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炎の魔女  作者: 御留守
第一章 業火を宿した少女
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第十一節「抗戦」

 ……焦る心を抑え付け、ペースを乱さないよう苦労しながら駆け続ける事十数分。


「やっと、着いた……っ!」


 目当ての職人街へと到達した私は安堵の息を吐くと、躊躇する事無くその入口の門をくぐった。


「まだ、ここには人がいる……」


 門を抜けた私は勢いのままに中央通りを走り抜けていく。

 カーンカーンと何処からともなく鉄を打つ音が響き、フイゴが風を送る音や、カタカタと何かの機械が動く振動、作業の指示を飛ばす声などがそこかしこから聞こえてくる。

 ……未だに街の異変には気付いていないのか、この区画の人々は作業に勤しむ事に腐心しているようだ。

 通りを歩く人はまばら。家々の煙突からは煙が立ち上り、澄み渡る青空を重苦しく彩っている。それは今の私の不安を明示しているかのようで、私は知らず渋い顔を作っていた。

 私は見上げた顔をすぐに戻すと、手頃な物がないか忙しなく視線を周囲へ投げかける。


「なにか……なにか使えるものを……」


 作った商品の展示も兼ねているのだろうか、幸いにも道具はそこら中に溢れていた。

 軒先に吊るされている物やその辺に立てかけてある物に狙いを定めて、走りながら周囲を物色していく。


「…………」


 鍋、(すき)(くわ)、物干し竿、箒、用途の分からない棒状の何か……


(ああくそっ! ロクな物がないし! なんで剣とか槍とかはないのよっ!? しかも鍋以外全部木製とか!)


 見回す物品のあまりの貧弱さに、思わず溜息が漏れてしまう。一縷の望みに縋ってここまで来たというのに、これでは期待外れにも程がある。こんな木組みの道具であいつらをどうにか出来るなんて到底思えない。せいぜい二、三体でも倒したら壊れてしまうだろう。

 それに炎を扱うにしたって木製ではすぐ燃え尽きてしまう。それでは意味が無いのに……!

 ……そう、私がここに来た目的はただ一つ。


「あいつらをどうにか出来る武器を探しに来たってのに、なんにも無いじゃないの……!」


 叫ぶように悪態を吐きながら、通りの突き当りを右に曲がる。そこへ――


「――――!」

「……っ!? 待ち伏せっ!」


 不意を突くように建物の影から黒い腕が伸ばされた。即座に感知した私は咄嗟の判断で転がって避ける。


「わわわっ……!」


 ……しかし、結構な勢いで走っていたため、そのまま突き当りの物置にぶち当たってしまった。がらがらと積み上げてあった木箱や樽が崩れ、私の視界を埋め尽くしていく。


「ぐっ……! まだまだ……っ!」


 落ちてきた木箱や何かが私の体を強かに打ち据える。……既にここまで追い付かれていたとは予想外だ。だけど、臆して怯んでいる時間なんてこれっぽっちも無い。己を叱咤するように声を上げると、素早く身を起こして黒影を睨み付ける。

 ……今の衝撃で足元には雑多な品々が転がっている。私はその中から目ぼしい物を一つ拾い上げると、じっとこちらに顔を向ける黒影へと跳躍し、襲い掛かった。


「ああああッ!」

「――!」


 拾い上げた物――腕の長さ程の角材に炎を纏わせて全力で叩き付ける。

 だがそれは相手の頭上すれすれという所で相手に掴まれてしまった。


「くっ、この……! 放して……ッ!」

「――――」


 じゅうじゅうと掌を焼かれながらも、黒影は角材を掴む手を放そうとしない。左右に振ったり押し込んだりしてみても、万力のような力で掴まれていて、とてもじゃないが引き剥がせそうにない。

 ……だったらこっちにも考えがある。


「てぇああッ!」


 燃える角材を手放した私は、その根元を全力で殴り付けた。その勢いに、掴んでいた黒影はあらぬ方向へと腕が引っ張られて体勢を崩す。……やっぱりこいつらの行動にはあまり融通が利かない所があるようだ。

 距離を詰めた私はがら空きになった顔面へと手を伸ばし、全霊を込めて業火を解き放つ――!


