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炎の魔女  作者: 御留守
序章 ある名も無き村にて
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第二節「煉獄を担う者」

 絶叫。混乱。悪臭。炎に焼かれ逃げ惑う人々。


 爆炎と共にもたらされたのは、まさに地獄だった。


「…………っ!!」


 ……いや、先の女性の呟きが正しければ、これは煉獄か。

 焼き尽くされていく世界を見ながら、私は教会で聞いた説教を思い出していた。


 ――苦罰による魂の浄化。

 ――天国に至る為に贖罪をする場所。


「――――」


 ……広場は老若男女の区別無く、業火によって焼き尽くされていく。

 本来だったら私達が燃やされようとしていたはずなのに。


「あああ……!! あづいっ! あづいいいいっ!!」

「ひっ! ああ!? なんで、なんで私が燃えているのよぉぉぉ!?」

「ああああ! 神よぉぉ! 御慈悲を……御慈悲をっおおお!!」


 ……今では何故か、先まで喝采を上げていた人達が燃えている。


 ある者は焼かれるままに地面をのた打ち回り。

 またある者は炎を纏ったまま木組みの建物を炎上させ。

 そしてある者は苦しみのままに井戸へ身を投げ、そのまま絶命した。


 ……なのに、何故。


「……なんで……」


 何故、私は……


「……なんで私は、燃えていないの……?」


 呆然としながら燃える広場を見つめる。

 煉獄の中心では女性が熱風に服をはためかせ、悠然と立ち尽くしていた。


「あちゃー……精々半分程度だと思ったんだけど、これじゃほぼ全滅じゃない……」


 ……ぽりぽりと頬をかきながら、物騒な事をものすごく呑気に言っている。


「こんな辺鄙な村なのに……ってまあ、大体原因なんて分かっているんですけどね」


 そこまで話すと、女性はある方向へと視線を向けた。


「……そこの仮面男。貴方の仕業でしょう?」


 釣られるように私もその先を見る。そこには――


「……炎の魔女め……」


 ……神父の隣にいた仮面の聖職者が、女性へと近付いていた。

 男は全身に炎を纏わせながらも大地をしっかりと踏みしめ、堂々とした足取りで女性へと歩み寄って行く。

 そこにはこの地獄を作り出した者に対する恐れや、怯えといったものは見て取れない。

 愚直なまでの信仰が彼を支えているのだろうか。

 まさしく殉教者と呼ぶに相応しい、鋼の精神。


「教会に仇なす異端者に、こんな所で会うとはな……」

「ええ、まったく。お互いツイてないわね」


 女性は軽く笑いながら肩をすくめる。

 ……そんな様子に動ずる事も無く、仮面の男は腰の剣をすらりと抜き放つ。聖職者が持つにはいささか大仰な――本来であれば騎士が持つに相応しい――幅広の両刃剣である。


「…………」


 それは酷く傷んでひび割れていたが、刃の所々には赤黒い染みがこびり付き、抑えきれぬ殺意を振りまいている。……何十、何百もの人の命を奪ってきた業物なのだろうか。見ているとそんな益体も無い考えが想起させられた。


「なんだ、冗談も通じないなんて……これだから聖職者は……」

「生憎と異端者と慣れ合えるような身分でもないのでな」

「へえ? お偉いさんなんですか?」

「…………」

「まただんまりですか……ま、それなら――」


 そう言うと女性は足元に落ちていた棒切れを拾うと、サッと手で払う。

 すると途端に棒切れは燃え上がり、ごうごうと凄まじい音を立てて燃え盛った。


「……存分に痛めつけてから話を聞き出すとしましょうか」

「……炎の魔術か。面妖な……」


 仮面の男は一言吐き捨てると、両手で構えた剣の切っ先を女性に向け……駆け出した。


「――オオオッ!」


 二足で女性との距離を詰めた男は、一撃で両断せんと横薙ぎに切り払う。


「とっとっ、中々早いです、ねっ!」


 しかし斬撃は空を切る。軌道を予測した女性が地を転がり避けたのだ。


「――!」


 そこで止まる男でもない。横薙ぎから身を戻すと、即座に大上段の切り落としを放つ。

 だが――


「これでも、喰らっておきなさいッ!」


 如何にして作り出したのか、女性が放った数発の火の飛礫(つぶて)が男に迫る。


「ちィッ! 小癪(こしゃく)な!」


 舌打ちを漏らしつつ咄嗟に剣で払い、男はその場に立ち止まった。そして剣を構えたまま女性を睨みつける。それを見て、距離を取った女性は服に付いた砂を払い、くすくすと笑った。


