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「何、ここ……」
3年の間に立ち入った事のないエリアに足を踏み入れた途端、私の口からその言葉が零れた。
私の足元には崖――というより、1メートルくらい下に2人が横に並んでも余裕な広さの道が右から左に下る斜面となって延々と続いていた。その谷底はここからじゃ全く見えない。
で、谷を挟んだ目の前には山――うん、多分、山。ここからじゃ見上げた所で全体像が分からないけど、斜面とか道っぽいものが木々の隙間からちらほら見える。
えーと……あれ? この未開地、いつも通っていたエリアから見ると普通に木々が生い茂っている場所ってだけだった筈……何故突然、山と谷が出てきたんだろう?
私の知るテンプレに、こんな展開はなかった気がするんだけど……魔法で蜃気楼でも作り出しているの?
カイに貰った知識を検索してみる。えーと?
『神が降臨する神殿に続く道は隠されている』
『神が許した者のみ、最初の場所に立てる』
『神が降臨する神殿へ行くには、最初は決められた道順を決められた通りに進む事が必要』
『道は一本道で迷う事はない』
『途中でズルをした場合は、その神の神殿へ二度と行けなくなる』
つまり……隠されているからこそ、他の場所から見ると全く違う風景が見え、神殿へと続く始まり(?)となる場所――多分この近辺――へは、神殿の持ち主である神が許可しないと辿り着けない。
しかも、始まりに辿り着けても、この延々と続いている様に見える坂道を上ったり下ったりしないとレイナリアの神殿へは行けないという事?
そして、決められた道順を――という事は、道が続いている以上、どこかに始点となる道がある筈。そこまで行ってこの道に入らないといけないって事だよね?
ここから目の前の道に飛び降りる行為――1メートルくらいだから怪我もしないよね? 多分――はズルになる、と。
ああ、なるほど。カイが頑張れと言った意味が分かったよ……。
まずは最初の場所に向かい、そこから神殿への道の始まりを探し、そこからスタート。そして、ゴールの見えない道を延々と歩く。しかもショートカットは不可。確かに大変だ。
これも神に会う為の試練とか考えれば、一応、テンプレに含まれるのかな?
それにしても……。
「今日中に神殿へ行って、帰ってこられるかなぁ……」
母さんに食料調達へ行ってきますとは言ったけど、レイナリアの神殿へ行ってくるとは伝えてないんだよね。今日中にちゃんと食料を持って帰らないと心配かけちゃう。
そして、心配した母さんが義兄さんや義姉さん達にSOS出して、一斉捜索されそう……。
そ、それだけはマズイ! 母さん、義兄さん、義姉さんだけでも大事なのに、仲良くなった小父さん小母さん――みんな魔獣(所謂、益獣の様なもの)。魔物(害獣)ではない――総出で探される可能性もあるっ!!
「い、急ごう!!」
慌てて、始まりがあると思われる右方向――斜面の上り方向へ走り出す。
あ、ついでに、何か食料に出来そうな物があったら採っていこう。
チートのお蔭で私のステータスは基本無限。だけど、最初からそれが使えるなんて、世の中そんなに甘くない。
訓練等できちんと力を付けなければ、結局は力に振り回され、まともには使えない。チートといっても、基礎の部分、下地は大切なのだ。
といっても私の熟練度の上がり具合には補正が掛かり過ぎて、カイが言うには普通の人よりも基礎部分の習得速度がおかしなレベルに達しているらしい。ここら辺は流石はALLチートって感じだ。
それに私の場合、生まれた時から過酷(?)な環境に居る為、普通の3歳児よりはかなり体力も力もあるだろう。戦い慣れもしている。
だけど、それだけ。やっぱり遣り過ぎれば疲れるし、自分の想定より出来ずに悔しい思いもする。
結果的に、今の自分が出来る範囲を少しずつ理解し、フルパワーをどう上手く回して活動するかを自然と覚えた。
今回の場合、己の体力で行ける所まで行って、体力が尽きそうになったら魔力というか魔法にチェンジ。体力の回復を促しつつ魔法で先へ進み、魔力が尽きそうになったら体力勝負にチェンジ。この繰り返しで行くしかないだろう。
崇高な作戦でも何でもなく、ただの当たり前でしかないけどね~。
でも、この当たり前が一番オーソドックスで楽だと思う。多分……。
何より私、ALLチート持ち。回復促進は体力・魔力共に持っている。普通の回復促進は、ゲーム等の数値でいう1.2~1.5倍くらいらしいが、私は測定不能。多分、普通の10倍以上はあると思われる。流石はALLチート。
しかも、私の魔力は生まれた時からガンガン使っている為、現在、自在に使える量はかなりある。魔法も、この世界の平均的な人達よりかなり流暢に使える。カイにも、「魔法関連はこの世界のトップレベル。というより規格外レベル」とか言われた事がある――2歳の時に――から、気の所為じゃないだろう。それにしてもこの年でトップレベル? チートって、本当にチートだ。
お蔭で、魔力の回復は体力の回復より早い――慣れの問題? ――為、交替で使うには丁度良いバランスだと思う。
そんな風に先の事を考えながら走っていたら、スタート地点らしき広場というか、階段の踊り場的な所に辿り着いた。山の方を見ると、左側への下り坂しかないから、ここがスタート地点で間違いないだろう。
念の為、スタート地点を地図に載せておこうとカイに貰った頭の中の地図を確認し――。
「わぁ~……またテンプレ~」
何て事はない。このスタート地点の直ぐ近くに、いつも通う温泉があっただけだ。
ふ、ふふふふふ……行き慣れた場所の近くに重要地点がある。うん、これぞ、あるあるなテンプレ。何で私はそのテンプレを思い出さなかったの……。
「はぁ……うん、脱力している暇はない。先に進もう……」
精神的に脱力しちゃうのは避けられないけど、先に進まないと大捜索が待ってるかもしれない。それは避けたい切実に。
私は下り坂の始まりである踊り場的な所に足を踏み入れ。
「何、ここ……」
言葉が振り出しに戻る。
――って、妙なナレーションを付けてどうする!
