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カイの守護する世界に転生しました。
そして今私は、森の中に居ます。生まれたばかりの赤ん坊として、まる。
は? 何言ってんのお前、とは思わないでもらいたい。私自身も訳分からなくて混乱中なのだ。
カイと別れた後。
揺らめきが消え、私の目が光を感じた時、ガヤガヤとした雑多な音を耳が拾った。
良く聞こえなかったから、聞こえる様になりたい、と思った途端、私の身体から何かが少し消え、音がクリアになった。チートのお蔭か、無意識に魔法を使ったようだ。便利。
聞こえてきた『音』に――今度は首を傾げる。人の『声』な気がするのに、何を言っているか分からない。それもそのはず。よくよく考えてみれば、ここはカイの世界。私の前世からすれば異世界なのだから。
言語チートあるよね? と思えば、言葉が途端に分かるようになった。ホント、便利だわ、ALLチート。
で、拾った言葉に疑問が浮かぶ。「何故、黒髪なんだ!?」とかわめいている。「まさか瞳も黒では!?」とも。
カイに貰ったこの世界の知識を検索してみる。検索して得た結果を見ても、黒髪のどこが悪いのかさっぱり分からない。私の知識によると、『黒髪』は『カイの色』。つまり、『主神』の加護を持つ者の証。瞳も当然、カイ同様の黒だろう。
これの何が悪いのかと、周囲を見渡そうとして気付いた。今度は見えにくい。もしかして私ってば、たった今産まれたばかりの赤ん坊ですか?
仕方ないので、クリアに見えるようにしてと願えば、また身体から何かが少し消え、くっきりはっきり見えるようになった。
そして、見えるようになった先々にいる人々はカラフルな髪と目の色を持っているのに……顔色はみんな真っ青だった。
え? 何? カイの加護持ってると面倒な事にでもなるの??
旦那様を呼べ、とかって大騒ぎになってる。
……うん。何故か、みょーに嫌な予感がするのは何故?
真っ青。大騒ぎ。
これって、前世のテンプレからすると、プラスかマイナスかといえば、どうしてもマイナスになっているようにしか思えない。
悪い事が起こるの? カイの加護を持っているのに?
なーんか保険でも掛けておくべきかなぁ……と思って思い浮かんだのが前世のビデオカメラ。映像と音声を記録? まあ、何が起こるか分からないし、保険的にはそれが良いかもしれないね。
え? この世界には存在しない魔法? でも、チートあるから使えるよね?
あ、問題なく使えた。
身体から何か――知識を探ったら自己魔力という、個人が持っている魔力の事だった――が出て、この部屋全体を包み込み、魔法で作った保存機器? DVD? に360度の景色全てを記録していく。
あ、もちろん、周りの人にはばれないようにしてるよ? 産まれたばかりの赤ん坊が使うにしては高度すぎる魔法なのは知識で分かったから。
まあ、存在しない魔法だから、ばれた所でそれが何か分からず問題は起きない気もするけど……念には念を入れるべきだよね。
とか何とかやっているうちに、くすんだ金髪に茶色い瞳を持つ4、50代くらいの妙に偉そうな男性――格好も妙に煌びやかというか……趣味悪い――と、その男性よりは少しだけ明るい金髪に同じく茶色の瞳を持つ20代くらいの男性――こっちも服装の趣味は私と合わない――が部屋の中に入ってきた。
その途端。部屋の中に居た人達が一斉に頭を下げ、さささささーっといった感じで扉から私の前まで道を開ける。
その空いた道? を男性二人が進んできて、私を見た瞬間に顔を強張らせた。あ、これアウトな気がする。
「不吉過ぎる! 何故こんなものを残しているっ!!」
あ~あ。『不吉』に、『こんなもの』ときたよ。
こいつ最悪、とか思いながら見ていたら、その男に重なって何か見える。何? 文字? でも読めない??
