日曜日の早朝
初めまして、難読と申します。
書きたいことは沢山ありますが、まずは本編を。
書き溜めが有りませんが、比較的短編です。
主人公は大学生。冷たく無機質で、人間を嫌いながら、人間を愛している。
矛盾に満ちた彼はやはり人間で、それでも彼だからこそ出会い、感じるドラマがある。
多くの感情を携えながら、ご覧ください。
椎名雪広は起床するとスマートフォンを見る。
見るといっても手探りでスマートフォンを手に取り、そのまま指紋認証でロックが解除できるおかげで、スリープ画面に表示されている通知を見る間もなくメイン画面が表示される。覚醒するまでの時間、二度寝してしまえばまたロックがかかることもある。
椎名はメッセージアプリ画面を無造作に開いてからその内容を見ずにスマートフォンをテーブルに投げ、顔を洗ってから一杯の水を飲むのが日課だった。アプリの確認は、その後。どうせ寝ぼけ眼が戻るまで、必要なメールやメッセージなどは受信するのだ、そう思って。
だが、この日は違った。
最も使用頻度が高く、かつ毎朝必ず最初に確認するのは、緑色のメッセージアプリだ。
相手によって個々に分かれたアプリの通知画面。開くと、最新のメッセージの冒頭の数文字だけ一覧で見ることが出来る。
もちろん全文を読むにはその相手とのトークを選べば良い。個人からのものも、グループからのものも、朝になれば大抵20,30は通知が入っている。多いときは50にもなった。
椎名は無造作に既読をつけるのが好きではなかった。既読をつけると、返事をしなければならないからだ。
けれど「すぐ読みたい」とも思った。ただ、読むからにはどう返信しようか考えながら読む、それが彼の細やかなポリシーだった。
「どうして……。」
椎名は小さく呟いた。顔洗って水を飲む、という崇高なルールを破り、寝ぼけ眼を無理矢理に見開いてスマートフォンを凝視したのは、そのトーク画面を開かずとも既読を付けずとも、他の通知と並んでいても内容を理解できる、心臓を揺らすたった一言が目に飛び込んできてしまったからだ。
『別れて欲しい』
椎名は確かに動揺していた。けれど、指が動くことはなかった。思わずトークを開いて既読をつける事がなかったのは、体に染み付いた習慣ゆえだろう。何より、これほどまでになんと返信していいか悩む文面もない。
落ち着こうと握り締めていたスマートフォンをテーブルに置こうとして、躊躇ってまた手のひらに収めた。
椎名は既読スルーをされる事を嫌がったが、それ以上に未読スルーをされる事を嫌った。
”未読スルー”という言葉は非常に滑稽だ。
このメッセージアプリケーションは、自分が相手に対して送ったメッセージを相手が開き、全文を表示する…つまり、相手が、自分から送ったメッセージを読んだ瞬間、自分の画面にリアルタイムで”既読”の文字が表示される。
当たり前に従来のメールを使っていた人々もこの機能自体は理解出来るだろう。だが、この”未読”一つで大事件が起こるとは夢にも思わないはずだ。どういうことかと言えば、この”既読”というシステムは猜疑心を生み出してしまう。
”既読”がついたその瞬間、相手はその通知を認識した、という裏付けになる。それが既読機能の主たる目的だ。
つまり、送って”既読”がつかなければ相手が忙しいだとか、まだ寝てると想像出来る。まだそのメッセージを相手は読んでいないのだ。
逆にすぐ”既読”がつけば、相手は必ず読んでいるのだ。もちろん状況は様々で、偶然スマートフォンを手にしていたかもしれないし、待ち構えていたかもしれない。まるでチャットのようなやり取りをする際には常に既読が表示され、数十秒単位で短い言葉のやりとりを交わすことも出来る。メールよりも非常にファストかつインスタントなツールだ。
さて、先に挙げた問題とは何か。この”既読”がついたにも関わらず、もし返信がこなかった場合、いくつかの可能性が考えられる。
例えば、メールの場合を考えて見る。メールであれば、とりあえず読んだものの、今すぐに返信出来る状態ではないから後回しにしよう。という選択肢があり得る。少し返答に困る内容だからじっくりと考えてから返信しよう、といったことも当たり前に行う。もちろん、最低限24時間以内に返信する、といった暗黙のマナーは存在する。
基本的にはこのアプリも同様である。だがこのアプリは非常に簡易で、そのデータ送信も円滑であることから、まるで通話をするように短い言葉をコンパクトに投げ合うことができる。例えば「今暇?」という文章に対して、「はい」か「いいえ」かを返信するのに、数秒とかからない。
