。無垢な赤子はただ微睡みに沈むのみ。


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