第11話 西へ急ぐ
ノートはげんなりしている。
「お腹がすきました~!」
ノートは無言でそこら辺の草を引っこ抜き、サンゴの前に差し出した。
サンゴはぷいと首を回し、ノートの方を見ようともしない。このやり取りは一日に数回繰り返される。そして、この後は畑に泥棒に行こうとするサンゴを、ノートがあの手この手で阻止するのがお決まりとなっていた。
ノートは決意した。
金を稼がねば…。
自分が雑草を食べれば何とかなるので、サンゴもきっと雑草を食べられるのだろうと思っていたのが間違いだった。
幻獣とはいえ、パレードでの話を聞くに味覚は人間と似たようなもののようだ。お腹がすいたと言って、雑草を差し出されて怒らない人間は居ない。これはノートの反省すべきことだった。
『サンゴ、よく聞け』
『もう一度言う。サンゴ、よく聞け。俺が悪かった』
「なんですかぁノートさん」
『お腹がすいたのはわかった。しかし、人間の世界では美味しいものを食べるにはお金が必要なんだ』
「お金、ですか」
『うむ。お金があれば、畑から野菜を盗む必要もなく、正々堂々美味しい野菜も食べ放題だ』
サンゴの目が一際赤く輝いた。
「わかりました!」
『わかってくれたか…』
「お金を盗んでくればいいんですね!」
『貴ッ様ァ!』
ノートは手羽先でサンゴの両ほっぺたをぐにぐにと潰す。
『人間の世界では盗みは犯罪なの!』
「じゃあどうやってお金をゲットすればいいんです?」
悩ましいのはそこだった。魔獣ペンギラーであるノートにお金を稼ぐ手立ては多くない。
『そうだな…手に職がない人がお金を稼ぎたい時は魔物を狩るのが手っ取り早い』
『今の俺にとっては同族となってしまうが、最弱の魔物ペンギラーでも肉に羽毛と売ればちょっとした金になる。とはいえ今の俺だとペンギラーと真正面で戦っても勝つのは難しい。なぜなら(中略)よって、罠を使う。ペンギラーは知能が低いからちょっとした罠をしかけるだけで捕まるだろう。魔物を罠に仕掛けるには魔物の習性をよく把握しておくことが大切だ。ペンギラーは人里で畑を荒らすことで有名だが、山や森林に狭い行動圏を持っていることが確認されている。そして、決まった獣道を通る習性があるから、まずペンギラーが生息している痕跡を探し、行動圏を見つけ、通り道に罠をしかける。そうすれば数日もすれば罠にペンギラーがひっかかるという寸法だ。わかったか?』
ノートが自信満々に得意の魔獣学の知識を披露し終えた時、ノートの視野から生徒であるはずのサンゴは姿を消していた。
『居ねえし!一体どこへ…』
周囲を見回しても近くに人家はなく、畑もない。ノートは、少し離れた林を見て、あそこか…と思った。
*
ギャー グェー
『聞いたことのない鳴き声だ…』
林の中に足を踏み入れたノートは、魔獣に詳しいノートすら聞いたことのないおぞましい鳴き声を聞いた。
人間の姿であればどのような魔物であっても恐れるものではないが、今のノートは最大限警戒し、強力な魔物と遭遇しないようにしなければならない。キンコジのブローチで人間から襲われる可能性は低くなったものの、魔獣ペンギラーは魔物社会でも食物連鎖の下層に位置するのだから。
自身の聴覚、視覚をフルに発揮し、慎重に林の中を分け入ったノートは不意に足を止める。身を刺すような強烈な殺気。ノートは、自身が狙われていることを察知した。
(既に捕食者の網の中、というわけか…)
ノートは殺気を浴びることには耐性があった。対魔物に関して王国一の実力派伊達ではない。身の凍りそうな殺気を受けながらも、冷静に逃走ルートを計算し、捕食者の牙から逃れることを考える。
(林の中で狩りを行うモンスターだ。樹上に登れるモンスターなら身を伏せて隠れながら投石で牽制し、陸上で高機動なモンスターなら木をうまく使って逃げる。逃げきれなければ…戦うか)
殺気を背後に感じたノートは振り返りモンスターの姿を確認した。と、同時に世にも恐ろしいものを見たノートは、身がすくみ動けなくなってしまった。
『怪物…!』
「なんだぁ…ノートさんでしたかぁ…うっかり殺しちゃうところでした!」
ノートは見た。無惨に引き裂かれた血まみれのペンギラーを数匹引きずり、返り血に身を染めながらもにこにこしているサンゴの姿を。
「これでお金になりますかね?」
『これは…ひどい…こんなにひどい殺され方は初めて見る…』
ノートは理解する。この王国において、ノートの知らない魔物は居ない。すなわち林に入った時に聞こえた、聞いたことのない魔物の鳴き声はペンギラーの断末魔だったのだと。