また、やりとり自体が高速化しているため、メールにおける推敲のような作業をする必要もない。
つまりそれは「忙しいから返信できない」という可能性を主観で削除してしまうのだ。「読めば数秒で返せる」のが当たり前だからだ。
つまり、”既読”をつけて返信されない場合、「バツが悪くて返せない」や「大して大事な内容じゃないから後回し」という、ネガティヴなイメージを勝手に持たれてしまう。
メールであれば気にしなかったことを、”既読”というシステム一つのせいで、過剰かつ神経質に気にしてしまうのだ。
当然、中には気にしない者もいる。だが一人でも気にする人間がいれば、その人間に合わせなければいけなくなる。
究極的に言えば、もし”既読”を「つけてしまった」場合に、数分で返事をしなければその時点で「あいつは私が嫌いなのだ」というレッテルを貼られることにもなりかねない。
こうして起こるトラブルに現代の若者は悩まされている。相手の気持ちを考えて、瞬時に返信するスキルを要求されている。張り巡らされた情報社会で生き馬の目を抜かんとして、皆当たり前に身につけているのだ。
さて、その対応策の一つとして行われているのが、”未読”だ。対策というより、それはシンプルな手法である。
要するに、そのメッセージを開かなければ、既読はつかない。メールと同様に、送ったから返信待ち、という状況だ。
しかしながら、元々既読を気にする人種にこのような小手先の手段は通用しない。
彼らはこの”未読”で返事をしない、”未読スルー”という行為もまた、知りうるのだ。
「返信しずらい文言だから、”既読”を付けないんだろう」と、これが未読スルーである。
なんとも滑稽な話であるが、これが現代において当たり前に蔓延っている、不毛な駆け引きなのだ。
もちろん、"未読スルー"などという行為の決めつけは、根拠のない不条理なものだ。
それでもこのアプリケーションを通して行われるコミュニケーションには、"いつもならこの時間に返事をくれるだろう"とか"他のSNSでは反応してたから読まないはずはない"だとか、人によっては常軌を逸した執着的行為をする事も少なくない。
いずれにせよ、相手にこう思われたいと、最低限お互いに気持ちのいいコミニュケーションを取りたいがための行為には違いない。
とにかく椎名は未読スルーを嫌い、そして自分がそれをする事も嫌った。”本当に”未読であることを、自分自身に対する証明のために。だからこそスマートフォンを開く毎日の日課においても、基本的に画面を見ないようにしてテーブルに置くのだ。
心の準備が整うまで見てはいけない、見てしまっては、認識してしまってはもう"何か"に対して思考が始まるからだ。つまり、それこそが既に”未読スルー”なのだ。
再三掲げたこの”未読スルー”という言葉だが、結局未読スルーになるかどうかは当然自覚の問題である。故に「既読をした上で返事をしない既読スルー」と比べると、この”未読スルー”という言葉には、ほとんど形式的な意味はない。
椎名にとっては”未読スルー”という言葉の意味よりも、読んでしまったからにはそれに対する意見や感想を相手に投げかける事が自分の中のマナーであり、ルールでもあった。
ならば、間違って見てしまわぬように準備が出来るまでスマートフォンに触れなければいい、椎名も度々そう思った。この習慣…スマートフォンの画面を見ないようにしながら画面を開いておく、という日課は成功率が低い。
例えば、夜ふと目が覚めてしまう時に通知を見てしまい、長いメッセージに対してじっくり返事を推敲し、寝不足になってしまうことがあった。
朝起きて適当にテーブルにスマートフォンを置いた瞬間、汚れているのに気がついて慌ててスマートフォンを持ち上げた拍子に誤って既読を付けてしまい、結果ルーティンを後回しにする事もあった。既読をつけてしまっては、そこからどれだけ早く返事をするか、ということが一つの目的なのだ。
それでも椎名の心持ちは変わらなかった。たとえ矛盾であり、二律背反だと言われようと、"出来る限り早く返信をする"ことを達成する為に、画面を見ないようにして画面を表示するのだ。
顔を洗って水を飲むその一秒一秒、誰からどんなメッセージが届いているか、覚醒していく脳内で探るのが至高であり、椎名にとっては義務だった。
さて、今朝の椎名はいつになく動揺していた。ルーティンを成せぬ時も結構な落胆を示すものだが、今日のそれは質が違う。純粋に心が落ち込んでいたのだ。常人なら皆、同じ状況に陥るだろう。