あ、この世界の言語って事? じゃあ、読めるようにしてよ。
チート使ってみた情報がコレ。
名前:ルートヴィッヒ・エル・グノーシス 年齢:42歳 性別:男 レベル:20
種族:人間 職業:グノーシス主席侯爵家当主、マディ王国国王補佐官
称号:なし
HP/最大HP:100/100 MP/最大MP:58/60
スキル:書類処理能力 特記事項:戦闘マイナス補正(閲覧不可)
……ステータスだよ。でも不思議なのが、何故か体力とか知力とか、ゲームにありがちなステータス表示がない事。何故?
体力:50 魔力:30 知力:100 筋力:10 耐久力:10
敏捷:10 精神力:80
あ、見えた。でも低くない? これが普通なの?
HP・MP標準値:80~120 低い:80以下 やや高い:120~150 高い:150~200 天才:200以上
他・低い:0~30 普通:30~80 やや高い:80~120 高い:120~150 天才:150以上
標準値とかまで分かったよ。
なるほど。これによると、このルートヴィッヒとかいう人は、知力方面は高いけど、全般的なステータスは標準。戦闘に至っては足手まとい、っと。
もう一人は?
名前:オルフィウズ・エル・グノーシス 年齢:20歳 性別:男 レベル:30
種族:人間 職業:グノーシス主席侯爵家次期当主、マディ王国国王準補佐官
称号:なし
HP/最大HP:90/100 MP/最大MP:88/90
スキル:書類処理能力 特記事項:実父威圧耐性(閲覧不可)
体力:80 魔力:50 知力:85 筋力:50 耐久力:45
敏捷:40 精神力:110
あ、こっちの方がマシだ。だいたい、標準からやや高いの間。しかもレベルが上!
取り敢えず、あの特記事項が凄く気になる。アレの所為で、精神力が高いのでは? しかも、閲覧不可って(笑)
こうなってくると、私のステータスが気になるんだけど?
名前:??? 年齢:0歳 性別:女 レベル/偽装レベル:∞/指定して下さい
種族:人間 職業:???
称号:主神の愛し子(他人閲覧不可)、転生者(他人閲覧不可)、森羅万象の天才(他人閲覧不可)
HP/最大HP:∞/∞ 偽装HP/偽装最大HP:指定して下さい MP/最大MP:∞/∞ 偽装MP/偽装最大MP:指定して下さい
スキル:ALL 特記事項:神の寵愛(他人閲覧不可)、偽装値が鑑定で表示(他人閲覧不可)
体力/偽装値:∞/指定して下さい 魔力/偽装値:∞/指定して下さい 知力/偽装値:∞/指定して下さい 筋力/偽装値:∞/指定して下さい 耐久力/偽装値:∞/指定して下さい
敏捷/偽装値:∞/指定して下さい 精神力/偽装値:∞/指定して下さい
あー……これはまた……チートスゴっ。
これはバレちゃマズイ系だよねぇ……取り敢えず、生まれたばかりの赤ん坊の平均値に偽装しといて? それから、スキルは見えないようにっと。
……で、こうなった。
名前:??? 年齢:0歳 性別:女 レベル/偽装レベル:∞/1
種族:人間 職業:???
称号:主神の愛し子(他人閲覧不可)、転生者(他人閲覧不可)、森羅万象の天才(他人閲覧不可)
HP/最大HP:∞/∞ 偽装HP/偽装最大HP:50/50 MP/最大MP:∞/∞ 偽装MP/偽装最大MP:50/50
スキル:ALL(他人閲覧不可) 特記事項:神の寵愛(他人閲覧不可)、偽装値が鑑定で表示(他人閲覧不可)
体力/偽装値:∞/20 魔力/偽装値:∞/30 知力/偽装値:∞/0 筋力/偽装値:∞/0 耐久力/偽装値:∞/0
敏捷/偽装値:∞/0 精神力/偽装値:∞/0
うっわ、低っ! 0のオンパレード――って、当然か。生まれたばかりで標準値とかあったら逆に怖いわ。
あれ? でも赤ちゃんって、結構力無かったっけ? あ、こういうのは、生きていく過程で増えていくって事かな? HPやMPもそうなんだ。
なーんて考えていたら。
「――捨てて来い」
ひっくーい男の声。誰が言ったかって? そりゃ勿論、あの最低男のルートヴィッヒ。
「我が侯爵家に『黒』など不要だ。こんなものがあっては王国に災いが起こる。国の外に……そうだな、コルトー国の魔の森にでも捨てて来い」
この男の言葉に誰も反論しない。(多分)父であろうオルフィウズも何も言わない。男2人が冷ややかな目で私を見ている。
「早くしろっ!」
「……父上。妻の妊娠と出産は公になっています。どうしますか」
「国王陛下に事の次第を話し、死産だったことにする」
「分かりました」
父子――私からすると祖父と父? ――の会話から、この国は『黒』という色を迫害しているのが分かった。どうも、黒がカイの色だって分かってない?
