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炎の魔女  作者: 御留守
幕間
29/54

断章「ある修道女の回想 熾」

「……それで、貴方はこれからどうするのですか?」


 全てを聞き終えた私は、眼前の男へと問いを投げかける。

 為した事は理解出来た。そうするだけの理由があったのだと、納得も出来た。

 けれど、これからの身の振り方如何によっては――


「さあ? どうしようかねぇ」

「は――?」

「なんも決めてねえ。金は貰ったからしばらくはもちそうだが……無くなったらまたなんか探さないとなぁ」

「あ、貴方という人は……っ」


 ……最早呆れるのを通り越して、感心してしまう。どこまで自分の事に対して無頓着なのだろう。こんな捨て鉢さでよく生きて来られたものだ。頭の中はどうなっているのだろうか。黴でも生えているのではなかろうか。


「それだけの腕前と機転が利くのですから、働き口など引く手数多でしょうに」

「いやいやシスター、意外とこれで大変なんだな。根無し草の放浪人ってのは何処に行ったって門前払いされちまう。……胡散臭い、信用出来ない、そもそも誰お前って感じにな」

「ですが……」

「でも、も糞もないんだよ。何処まで行ったってこの世界は閉鎖的なんだ。余所から来る奴なんてのは、結局は災いしかもたらさない。そんなのは少し外に出れば嫌と言うほど思い知らされる。だから、仕方がないのさ」

「…………」


 あっけらかんとした先までの物言いから一転、男は無表情にそう語った。

 ……語る言葉に偽りは無い。

 この世は閉ざされ、倦み、哀切に満ちているのだと、その暗い瞳が如実に語っている。

 疲れ、諦念に満ちた眼差しは、まるで嵐の日に打ち捨てられた野犬の様で……


「……ならば」


 気が付いたら私は、


「私の下で働きませんか?」


 そんな提案を口にしていたのだった。


「……えっ?」


 唐突な私の言葉に面食らったのか、男は口を半開きにしたまま気の抜けた声を漏らす。

 そして少しして我に返ったのだろう。襤褸布から覗く双眸を驚きに見開きながら、こちらへと捲し立てた。


「シスター、本気で言ってるのか? 俺みたいな素性不明の怪しい男を、あろう事か教会で働かそうだなんて……まず受け入れられる訳が無いし、神父殿や他の人らにはどう説明を……いやいや、それよりも寝床だって無いのに……」

「全て私が何とかします。……貴方、読み書きが出来るのですよね?」

「え、あ、出来るが……」


 私の質問に要領を得ないのか、男は歯切れの悪い返事を返してくる。

 そんな相手の理解を得る為、私は溜息を一つ吐くと、あまり褒められたものでは無い内情を吐露した。


「……実はですね。先日、教会併設の学校で働いている教師が行方不明になりまして」

「は……? 行方……は、え?」

「なんでも律儀に残されていた書置きによると、『我、啓示を得たり。故に彼の聖地へ旅立たん』などと意味不明な文章が……」

「……頭がイカレたのか?」

「さあ? 私にはなんとも。ただ、その前の日まで病で病床に伏せていたようですから、それが原因なのかと」

「いやそれ、確実に熱でやられてただろ……どっかで野垂れ死んでいないといいが」


 うぇーと言葉を吐きながら手を振る男は心底呆れ果てた様子だ。……まあ気持ちは分からないでもない。私も聞いた時は耳を疑ったものだ。


「……まあ経緯はともかくとして、私達は早急に代役を見つける必要があるのです」

「なるほど。つまり、俺は渡りに船ってわけか」

「そういう事です。……ここで貴方と会ったのも、神の思し召しでしょう。どうでしょうか、その、ええっと……」


 そこで私は今まで疎かにしていたある事実に気が付いた。私としたことが、最初に聞いておくべき事を今の今まで忘れていたとは……いや、矢継ぎ早に厄介事や未知の体験が起きたのだから仕方がない。そういう事にしておこう。