自分の思考に自分でツッコミを入れ、呟くに至った現状を改めて確認する。
私の目の前には……うん。何もない。さっきまで見えていた山(?)が跡形もなく消えていた。
いや、跡形もなくという表現は不適切かな? まるで最初から山なんて存在しなかったかのように、踊り場の端、えーと何て言えば良いのか……踊り場の2メートルくらい先は奈落の底へ続くかの様な断崖絶壁。
微かに爪先に当たった小石がカランカランカランと音を立てながら落ちていくが……底に辿り着いたと思わせる音もないまま、乾いた音は消えていった。どれだけ深いの??
視線を左――坂道へと向ける。
上からというか横から? 見ていた時はただ真っ直ぐな下り坂が延々と続いているようにしか見えなかったのに、この場に立って見ると、真っ直ぐな訳じゃなく、所々に曲がり角があるのが分かる。
その曲がり角も角度が様々で、最初に考えた体力&魔力頼りの方法で下ると、あっさり道を外れそうな気がする。道を外れたら一発アウト。多分、ズル扱いになるよね? これ、本当に面倒なんだけど……。
「ああ~~~~~~~っ! 心配だ~~~~~~~~~~~っ!!」
自室内を右へ左へ。ウロウロしながらカイシスは時々顔を上げ、いつもは彼女を映している鏡を見る。
鏡の映像を切った場合、鏡面は本来なら『黒』なのだが、今は真っ白。これは、映し出す筈の対象が神の領域に居る事を示す。つまり、彼女はまだレイナリアの神域――神殿周りの地から出て来ていないという事だ。
主神とはいえ、全てに干渉している訳ではない。
とりわけ、地上に存在する神域はその神にとってはある種のプライベート空間。唯一、地上の存在と交流できる場なのだ。他の神が干渉して良い訳がない。
最も、不測の事態が発生すれば分かるので、その時は強引に干渉する。その辺りは『流石は主神』と言わざるを得ない。
「はぁ………………」
鬱陶しい溜め息を零しつつ、またウロウロ歩き回る。
レイナリアなら彼女に対して悪い様にしないと分かってはいるが、姿が見えない為、どうしても心配が募る。
だからといって、レイナリアの神域に干渉するのは意味が違う。それは彼女を信頼していない事と同義になってしまう為、絶対に遣ってはいけない。
それでも、やっぱり……。
「ああ~~~~~~~っ! 心配だ~~~~~~~~~~~っ!!」
怪我をしていないだろうか?
泣いてはいないだろうか?
様々な疑問が浮かんでは消える。
こんな時はいつも――。
「……挙動不審過ぎますよ、カイシス様」
そう。ツッコミが入る。
だが、いつもツッコミを入れるレイナリアは現在、彼女に対する試練を担っている最中の為ここには居ない。
神が地上の者に試練を課す時は、最初から最後まで見守る様に定められている。
試練を与えし者が、神の見立て通りの者か否か。不正等せず、正しくあるか。見守りつつ見極める。
何より、現在レイナリアの試練を受けているのはカイシスの愛し子。神々にとっても特別な存在。気の使いようは半端ではない。
かすり傷を負おうものなら、確実にカイシスが大騒ぎするだろう。それは面倒臭い。
だからこそ、試練に手を抜かず、彼女を傷付けないギリギリのラインを見極めなければならない。その為、レイナリアは今、全神経を試練に注ぎ、他の事になど構っていられない。
その結果。
「ああ~~~~~~~っ! 心配だ~~~~~~~~~~~っ!!」
叫んで、ウロウロしながら鏡を確認して、溜め息を吐いて、ウロウロして、また叫んで。ループが発生する。
「はぁ……早く顔が見たい……」
彼女が出発してまだ1時間も経っていない。
カイシスの病は、相当重症なようだ。