訝しく思いながら見ていると、私は白い布で覆われた。見えん……。
まあ、私の目で物事を見れなくなっただけで、魔法の映像は全てを記録しているから、後で何があったか改めて確認しよう。
荷物のように抱えられながら、私は知識を探る。
多分、グノーシスってのが家名だよね? 該当する国は……マディ王国? の、筆頭侯爵家? 筆頭って何? あ、侯爵家の中で一番権力があるって事。ついでに国名が職業に載ってた。
で、あの最低男が言っていたコルトー国はっと……。あ、敵国なんだ。小さな国を挟んで小競り合いをしているっと。小競り合いと言っても、マディ王国側が勝手に突っかかっているだけみたいだけど……。要するに、私をその国に捨てるのは、この人達にとっての不吉を敵国に擦り付けるって意味か。
それから、魔の森は――はあ……普通より強い魔物がいる森ですか。何かもうテンプレ……って、あれ? 魔の森は神々に会える神殿がある、本来なら神聖な場所? じゃあ、何で強い魔物が……ああ、試練ですか。
と、知識を検索しているうちに森に捨てられ、現在に至る。
捨てられるの早くない? とも思ったけど、諜報活動の為の転移陣――転移魔法は存在せず、この陣でのみ色々な場所に一瞬で行けるらしい――をこっそりコルトー国に置いており、それを使って侵入、移動、ポイッとしたようだ。
生まれたばかりの赤ん坊をポイ捨て……。主人が主人なら、それに仕える奴も仕える奴って事か。私じゃなきゃ死んでるって。いや、死ぬ事を望んでいたんだから良いのか? いや、良くないか。
ああ……これからどうしよう? 生まれて直ぐに捨てられるって、テンプレのひとつではあるけど、実際やられると、どうしていいか迷うね。
知識は貰っているから、食べられる物とかは分かるけど……消化器官が未発達の生まれたばかりの赤ん坊が食べられる訳ない。
栄養価の高い飲み物……あ、ココナッツみたいな物があるらしい。固い表皮の中に栄養たっぷりのミルク。飲むには殻を割るしかないけれど、固すぎて普通の人には割れないらしい。
……魔法を、自重しない事に決めた瞬間だった。
うん。そうと決まれば、早速行動開始!
魔法の中には浮遊できるものもあるから、まだ歩く事が出来ない以上、空を飛んで移動しよう。
あ、何かあった時の為に、衝撃吸収とか、害意があるものは触れられないようにする万能結界を張って、と。
これでオッケーと思って浮き上がったら……目の前に、真っ白なオオカミが居た。
……あれ? これってピンチ系のテンプレですか?