完全に目が覚めてしまったようで、スマートフォンの画面を見つめながら立ち尽くしたかと思うと、すぐに近くの椅子に腰掛けた。そしてまた、スマートフォンとのにらめっこを開始した。
彼女……神崎毬からのメッセージは、上から3番目に表示されて居た。
彼女からのメッセージ件数は1。その上に企業広告、少し前にスタンプを目当てに友達登録したいつもの企業だ。いつも通りの企業告知のメッセージがサムネイルには表示しきれずにいて、件数はいつも通り3だった。
一番上には大学の友人達のグループだった。「次の休みに遊びに行こうか」と、誰が言ったか先日からのらりくらりと企画していた。急に誰か企画の中身を思いついて火が付いたのか、メッセージは21件になっていて"未読"で読める部分にはスタンプが表示されていた。
きっと深夜までくだらない話をして、スタンプで締めたのだろう。もしくは朝、誰かが起きてから会話内容に同意する意味を込めたのかもしれない。
椎名はもちろん、どれに対しても既読を付けない。怪訝そうな顔を浮かべて、画面を軽く上下にフリックする。今朝のメッセージは合計で25通。アプリの表示とも合致する。
既読を付けなければ送られてきた詳細な時間を知る事は出来ない。しかし、最新のメッセージが一番上に表示されるのだ。従って彼女からのメッセージは自分が寝た後だ。
深夜ということは考えにくいから、寝てしまってすぐだろうか。企業からのメッセージは何故か朝の4時と決まっているから、彼女が深夜に送ったとしてもそれより前で、そう考えればグループからのメッセージはやはり今朝、誰かがスタンプを送信したのだろう。
こんな推理をしても根本の解決には繋がらない。現実逃避をしているだけだ。そして、いくら考えてもまとまらない。それは"別れて欲しい"という根本的な話に加えて、自分自身に課しているルールをどう繕おうかという点においても同じだ。
しばらく考えた末、既読をつけるという選択肢を捨てた。まずはルールに従ってやり直す。
顔を洗って水を飲みながら椎名は考えた。意味もなくいつもより念入りに顔を洗う。今更ルーティンを守る意味があるのだろうか、そろそろ自分を赦してもいいのではないか。いや、論点をすり替えるな。今は彼女からのメッセージについてだ、と自己暗示する。
あの文面だけ、それ以上の文字は書いていない。であれば、既読を付けようが付けまいが、脳内会議の内容は変わらないのだと。既読をつけずに、一刻も早く自分なりの”結論”を導き出すことが、目的だと。
そう思い込もうと、少しでも動揺を自分自身に隠そうとしても、心は見えざる手に握りつぶされそうな気持ち悪さで、朝食を食べる気分にならなかった。一応、日課のグラス一杯の水は飲んだ。
服を着替えて、彼女との事を思い出した。思い出に浸るには早い。何故こうなったかを、具体的にイメージしなければならなかった。だが、思い当たる節は余りにも多過ぎて、落胆した。いずれこうなることなんて分かってたじゃないか、と誰かに囁かれているような気分で。
ふと、何故か昨日の事を思い出した。初対面にも関わらず、計4人と対話した日だったのだ。
妙に長く、今までで一番と言っても過言ではないほど、不思議な日だった。というのも、初対面の人…それも、何かしら同じ大学だとか、共通の友人だとか、そういう繋がりは全くない。
不意に出掛けて駅ですれ違う人混みまで、結果的には無作為な、偶然の4人だった。それにしては随分と話をしてしまった。それが妙に頭に残って離れないようだった。
椎名は気分転換にと、出かける事を決めた。珍しく今日は誰とも出かける用事がない。どちらかといえば休日は家でゆっくりするよりも、忙しく遊びまわる方が好きだ。
けれど今日の心持ちは、もう一度寝てしまいたかった。寝てしまいたかったが、それでは何も解決しないと分かっていたからだ。やはり既読をつけていなくても、長く返事をしないのは問題である。
彼女は、トークに既読をつけて返信をしなければ、何か思うだろうか。”未読スルー”だと思うだろうか。逆に既読をつければ追い討ちの如く、ヒントになる文言を送ってくれるだろうか。何と返信すれば彼女は返事をくれるだろうか。今自分が一番問いかけたいことは何だろうか。
玄関で靴を履き、鍵を閉めたところで終わらない自問自答の隙間に入り込んできたのは、昨日一番最初に話をした、初老の男性との会話だった。
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椎名は昨日出会った4人との対話から、自覚する。人間の感情というものに対して。
自分の人生、生き方に対して。