「このまま、燃えろッ!」


 伸ばした手が顔面を捉えると、業火はすぐさま相手へと燃え移り、その顔面を焼き尽くしていく。顔面の炎は即座に胴体、手足へと滑るように広がっていき、やがて全身を薪のように燃やしていった。

 角材を掴んだままの手でさしたる抵抗も出来ないまま、黒影は力なく崩れていく。


(さっきの奴より、燃えるのが早い……?)


 先に倒した二体との違いに戸惑いつつも、私は油断無く燃える死体に警戒し続ける。だがそれも杞憂だったようで、崩れ落ちた死体は一度も動く事無く、地面の黒い染みへと成り果てた。

 完全に動かなくなったのを確認した私は、それでやっとこの場を後にする事が出来た。


(今ので他の奴らはどれだけ近付いた……? いや、考える時間も惜しい。とにかく何か武器を探さないと……)


 追手の現在地を心配しながらも、私は走りながらの周囲の物色を再開する。


「はっ……はあっ……! くそっ……!」


 ……相変わらず周囲には農耕用の道具しか見つけられない。ひょっとすると、ここは家具や農具職人しかいない区画だったのかもしれない。

 私はここにしか来た事なんて無いし、想像も出来なかったけど、もしかしたら武器職人専門の区画が存在したりするのだろうか。……でもそう考えると、ここまで目に付く物が偏っているのにも説明が付くし、何より色んな所へ足を運ばなくて良いのだから、理にも適っている。


 ……そして。

 それらが指し示す事実はもう一つ。

 ここまで来たのは結局無駄足だったって事が、分かって……


(……いや! まだだっ……! 憶測だけで、諦めない……っ!)


 息を切らし、闇雲に走りながら、私は希望を求めて職人街を走り抜ける。


 ……遠くでは悲鳴が、絶叫が、命乞いの声が聞こえてくる。

 間違いない。あいつらが迫って来ている。もうあまり時間は無い……

 もうこの際、武器でなくてもなんでもいい。なにか、なにか使える物を……!


「……って、ああっ!?」


 ……そんな風にがむしゃらに走り回る私の眼前に、突如として望まれざる客が現れた。


 それはまるで青天の霹靂の如く、私の前に立ちはだかっている。

 いや、注意深く周りを見ていればこうなる事なんてあり得なかっただろう。

 だが、余裕の無い今の自分にとってはあまりにも突然現れたように見えた。


「行き止まり……!」


 目の前にそびえるのは木板の継ぎ接ぎだらけで不格好な高い壁。左右には扉を閉ざした建物がずらり。……いわゆる袋小路という奴だ。試しに壁を登れはしないかと、近寄って簡単に調べてみたが……継ぎ接ぎで出来た段差は薄く、手足を引っ掻ける事などとても出来そうに無かった。


 ……そして、不運というものは立て続けに訪れるものだ。


「……!」


 ざくざくと地面を踏み鳴らす音が遠くに聞こえる。振り返り確認すると、ちょうど通りに続く角から黒影が一体、こちらへと駆け寄ってくるのが見えた。相変わらず私から見たらそれほど速くない速度だったが、こうして行き止まりで近寄ってくる様を見届けることしか出来ない現状では、恐怖を掻き立てるものでしかない。


「ああ、もうっ……! 本当に、いい加減にしてよ……!」


 あまりにも絶望的な現状に業を煮やした私は、現実逃避するかのように辺りを再度見回した。それでどうにかなるなんて露ほども思えなかったが、何もしないよりははるかにマシだ。