「ああ、可愛いなぁ……」
イケメンと彼女に評されたカイシスの顔がだらしなく弛む。
自分と同じ黒髪黒目を持って生まれた彼女。生まれたばかりだが、将来は間違いなく美しく成長するであろう顔立ちをしている。
「はぁ……」
うっとりと、自分の世界を見る事が出来る鏡に映る彼女を見詰めるカイシス。
断言しておくが、カイシスはロリコンではない。ただ、対象が『彼女』だからこそ、ここまで緩み切っているだけである。
「うっわ……カイシス様。気持ち悪いですよ」
突然響く女性の声。
カイシスがハッとして振り返ると、そこには言葉通りドン引きしている運命の女神レイナリアが居た。
「レイナリア!? 何故、ここに!?」
慌てて表情を引き締め、取り繕うように疑問を投げかける、が。
レイナリアはドン引きしているのを全く取り繕う事なくカイシスを見る。
「運命を付与できない、今までに無いほどのカイシス様の加護を持った子が生まれたので、どうしようか確認に」
レイナリアの視線が鏡に向けられた。そこには、レイナリア曰く『今までに無いほどのカイシスの加護を持って生まれた彼女』が映っている。
カイシスがそんな彼女をチラッと見遣り、どう答え様か考えていると。
レイナリアはニヤッと笑い、小首を傾げた。
「もしかしてカイシス様……その子に惚れちゃったから、人間と恋に落ちないよう、運命付与ができないように干渉しちゃってます?」
「――っ!!!」
ボンッ。
音が聞こえるかと思えるくらい、瞬く間に真っ赤となるカイシス。
それをレイナリアは唖然として見た。
いや、今レイナリアが言った事は冗談のつもりだった。
カイシスは今まで、誰にも恋愛的な関心を向けず、一度も伴侶を持たなかった。
主神である以上、さっさと身を固めて欲しいと他の神々も思ってはいたが、カイシスが無関心な為、冗談で色々な女性を進めても、冷めた感じで鼻で笑われるだけだったのだ。
それなのに……真っ赤になる!? 何の天変地異の前触れですか!!?
呆然としながら、レイナリアはカイシスの想い人である彼女を見――。
「あ……」
「え?」
思わず零れたレイナリアの呟きに反応し、カイシスが鏡を振り返る。
「なっ!?」
レイナリアにカイシスの気持ちがバレてしまったあの一瞬で何があったのか。
何故か彼女は着の身着のままでコルトー国の魔の森に捨てられていた。
「何故!!」
カイシスが鏡に手を突き、森に捨てられてしまった彼女を悲痛な顔で見詰める。
庇護されるべき赤子が何故この様な目に遭うのか。
慌てて何があったか調べ――『黒』が理由であった事を知り、カイシスは絶望する。
いつの間にか、カイシスの色が『黒』である事が忘れ去られた世界。その歪みが、彼女をこんな目に遭わせてしまった。
幸せに笑う彼女が見たかったのに。自分に会いに来てくれるか楽しみにしていたのに。
絶望で暗くなるカイシスを見遣り、レイナリアは考える。
ここまでカイシスが好意を寄せる相手。この世界で生きて、世界に馴染めれば主神の伴侶になる事が出来る。まあ、相手もカイシスに惚れてくれるのが必須条件ではあるけれど。
でも、その最初の段階でつまづいてしまっては、自分を含めた神々の望みが絶たれてしまう。
そう。孤高の主神に幸せを――。
レイナリアは彼女を見る。
彼女が捨てられたのはコルトー国の魔の森。幸いそこは……。
レイナリアは決断し、カイシスに声を掛ける。
「カイシス様。わたくしにお任せ下さい」
「え?」
「彼女が居る森は、わたくしの神殿がある森。あの森には、わたくしの眷属が大勢います。彼等に頼んで、彼女を保護し、育ててもらいます」
カイシスの目が大きく見開かれる。
「だが、それは……」
人の世界に神が関わる事になる。
レイナリアは運命を司るからこそ、世界が良くも悪くも改変されないようにする為、ずっと関わらずにいた。
それなのに――。
「彼女は、カイシス様の愛し子なのでしょう? それだけで、わたくしが関わる十分な理由になります」
主神に愛される存在。それならば、その『下』にいる自分も愛して何が悪い。
「カイシス様の愛し子が、どんな運命を紡ぎ出すのか……見てみたいのです」
「レイナリア……」
ありがとう、と、カイシスが小さく呟き、縋るような、愛し気な瞳で彼女を見る。
それを見て、レイナリアは決意する。
彼女を立派に育て上げよう。そして、必ずカイシスに会える神殿へ導いてみせる――と。
彼女がレイナリアの眷属であるオオカミに出会うのは、この直ぐ後の事である。