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炎の魔女  作者: 御留守
第一章 業火を宿した少女
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第六節「レオンとベアトリーチェ」

「…………」

「…………」


 どうしよう。どうしよう。


「……で、相談ってなんだ?」

「……あっと、えっと、その……」


 覚悟を決めないままに勢いで喋ったものですから、これからどう説明しようか何も考えてなかった……!


「…………」


 先ずは私の現状を端的に教えるために炎を出しましょう。……待った。人に見られたら不味いですね……私達の周りにはアドリア海を眺める人が二、三人はいます。あれに見られたら絶対に不味い。ですから炎は出せません。でも炎を見せないでどうやって説明したら……なら場所を移す?


「…………」

「おーい? ベアトリーチェさーん?」


 ……いやいや。ここは交易都市です。人が都合良くいない場所を探すのは至難の業。だったらいっそ、家まで連れて行く……? いえ、これも駄目です。もし両親が帰っていた場合、またどうやって説明したものか……しかも先生と両親はまだ面識が無かったはず……要らぬ誤解を招く可能性が……


「おいったら! 話を聞け!」

「ひぁい!?」


 突然の大声で思索から引き戻され、声を上げる私。我ながらヘンテコな声が出たものですが、そこはご愛嬌というものです。

 続いて恐る恐る顔を上げると、上から覗き込むレオン先生と目が合いました。……先生は大人としてはそれほど背が高くない方でしたが、こうして見降ろされると中々の威圧感があります。


「やっと帰って来たか。考え込むのはいいが、時と場所を選べよ……まったく」

「あぅ、すみません……」


 どうやら我知らず長考をしていたみたいでした。ですが、迂闊な事を口走ろうものなら即終了の身の上からすると、これくらい慎重でも罰は当たらないと思うのです。ええ。

 そんな私を見てレオン先生は何か思う所があるのか、顎に手を添えてしばし沈思黙考した後、おもむろに口を開きました。


「なあ、ベアトリーチェよ」

「は、はい」

「お前が言いたいけど言えないような、そんな秘密を抱えてるってのは、よーく分かった」

「……!」


 ……私の反応を見て確信したのでしょう。レオン先生の顔色はにわかに厳しさを増していきます。


「……昨日、医療書を調べてみて何か分かったか? ああ、無理に答えろとは言わないが……」

「いいえ……今まで図書館で調べてきたんですけど、何も……」

「そうか……家族は、お前の秘密は?」

「…………」

「言えないか。まあそりゃそうだよな……」


 はぁ、と一つ溜息を吐いた先生は再び私を見据えると、こう続けてくれたのでした。


「ベアトリーチェよ。お前が抱えている秘密は、もしかしたら俺の想像を遥かに超えた大変なものかもしれないが……どうしようもなくなって、にっちもさっちも行かなくなったら……俺に教えてくれ」

「え……?」


 教えてくれとは……どういう事でしょう。意外な言葉に目を瞬かせる私を尻目に、先生は恥ずかしそうに続けます。


「まあ、その、なんだ……俺は、お前の教師役だからな。教え子が困っていたら助けるってのが、責任ある大人ってもんだ。だから、教えてくれたら助けに行ってやる。分かったか」

「…………」


 レオン先生の宣告に、私は文字通り呆気にとられてしまいました。


 それとなく危なっかしい秘密なのだと言外に察しながらも、私を忌避する事無く受け入れてくれた?

 頼れる相手も何もいなくなったら俺を頼れ? 何が出来るかも分からないのに?


 ……そして、それにしたって。

 レオン先生が、責任ある、大人……?


「…………ぷっ」

「ちょ、ベア――?」

「あはっ、あはははっ! なんだか可笑しい! 先生から責任ある大人だなんてっ。そんな言葉が聞けるなんて、ふふっ……!」

「何笑ってるんだよ!? 俺だって真剣に言葉を選んでだな……!」

「あははっ……ごめんなさい……! でも、可笑しくって……」

「ああ、くそっ! 真面目に相談なんて乗らなきゃ良かったか……」


 ……告げられた言葉のあまりのギャップに、ついつい笑いが零れてしまいました。吹き出す程度で収まるかと思ったのですが……ツボに入ってしまったのか、中々収まりそうにありません。

 そしてそんな私をげんなりとした様子で見つめるレオン先生。苦虫を噛み潰したような顔をしたまま心底後悔なさっているご様子で……それがまた可笑しい。

 カッコ付けて自爆されるとここまでの破壊力が出るとは……私の周りにはそんな人がいなかったので、人生初体験でしたよ。はい。


 ……そうしてしばらく悶えていて、ようやく落ち着いた頃。


「はぁ……ふぅ。やっと落ち着いた……」

「おぅ、お疲れさん……」


 ムスッとしたまま再びアドリア海を見つめ始めていたレオン先生へ、私は告げる。


「……あの、レオン先生」

「なんだよ……もうとっとと余所行けよ……」

「ちょっと、そんなに不貞腐れないで下さいよ。少し笑い過ぎたとは思っていますから」

「…………」

「えっと……話を聞いて下さって、ありがとうございました。……少しだけ肩の荷が下りました」

「……そうか。そりゃ良かった。笑われた甲斐もあるってもんだ」


 返される皮肉を意に介さず――この人の場合、どうせ照れ隠しなのですから――私は言葉を継いでいきます。


「それと、本当に困ってどうしようもなくなったら、先生を頼らせてもらいます。それまでは精一杯足掻いてみますので。ああでも、私の事についてはもうちょっと秘密にさせておいてください。先生に迷惑はかけたくありませんから……」

「ああ、分かった。頑張れよ」

「はい。では私はもう帰りますので。……明日また、学校で」


 そうした別れの挨拶を最後に、私は高台から家路へと歩き出します。

 ……最後に振り返った時、こちらを横目に見るレオン先生は心なしか満足そうに微笑んでおりました。


【秘密】

・個人ないし、一つの組織、団体が外集団に公開する事の無い情報。

・殆どの場合、外部にとって有益か、内部にとって不利益である場合に作られる。

・これを作りたくないのなら、全て開けっ広げにしてしまうより方法は無い。

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