 多少バツの悪さを感じつつも、私は気を取り直し、目の前の男に問うた。


「……貴方、名前は何というのでしょう?」

「俺の名前か。ああ、そういえば何だかんだで名乗っていなかったな……」


 男は纏った襤褸をバサリと鳴らしながら、私の前で居住まいを正す。

 その際、これまでの言動とは違って意外にも年若い相貌が露わになり、その暗い瞳で私を真正面から見つめた。


「……俺の名はレオン。《戦場渡り》だのなんだのと持て囃された事もあったが、今じゃしがない放浪者さ。……シスター。あんたの提案、受けさせてもらうとしよう」

「そうですか、それは重畳。私はフローラ。これまで通りシスター呼びで結構です」

「先生から教わったように上手く出来るかは分からねえが……まあ、読み書きや日常知識くらいなら俺でも教えられるだろう。神だのなんだのってのはそっちに任せた」

「神だのなんだの……」


 神の恩寵を軽々しく扱うレオンに少しだけ眩暈を覚えるも、寸での所でグッと堪えた。……不遜な物言いなどいずれ直せばいいのだ。今は彼のような優秀な人材が必要なのだから。


「……そういやシスターよ。俺からも聞きたい事があるんだが」


 そんな風に内心で耐えている私を知ってか知らずか、レオンは不思議そうな顔をしながら私へと質問を投げてきた。


「……なんでしょうか」

「ゴロツキ相手に随分と余裕綽々だったが……昔、何か?」


 ああ、放浪者の彼には分からないだろう。……この町ではそれなりに有名なのだが。

 はあ、と溜息を漏らすと、私は己の事情を説明する事にした。


「嗜む程度でしたが、武術を少々。……元が、武門の家だったもので」

「ほーん? それにしたって女の身ででか?」

「ええ。私の家には何年も世継ぎに恵まれなかったものですから、取り敢えずは、と思ったのでしょう。父は私に戦技の全てを叩き込んだのです」

「……随分と思い切ったもんだな。男が産まれるまで待てなかったのか? 養子を取るとかは?」

「…………」

「おっと、すまん。……不躾だった」

「いえ、お構いなく。父はそれこそ躍起になって手を尽くしたのですが、私以外にどうあっても子は出来ず……それ故でしょうか。己の血脈を残すことに執着していたのですよ」


 ……話しながら在りし日の父の姿を思い出す。


『強くあれ。清くあれ。己の正しいと思う様に生きよ』


 口癖のようにそう繰り返していた父は、とても優しく、そして厳しかった。

 ……そんな父が大好きで、私は鍛錬に励む日々に邁進していたのだ。

 凄絶に、容赦無く父は私を鍛え上げた。……それは他人から見れば歪んだ愛情だったかもしれない。けれど、私は幸せだった。……鍛錬に臨んでいる間は、父は楽しそうだったからだ。

