第71話 剣豪ジン
「やりましたね!ノートさん!」
引き上げたノートをサンゴがうれしそうな声で出迎える。
『ああ、剣技は久しぶりだったがなんとかなったな』
ノートの剣技はグランディアナ王国聖騎士剣技である。年上の兄貴分ハルトと剣術の練習をする上で身に着けた剣技であった。中でも護りの剣技「眠り猫の構え」はノートの得意とする技だ。どっしり構え、斬りかかった相手の攻撃を弾き猛反撃を加えるこの技は、年上で地力の勝るハルトとまともに戦う上で必須と言える技。子どものころから何度も何度も練習した自信の持てる技である。
「ノートさんネギ…じゃなかった、剣も使えるんですね!」
『いや、剣技は使えるが、剣は使えないんだ。筋力がないからな…』
グランディアナ王国の剣技は頑丈な騎士剣や大剣を用いる。ひ弱なノートが満足に扱うにはそれらは重過ぎた。
『だが、軽いネギになら扱える、か。まさかこんなところで役に立つとはな』
「やるじゃねえか、そこの黒いの」
黒いの、とは全身を黒い羽毛に包まれているノートのことだ。声をかけたのは見知らぬ着流しの浪人風の男だった。
『お前は…』
「誰です?」
「俺はジンと言う者だ」
『ジン…Aブロックの大本命か…この剣気、なるほどな』
獣王ガレアスの放つ圧力が周囲を押しつぶすようなプレッシャーだとすれば、ジンは突き刺すような圧力を放っている。ノートは警戒の目を浮かべつつ、軽くぺこりと会釈した。
「なかなか礼儀正しい魔獣だな」
言い終わる頃、ジンから発せられる剣気が一瞬にして破裂するようにノートの体に襲い掛かった。
『!』
ノートはその場から咄嗟に飛び退き、ノートとジンの間に割って入ったサンゴはネギを握りしめていた。ジンがノートに向けて斬りかかったネギを、サンゴが受け止めた形だ。
「俺の居合『電瞬』に反応するとは、やはりなかなかの修羅場を潜り抜けているようだな…。特にそっちの嬢ちゃん…俺の太刀、いやネギを受け止めるとは恐ろしい反応だな」
ノートの眼には止まらなかった一瞬のネギ技もサンゴの類まれなる反射神経の前にはかなわなかった。「しかし、今のは本気の居合じゃねえ」
『今のが本気じゃないだと…』
ノートは突如膨れ上がった剣気を察知して反射的に飛び退いただけであって、ネギを受け止めたサンゴのようにジンのネギの居合を見切ったわけではない。もし本気の居合であったなら、ネギではなく真剣であったなら…ノートの体を噴き出した冷や汗が流れ落ちる。
「俺の技は見せた。決勝で戦うのを楽しみにしているぞ」
剣豪ジンはそう言い残してノートたちの元を去って行った。去り際の背にも、一切の隙はない。
『あいつ…恐ろしい腕だ…。果たして俺に勝てるだろうか…』
*
それから、ノートは二回戦、三回戦を危なげなく勝ち抜き、四回戦…Aブロックの準決勝に駒を進めていた。
『次の相手はネギ農家の方か…ええと、名前は──』
─────
─魔王軍本拠 ディナムの居室
魔軍四将 支配者ディナムの右腕チャーリーが報告している。
「ディナム様ー。あのペンペンちゃんどうやらシュリの武闘大会に参加してるみたいッス」
報告の相手はもちろん支配者ディナム。先のハニム公国での一戦ではノートに撤退させられるなど魔軍四将のプライドを傷つけられている。
「うむ。余も聞き及んでおる。既に奴を…ペンギラーノートを始末するための刺客も放っておる」
「マジッスか、さすがディナム様パネエ」
ディナムはゆったりと椅子にかけ、余裕の表情で黒々したあごひげの形を整えている。
「ネギで殴りあうという理解に苦しむ大会だと聞いている。故に、ネギの扱いに長けた余の配下の農家を忍ばせているのだ。刺客からはあのノートと同じトーナメントブロックに入ったとも報告を受けておる」
「ヤベエッスね、それ。マジヤベエ」
「うむ。奴なら…魔農家 惨死郎なら必ずやノートを打倒するであろう。魔農家 惨死郎は亜空間に田畑を設置することができる余の配下指折りの農家だ。その亜空間に設置した広大な畑のスケールメリットを生かし、多くの小規模農家を廃業に追い込んだ奴こそ最凶最悪の農家と言えよう」
「…あのー。その魔農家 惨死郎ならさっきボロボロになって帰ってきてそこでぶっ倒れてるッスよ」
「ええっ!?なんでえ!?」
チャーリーは倒れている惨死郎の頬をぺちぺち叩きながら揺り起こす。
「サンシロー、サンシロー、ディナム様に報告よろ」
その声で気絶していた惨死郎は意識を取り戻し、うめき声にも似た声を上げる。
「うう…ディナム様…申し訳ありません」
「惨死郎よ、なぜネギで殴りあう大会で貴様がそんな有様になるのだ」
惨死郎は体のところどころに火傷を負い、それらの傷はとてもネギでしばき合った時にできる負傷ではなかった。
「アツアツの根深汁でもぶっかけられたんッスかねえ?」
「あの男…剣豪ジン…恐ろしい奴…人間にあんな奴がいるとは…ぐふっ!」
惨死郎は断末魔をあげ気絶した。
「ディナム様、どうしましょっか」
「…とりあえず、今回は放置でいいか…」
剣豪ジンの手によってディナムから差し向けられた刺客は退治された。もちろん刺客を差し向けられた側のノートはそんなことを知る由はない。
─────
『次の相手の名前は万能ネギのヨサクか…どんな人だろう』




