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炎の魔女  作者: 御留守
第一章 業火を宿した少女
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第十八節「欺瞞と証明」

「…………」


 耳をつんざく爆音が響き、土煙がもうもうと立ち込める。

 土煙の中、浮かぶ影は一つのみ。

 あまりの轟音に驚いて、その場に座り込んだままの誰か。


 ……死を覚悟し、目を固く閉じたフローラだ。


「…………?」


 やがてフローラはゆっくりと目を開くと、驚きながら辺りを見渡す。

 そうしてしばらく戸惑っていると、気まぐれな北風が吹き荒び、立ち込める土煙を洗い流していく。

 そして、彼女は愕然とした。


「……ダンテ! ダンテ殿っ!」


 フローラは件の悪魔祓いを必死に呼びつける。すぐに剣戟の向こうから極めて冷静な返答があった。


「どうした、代行者殿」


 その声にフローラは一言だけの端的な報告を返した。

 ……真横にある抉り取られた地面と、突き刺さった大鎌を睨み付けながら。


逃げられました!(・・・・・・・・)

「……! 何をしている!」

「すみません……ですが、あれは私の手には余る……!」

「……少しは出来るかと思ったが、見込み違いか……この男は任せたぞ」


 一瞬の状況判断の後に、ダンテは一際大きく相手へと直剣を叩き付けると、踵を返してこの場から撤退を始める。

 探す当てでもあるのか、そのまま広場を真っ直ぐに横切り、通りへ向かって駆け抜けていく。


「おい待て! 逃げるのか!?」

「勘違いするな。私の目的は最初からあの娘だ」


 ダンテは短く言い残すと、時間が惜しいとばかりに通りへと入っていく。


「……忘れもんだ、ぜっ!」


 レオンは懐から一本の短剣を取り出すと、遠くなっていくダンテの背中目がけてそれを投げ付けた。真っ直ぐに飛んだ短剣は過たずダンテの背中に突き刺さった。


「……」


 ダンテは短剣が突き刺さった瞬間、レオンの方を一度だけ振り返る。だが次には、背中の短剣を肉ごと抉り抜いて投げ捨てると、不機嫌そうに鼻を鳴らして走り去っていった。

 ……後には、レオンとフローラだけが残された。


「…………」

「…………」

「……なあ」


 所在無さ気に座るフローラへ向かい、レオンは言葉を投げかける。彼としては今すぐにでもダンテの後を追いかけたかったが、彼女に後ろから襲いかかられては厄介だった。

 焦る心を押し殺して何とかいつも通りの、昨日まで彼女と接していたような、気の無い口調で問いかける。


「……で、どうするね。シスター?」


 それに対してフローラは、軽く苦笑を浮かべてこう返してきた。


「どうするも何も無いでしょう。貴方も異端の協力者なのですから、これから断罪します」

「んー、やっぱそうなるよな……だがよ。ちょっと聞きたいんだが……」

「ええ、何なりと。裁かれる前に残したいものもあるでしょう」

「そうじゃねえよ。あんたよ……」


 レオンはそこで一旦言葉を切ると、目を細めながら言葉を繋ぐ。


「あいつ相手に、なんで手加減してたんだ?(・・・・・・・・・)

「…………」

「俺の勘違いだったら悪いんだが、槍捌きから察するにあんたの方が圧倒的に強かったはずだ。それに得物の相性も良い。というか、大鎌相手に後れを取るような武器を探す方が難しいか……」


 レオンの鋭い問いに、フローラは黙ったまま静かに目を閉じる。

 そして、しばらくして観念したように口を開いた。


「……あの男には、気付かれていたでしょうか」

「あの男……? ああ、鳥野郎か。多分気付いてないんじゃないか? 俺の相手で手一杯だったみたいだしな」

「そうですか。それは重畳。一芝居打った甲斐があったようです」

「って事は……」

「ええ。そうです」


 フローラはコホンと一つ咳払いをすると、穏やかに微笑んだ。


「私も、あの子には死んでほしくなかったのですよ。まあ、あんなに死に物狂いで抵抗されるとは思いませんでしたが……ですが、おかげで上手く行ったようですね」

「シスター、あんた……」

「……私にも立場があるのです。ですからこれが精一杯。誰も好き好んで断罪などするものですか」


 もううんざりだと言わんばかりにフローラは本心を吐き捨てる。そして広場を見渡した。


「この広場も、些か血に汚れ過ぎていますからね。あの子には無事に逃げ延びてもらいたいものです」

「なあ、手加減してたのは分かったんだが……」

「はい?」

「最後のアレ、あいつが直撃させようとして来たら、どうするつもりだったんだ?」

「……ああ、あの大鎌……いや、炎の塊の」

「そうだ。あいつが逸らしてくれたから良かったものの、何であんな無茶を……」


 レオンはひしゃげて使い物にならなくなったソードブレイカーを見て顔を顰めながら、浮かんできた疑問を口にする。それにフローラは至極簡潔に、微笑みながら答えた。


「あの子は不器用ですけど、優しい子ですから。……信じていました」

「……そうか。そうだったな。あいつは嘘を言ったり人を傷付けるような奴じゃないからな」

「ええ、そうでしょう? 貴方ほどではありませんが、私も子供達の事はちゃんと見ていましたからね」


 フローラはそこまで話し終えるとおもむろに立ち上がり、聖衣に付いた汚れをばっと叩いた。そして、手近に転がっていた十字槍を拾い上げ、その切っ先をレオンへと突き付ける。


