第37話 ハニム公国へ
ハニム公国の春と夏は短い。しかし、ヒバン大橋のラマ像からかつらが取り払われた今は春の入り口。
『ジョセフィーン像のかつらが見られなかったのは残念だが、ちょうど春先に当たったのは運が良かったな』
ノート一行はダテ砦で一泊し、山道の雪をかき分けて進む牛ソリで山のふもとに位置するハニム公国首都ホルを目指していた。
「春…といっても寒いんだけど…」
春先とは言え、山には雪が残り寒さも厳しい。二人と一匹は先のチノの町で調達した防寒着に身を包み寒さから身を守っている。
『標高が高いからな。牛ソリの上とは言っても寝たら死にかねないから寝ないように気を付けるんだぞ。いいか、絶対に寝るなよ』
「わかりました!」
「オーケー、でもこれから行く首都もこんな感じなの?」
『首都ホルがあるハニム公国南部の平野地帯は春夏秋は過ごしやすいようだ。冬場は食べ物も保存食ばかりだが春なら山菜の新芽や雪解けの川魚が名物らしい。有名な料理は体が温まる鍋物や汁物だな』
「薄々思ってたけど、あなたやたら旅をエンジョイしてるわね…」
知的好奇心と探求心の塊であるノートは外国に出るのはこの年で初めてで、旅先ではしゃいでしまうことも無理からぬことだった。
「お肉はないんですか?」
サンゴは若干不満そうだ。
『春は家畜の繁殖シーズンだからな。冬から春はちょうどシーズンオフだ。肉がおいしい季節は出産シーズンが終わって生まれた子どもが育ってからだな』
「はいはい、で、いつものお決まりのうんちくを話したくてしょうがないんでしょ?」
『そうだな…それじゃあハニム公国の話をしてやろう…』
レンに話を振られたノートは嬉しさで緩む顔をかみ殺している。
『ハニム公国は前に話した通り大公を頂点とする国家だ。国の人口は少ないが、その分国土に余裕があり、国民は主に農業や牧畜に従事する。国土が広い分一人当たりの所得も他国に比べて多い。加えて、税率も低いから裕福であることが知られている。これは初代ハニム公がこの国に左遷された時、左遷された自分についてきた配下や国民に感謝を忘れないためだとされていて、現代にいたるまでその低税率は受け継がれている。故に国民のハニム公への人気は絶大だそうだ。農業や牧畜は盛んだが、反面で工業や産業は発達していない。資源は少なくないはずだが開発が追い付いていないんだ。外貨を稼ぐ手段は主に農産品や嗜好品だな。ロシマ連邦はチノで食べた炭鉱夫のにぎり飯に代表されるように米食文化だが、ハニム公国では冷害に弱い米は一部地域でしか育たない。そのため米食に合わせて小麦や豆も多く生産することで主食としている。このあたりはロシマ連邦育ちのレンが慣れるのは少し時間がかかるかもしれないな。農業が主産業なら冬場はどうしているかが気になるだろう。なに、その質問は織り込み済みだ。冬の農閑期に農家は酒造りをしているということだ。もっとも気温が低くなりすぎると発酵がすすまないから温度管理は難しいらしい。ハニム公国の上質な雪解け水で作られた酒は世界的にも評価が高く輸出品目として代表的な生産品として知られている。寒さもしのげて一石二鳥だからハニム公国の法律では未成年でも少量なら酒を飲んでも咎められることはない。ああでもお前たちには絶対に飲ませないからな。教育上まずいからな。さて、これまで話したのはハニム公国内でも比較的温暖な南部の話だ。俺たちが目指す精霊神の聖廟は北部の奥地に位置している。北部は開拓民がところどころに集落を作っているが湿地や原生林が広がりまだわかっていないことも多い。春先とはいえ当然気候も厳しい。だからこの防寒着を調達した。それにしてもこの防寒着を着ていてもなかなか寒いな。さすがは雪山と言ったところか。だからこの状況下で寝てしまうとそのまま死んでしまうかもしれないから二人とも重々気を付けておくように。さて話を戻すと…』
「Zzz…」
「Zzz…」
ノートの長くつまらない説明により、いつの間にかサンゴとレンの二人は寝てしまっていたが幸いにして命を失うことはなかった。