「あらあら、随分な得物を持っている割には慎重なんですね?」

「……ほざくがいい。挑発には乗らん」

「……そうですか。なら――」


 そう言うと女性は足元にあった石を蹴り、再び火の飛礫を男へ殺到させた。……どうやらあの飛礫は小石に火を纏わせて放り投げていたようだ。


「同じ手は食わぬッ! ――!?」


 飛礫はまたしても剣で払われてしまう。

 だが、次に女性の起こした不可解な行動に、思わず男の剣を持つ手が止まった。


「これでぇ……」


 女性は何故か、手近にあった樽の横っ腹に燃え盛る棒を思いっきり叩き付けたのだ。

 そして次の瞬間――


「どうよぉッ!」


 爆音と共に件の樽が男へ一直線に飛んでいった……!


「んなァッ!? がアッ!!」


 樽は男に直撃。鈍い音を一つ大きく鳴らした後、地面に落ちてごろごろと転がっていった。

 中には相当量の食糧が詰まっていたらしく、ニンジン、オリーブ、キノコなどが辺り一面に散らばり、無残に焼けた広場へ気持ちばかりの彩りを添えていく。


「…………」


 受けた男の方はどうかというと……どうやら樽は顔面に直撃したようだ。辛うじて未だに顔面を隠してはいるものの、仮面はひしゃげ、見るも無残なまでに潰れていた。

 だが、直立不動で立ち尽くすその姿は、何の痛痒(つうよう)も感じていないように見える。が――


「ていっ」

「…………」


 次の瞬間、女性に小突かれた男はあっさりと、そのまま大の字に倒れ伏した。……どうやら立ったまま気絶していただけだったようだ。


「まったく、危なっかしい物を振り回しちゃってまあ……」


 ぶうぶつと文句を漏らしながら、女性は男の手から零れ落ちた両刃剣を蹴り飛ばし、手の届かない遠くへと追いやる。

 そして女性は気絶している男へ向かって、


「ほら、いつまで寝ているのです。さっさと起きて色々ゲロってもらいますよ」


 ……焼き(ごて)の如く、燃え盛る棒を押し当てた。


「ぐっ、アアアアッ!?」

「……起きるは大変結構なのですが、もうちょっと静かにしてくれませんか?」


 そう言うと、今度は男の喉元へと棒を押し当てる。じゅうじゅうと肉の焼ける音が聞こえた。


「――!? ――――!!!」


 ジタバタと男がもがく。それを見た女性は……


「暴れられるとちょっと困るんですが……そうですね。そのまま足掻くようなら、まずはその鬱陶(うっとう)しい足から焼き切ってあげます。どうでしょう?」


 ……穏やかな口ぶりながら一切の慈悲も無い宣告。それを聞いた男は即座に足掻くのをやめた。

 この女は何をしでかすか分からない――未知の物に対する恐怖が、男の総身へと蛇のように纏わりついたかのようだった。


「よろしい。では質問を始めます」

「…………」

「貴方の名前と所属は?」

「ろ、ロッソ……所属、ドミニコ修道会……」

「そう。ではロッソ。貴方のこの村での目的は?」

「……食料の寄与。そして異端者の改宗……」

「……なるほど。質実剛健で仕事熱心な異端審問官様でしたか」


 すると女性は何故かそこで棒をぐりぐりと押し付けた。じゅうじゅうと黒煙が上がる。


「ああああっ!? やめろっ、やめてくれッ!」

「ふん……」


 今の答えのどこが不味かったのだろうか……?