 懐かしくて暖かな、厳しくはあったけれど幸福で満ち足りた日々。


「けれど、結局それも成就する事は叶わず。私一人を残し、父も、母や多くの愛人も皆、流行り病でこの世を去りました」

「そいつぁ……」

「憐みは不要です、レオン。既に終わった事なのです。父が残したものは……私の中にちゃんとあるのですから」

「……分かった。もう何も言わんさ」


 私との会話に思う所があったのか、レオンは二度三度と頭を振ると、疲れたように歩き出した。私もその背を追って歩き出し……


「……そうだ。もう一つだけ」

「あン?」

「貴方の腕前を見込んで、一つお願いがあるのです」


 そして、もう一つだけ願いを言う事にしたのだ。

 ……先の戦いを見てからずっと、抑えてきたそれを。


「なんだ。何でも言ってくれ」

「……これから言う事は他言無用にお願いします」

「おいおい、改まって言われると恐ろしいな……?」


 それは、この身に燻ぶる衝動。父が残してくれた大切なもの。

 今日という日まで、絶やす事無く続けてきた鋼の鍛錬。それを、いつか――


「いつか、いつかで良いのです。いつか、私と――」



■■■■■



「――いつか私と全力で手合せをしてください。確か、そう言ったのでしたね……」


 無意識に握った拳がゴキリと関節を鳴らす。


 あの日見た戦いの風景に、私は今日追い付いた。

 ……いや、アレを戦いと言っていいのかは甚だ疑問が残るところではあったが……

 あの日、あの時、あの瞬間に私の心を動かしたのは、間違いなくあの手段を選ばない戦闘だったのだから。

 そして、あの時灯った渇望の炎、感じた私の昂りは……間違っていなかった。間違っていなかったのだ。


「《戦場渡り》……いや、《苦痛を運ぶ者》、《生きて帰る者》、《炎を振るう者》なんてものもありましたか……」


 ……数年をかけ秘密裏に調べた数多の二つ名に違わぬ強さだった。剣戟の中で何度死を悟った事だろう。


「だが、まだだ。まだ足りない。これでは満足できない……」


 一つ譫言(うわごと)の様に呟くと、フローラはふらりと幽鬼の様に立ち上がり、やがて歩き始めた。


「ああ、ああ、こんな事なら剣を交えなければ良かった……」


 歩きながらフローラは通りに連なった家々を見上げていく。

 風に煽られ燃え盛っていた家々は住民の健闘も空しく、その殆どが燃え尽きていた。

 今更自分がのこのこと出て行ったところでこの光景が変わるとも思えないが……それでもある種の責任ある身として、生き延びた人々の慰問に尽力しなければならないだろう。


 ……だが、それももうどうでも良かった。

 剣戟によって刻まれた熱が、引いて行かない。

 闘争への渇望が抑えられない。

 鍛え抜いた戦技を振るう喜悦が頭にこびり付いている。


「神父様……どうか、お許しください。私には為すべき事が出来てしまいました」


 フローラはどす黒く焦げた家々を無視し、己の住処――教会へと歩を進める。


 ……旅の準備を整える為だ。

 ここに来て完全に一線を越えてしまったのだと、フローラは自覚し、口の端を歪めた。


「一体、この世界にはどれ程の強者がいるのでしょう。レオンのような、いえ、それを超えるような……恐ろしい強者が! ああ、何故もっと早く気付けなかったのか……!」


 己の狂える衝動を持て余したのか、フローラは廃墟となった家の外壁を殴り付ける。

 途端に壁に風穴が開き、その全身がぐらりと傾く。そして彼女が通り過ぎると同時にガラガラと崩れ出した。


「強者と言えば、ダンテ殿もいましたね……あれは純然たる強さとは言い難いものもありますが……まあ良いでしょう。その辺の塵芥を相手にするよりはよっぽどマシです」


 ……強者と戦う喜びを見出したフローラに、最早敵味方の区別は無い。彼女にとっては今の社会など取るに足らない物でしかないからだ。

 武門の家を売り払って修道女に甘んじていたのも、そもそも退屈な日常、社会に何も興味を見いだせなかったが故。

 だが、それももう終わりだった。


「ああ、そういえばベアトリーチェは……いえ、いえいえ、あの子はダメでしたね。もっと、もっともっと強くなってくれれば、あるいは……ふふっ、ふふふふっ」


 数刻前までの厳粛な面持ちは何処へやら。彼女はにこやかに目を細めると、屈託なく笑った。

 そして天を仰ぐと、まるで神へと宣誓するかのように、厳かに言葉を紡いだのだった。


「……さあ、旅を始めましょう。巡礼の旅を。強者との邂逅を。更なる強者との邂逅を。……そして神よ。私に戦い続ける祝福を――」

【戦技】

・中世欧州に於いて武術の資料は残念ながら多くは残されてはいない。憶測ではあるが、戦や病の所為で人の代謝が激しく、伝える暇など無かったのではなかろうか。

・しかし、それは確実にあった。戦続きの世で無いと考える方が不自然であろう。

・幸運にもフローラは、亡き父からその戦技を余す事無く受け継いだ。剣術、槍術、そして我流のパンクラチオン――人体を壊す為の、その術を。

・やはり《武器要らず》の二つ名は、彼女にこそ相応しい。

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