 壁の右端から左端へ。小走りに歩きながら舐めるように見回していく。


「……ん?」


 そこで私は建物の陰に隠れていた、光射さぬ深奥にてある物を見出す。

 棒状のそれは、木の壁と同化するかの如く茶色い錆塗れで、一目で使い古された後に放り捨てられたものだと知れた。手を伸ばして触れると、壁から離れたそれは地面へと落ち、コーンと固い音を一つ立てて横になった。


「……! ああ、神よ。貴方の慈悲に感謝します……!」


 感謝の言葉を呟くと、私はそれを拾い上げて走り寄る黒影を迎え撃つべく身構える。

 底と中間に付けられた持ち手を握り、刃先はしっかりと相手の目の前へ。


 ……こんな物、使った事も無いけど……きっと大丈夫。

 だってこれは、刈り取るしか能の無い物なんだから。


 料理でナイフを使うように。もしくは羊皮紙にペンを走らせるように。

 出来て当たり前なんだって、自分に言い聞かせていく。


「…………」


 得物へと意識を集中させる。

 ……すると、炎は腕から鉄製の柄を伝い、やがて刀身をごうごうと燃やしていく。

 燃え滾る炎は鉄錆の悉くを焼き清め、かつてあったその在るべき姿を取り戻させていった。

 私は満足そうに一つ頷くと……何の予備動作も無く駆け始めた。


 駆ける時間は一瞬。それで躊躇いは全て投げ捨てる。

 そうして相手との距離を詰めた私は大きく身を捩って振りかぶると、持てる大鎌(・・)で黒影へと斬り付けた――!


「我に仇為す有象無象に……斬熱の鉄槌を……ッ!」


 言葉と共に一閃。伸ばされていた両腕を燃える刃先で両断する。ばしゃりと腕の断面から黒い血が飛び散っていく。

 振る勢いを利用しながらもう一回転。今度は相手の脳天へと大鎌の刃を叩き付けた。サクリと小気味良いほどに突き刺さった刃先を一瞥すると、私は何の容赦も無く引き裂いた。脳漿を焼かれながら、黒影は何も出来ずにその場へ倒れ伏す。


「はっ……はっ……うう……」


 ……仮面男から逃げた時点で、既に嫌悪感なんて焼き捨てた。

 やらなければ、私がやられる。それだけの話。

 だから襲って来る奴はこの鎌で全員斬り潰す。


 この命を刈り取る感触。武器を振るう恐怖。

 ……そうやって自分に言い聞かせないと、どうにかなりそうだった。


「う……ああ……」


 また足音が聞こえる。今度は二体か、それとも三体だろうか。

 ……どうでもいい事か。

 だって、あいつらは私を殺すまで止まらないだろうし。


「炎よ、加護を……私に力を……!」


 再び走り出した私は、角から飛び出て来た新手の首を即座に刎ね飛ばす。

 ぐるりぐるりと廻りながら、続いて固まっているもう一体の足首を刈り取り、無様に倒れたその脳天へと柄を叩き付けて焼き砕いた。


「あ、ははっ……武器さえあればこんなもの……あっけないじゃない……」


 揺らした髪から火の粉を溢し、私は幽鬼のように立ち尽くす。

 片手に大鎌を持ち、もう片手で顔を抑えながら、苦行に臨む巡礼者のように。

 緑眼を金色に輝かせ……一歩二歩、よろよろと揺らめいた後、私はもう何度目になるか分からない疾走を始める。


「父さん、母さん……まっててね」


 なんて事は無い。全部を斬り捨てれば良いだけの事なのだから。

 そっちがその気なら、私も全力で抗ってみせよう――


「いま、たすけにいくから……」

【大鎌】

・草刈りに用いられる農具。まかり間違っても戦闘用ではない。

・よくファンタジーなどで見かける大鎌は刃先以外に余計な装飾の無い代物ばかりだが、あれでは実用的とは言い難い。実際にはより効率的に使うため、取っ手が付けられていた。

・農兵が使っていた戦鎌という刃先を真っ直ぐにした物、いわゆるハルバードのような物もあったが、器用貧乏な結果に終わった模様。

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