「……さて、では続きを始めましょうか」

「ん……あ? 続きって、なんのだ?」

「最初に話したではないですか……まったく。これから私と手合わせしていただきます」

「おいおい! なんでだよ!?」

「……“私はあの時、異端の協力者だったレオンを止める為に此処で槍を振るっていた。それ故に悪魔憑きを追う事が出来ず、また実力不足から協力者をも取り逃してしまった。”」


 憮然としたレオンに教え諭すかのように、フローラは言葉を紡いでいく。


「……筋書きとしてはこんな所でしょうか。要するに、貴方には私が此処で足止めされていたという証拠になって頂きたいのですよ」

「……はあ、証拠作りかよ。断罪とか言ってたから身構えちまったじゃねぇか……」


 一瞬混乱したものの、レオンは持ち前の柔軟な思考ですぐさまフローラの立場を理解した。

 ……何しろ彼女は自分と違い、責任ある立場だ。本来であれば、今頃町の火災や混乱を収めるべく奔走しているところなのだろうが……あの鳥野郎が何かしらの誓約で縛っていると見た。今の教会は権威や立場、役職を持つ者が恐ろしい程に強い。そんな光景は嫌と言う程、旅の最中で出くわして来たものだ。

 この混乱の最中、教会の監視の目があるかなどレオンには分からない。

 だが、自分の勝手な行動で目の前の恩人が窮地に立たされるのは……どうにも耐えられなかった。


(確か、聖庁からの書状がどうとかと話していたか……それじゃ、逆らえるわけもないよなぁ……)


 しがらみとは面倒なものだと心中でフローラに同情しつつも、レオンは剣を構え、そして尋ねる。


「で、だ。どれくらい手心を加えればいいのかね? 何も全力で戦う必要も無いだろう」

「…………」

「……おい?」


 しかし、レオンの質問にフローラは黙したまま、鋭い視線を向けて来る。

 そして、ポツリと呟いた。


「……これが、最後の機会かもしれませんね」

「……? どういう事だ?」

「いいえ。何でもありません。さあ、武器を構えて下さい」


 己の呟きを撤回すると、フローラは挑発するかのようにぐるりと槍を一回転させる。


「……ああそれと。手心を加える必要はありません。どうか、全力で来て下さい」

「いいのか?」

「ええ。そうでなければ証明に箔が付かないというものでしょう? それに、私を打ち倒す時間が早ければ早い程、あの子を追うのが早くなるはずです」

「……なるほど。一理あるな」


 二人は一つ頷き合うと、ニヤリと口の端を上げる。

 そして燃え上がる数多の建物を背景に、得物を構え向かい合う。


「それでは……貴方の実力、久し振りに見せて貰います。《戦場渡り》」

「ああ、存分に。……十字軍から連綿と続くその武門の血脈。教会暮らしで鈍ってないと良いがな? 《武器要らずのフローラ》よ」

「……その名で呼ばれるのは、いつ以来でしょうね……」

「……さあな。意外と陰では呼ばれていそうだがな?」

「ふふっ……違いないですね」


 武器を構えながら二人は互いに軽口を叩き、笑い合った。

 そこには知り合い同士で戦う悲愴感など微塵も無い。

 あるのはただ、眼前の強者と真剣で競い合えるのだという、純粋な喜悦のみ。


「…………」

「…………」


 一通りの会話を済ませると、広場に静寂が満ちていく。

 同時に戦意を高め合う両者は戦闘準備を整え始める。


 レオンは黒布をぐいと押し上げ、その表情を覆い隠す。残るは鋭い眼光と、殺気。剣を両手でしっかりと構え、弛んだ空気を霧散させていく。

 対するフローラは長く伸びた赤毛を靡かせながら、槍を低く構えて臨戦態勢に入る。こちらも不動のまま、相手の動きにいつでも対応できるよう全身に力を込めた。

 そして――


「「――――!」」


 熱風吹き荒ぶ炎獄の中、剣戟の音が広場に鳴り響く。

 二人は何の前触れも無く、示し合わせたかのように戦い始めたのだった。


【二つ名】

・本名以外の呼び方。異名。別名。通り名とも。

・中世において、名前の数はそう多い物ではなく、また多くの人は個人名のみだったそうだ。故に、都市などで人々は名前の他に区別するための二つ名を用いた。

・現代の基準で二つ名と言うと、良いものばかりを連想してしまうものだが……大抵は見た目や住んでいる所などから取られていた、らしい。

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