「……では次の質問です」

「ぐ、ううっ……」

「ほら、泣かない泣かない。……炎の魔女という名は誰から聞きましたか?」

「お、お触れが出ている。炎を操る異端――炎の魔女がいた場合は、有無を言わさず抹殺しろと」

「ほうほう。それは何処から?」

「しら、知らない……」

「知らない訳が無いでしょう。貴方は何処で聞いたのです?」

「本当に知らないのだ! 何しろ立ち寄る教会全てで言われるのだからなッ! お前こそ何をした! 何故そこまで狙われるのだッ!?」

「…………」


 ……男の絶叫に返答は無い。女性は男を無視しながら一通り何か考え込んだ後、言葉を継いだ。


「……では最後に。ああ、これが一番重要な質問なんですが……」


 そこで女性は声を落とし、真剣な顔で問いかける。


「貴方、寄与していた食べ物に、何か混ぜ物をしていませんでしたか……?」

「…………?」


 その質問に男はただ困惑した。こいつは何を言っているのだとでも言わんばかりだ。


「混ぜ物など……そんな事、私がする訳が無いだろう! 大体、何を混ぜるというのだ!?」

「…………」


 男の返答に、女性は再度黙り込んでしまう。

 あの顔に浮かんでいるのは……失望? けれど何の失望だろう……

 すると、そんなところへ――


「……ビーチェ」


 先程の顔をぐるぐる巻きにした人が音も無く近付いていた。……今の短い声で分かったが、どうやら男で合っていたようだ。両手いっぱいに抱えた何かを女性へと差し出す。


「言われた通りに教会を漁って来たぞ」

「……流石レオン。相変わらず仕事の早い事で……」


 差し出されたそれらは、パンに野菜、ニシンの塩漬けといった極々ありふれた食糧――私達にとってのご馳走だった。

 海から離れた山間のこの村では、ニシンなど普通に暮らしていては到底お目にかかれない。たまたま立ち寄った旅の商人がごく稀に持ち寄る程度。それ程の贅沢品なのだ。

 ……村の皆が寄与の時間には我先にと集まっていたのを思い出す。

 私と叔母さんは色々あってお零れにも与れなかったけれど……

 女性はその一つ、ニシンの塩漬けを手に取り、おもむろに匂いを嗅いだ。すると、


「……ああ、やっぱり」


 心底汚らわしいと言わんばかりに即座に燃やし尽くした。


「レオン。それ全部放り捨てなさい。移るわよ」

「はいはい。やっぱりかい……」


 言葉を受け、レオンと呼ばれた男はそれらを投げ捨て、踏みにじった。

 まるで、足蹴にする事で貴重品への未練を断ち切るかのように。徹底的に。


「き、貴様ら……! なんと罰当たりな事を……!」


 棒で動きを封じられ、その光景を見届けることしか出来ない男は歯噛みしながら唸る。


「罰当たり……? ああ、貴方は本当に何も知らずに振舞っていたのですね……」


 女性は額に手を当て、やれやれと言わんばかりに溜息を吐いた。そして再度男へ向き直ると、傍らに膝を突いて顔を覗き込んだ。


「……では、質問は以上です。貴方から聞きたい事は全て聞きました」

「あ、ああ……?」

「今まで手荒な事をして、すみませんでした。どうやらあなたの事を誤解していたみたいです」


 女性は両手を伸ばし、男の顔に触れていく。まるで慈母の如き優しさに溢れた手付きだ。

 ……先までの苛烈さは何処へやら。急に態度が変化した相手に、男は呆気にとられて困惑するばかりだ。


「ですので、今すぐ解放してあげますね」

「ほ、本当か……?」

「……ええ。私は嘘は言いませんよ?」

「よ、良かった……」


 男は解放されると知ると、思わず声を漏らした。……強がってはいたが、尋問されるという未だ経験した事の無い出来事は、男に想像以上の負担を強いていたようだ。


「助かっ――」


 ……だが、安堵の言葉は最後まで紡がれる事は無く。


 ――バンと、何かが破裂するような、そんな音がした。


「……え?」


 次の瞬間、男の頭は跡形も無く消え去っていて。

 頭の在った所は赤黒い何がで染まっていて。

 けれどそんな光景を見ながらも、女性は少しも動揺せず、こう呟いたのです。


「……痛みも無く一瞬で。それがせめてもの慈悲です」


「黒き病は祓わなければなりませんから。……この世界から、ね」


【煉獄】

・カトリックの説く、天国と地獄の狭間。

・魂を清め、天国へと誘われるのを待つ場。

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