日常×双子 (前編)
「まさかさぁ‥‥それ本気で言ってるの?」
「え、本気だけど」
放課後の生徒会室。
隣で書類を書いていた"彼女”は顔を上げるが、その表情はどこかこわばっている。
副会長を務め、次期生徒会長である"彼女”こと、城崎凛夕は大きな溜息をついた。
「りゆちゃん、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないよ‥‥あー頭痛い」
「頭痛薬あるよ?」と"彼女”に言えば、「薬では治せない痛みだよ」と即答される。一体どうしたのだろうか。
私は持っていたホチキスを一旦机に置き、りゆちゃんを見つめる。
「登下校は一緒で、」
「幼なじみだし、小学校からずっとそうだよ」
「‥‥出掛ける時も一緒で、」
「うん。1人じゃ危ないからってね」
「‥‥‥‥朝は毎朝起こしに来てくれて、」
「しかも朝食付きだよ。ほんと過保護だよね」
「いや、過保護の領域じゃねーよ!!」
バンッと机を叩いて立ち上がるりゆちゃん。素が全開です。オープンです。ちょ、眼鏡を床に叩き付けようとするのはやめて。
「り、りゆちゃん」
まずは落ち着いて、と彼女の眼鏡を保護した時だ。生徒会室の扉が開かれ、そこに立っていたのは‥‥
「また騒いでいたんですか」
りゆちゃんによく似た美少年だった。
それもそのはず、だって‥‥
「廊下まで声が聞こえていましたよ、凛夕"兄さん”」
「紗夕‥‥」
2人は双子で、さゆ君はりゆちゃんの弟だからだ。さゆ君は黒縁眼鏡にダークブラウンの髪色を、りゆちゃんは黒縁眼鏡にハニーブラウンの髪色をしている。ちなみに眼鏡はおそろいらしい。
そしてさゆ君は生徒会書記をしている。
「‥‥まぁ、凛夕兄さんが叫んだ原因の8割は九条先輩だとして、どうしてそのような格好を?」
「あぁ‥‥これ?」
今のりゆちゃんは制服姿だが、下はスカートで上はYシャツのみだ。春先にしては少し寒い格好をしている。
「そんなのいつものことじゃん」
「それは‥‥はい、もう慣れましたよ。兄さんの"女装姿”には‥‥俺が言いたいのは朝着ていたカーディガンは‥‥」
しかし彼は私に視線を向けると、「そういうことですか」と納得した表情をする。
あ、そうだった。
「りゆちゃんがカーディガンを貸してくれてたの」
「それは構いませんよ。杏花先輩が風邪を引いたら大変ですもの」
凛夕兄さんは身体"は”丈夫ですからね、とさゆ君。それに、と彼は言葉を続ける。
「杏花先輩が風邪を引いたら、きっと九条先輩は仕事を放棄し看病するか‥‥または全ての機能を停止して仕事どころじゃなくなるかのどちらかだと思うので」
「‥‥あー想像がつく」
「でしょう?」
そしてフォローは全て兄さんの役目ですからね、というさゆ君の言葉に「何でだよ!?」とツッコミをいれるりゆちゃん。でもさゆ君はりゆちゃんのことを気にすることなく、私の隣の席へと腰をかけた。
あれ‥‥なぜか双子が両隣に‥‥?
「紗夕、暇ならこの書類手伝って」
「暇ではないので結構です」
「いやいや、紗夕が暇のは確認済みだから。お前、昨日のうちに今週の仕事終わらせただろ」
男口調に戻りつつあるりゆちゃんは口角をあげてニヤリと笑っている。さゆ君が来る前から「絶対に手伝わせてやる」って言ってたからなぁ。
しかし、さゆ君は「何を言っているんですか」と予想外の言葉を口にする。
「俺は今から杏花先輩と戯れるんです。兄さんは邪魔しないでください。‥‥何の為に仕事を早く終わらせたと思っているんですか」
ということで杏花先輩、と隣でさゆ君が"天使の笑み”を浮かべて両腕を広げている。
えと‥‥待って。その手はなんでしょう。
「杏花先輩の身体で俺を癒してください」
「なに言ってんだ、城崎弟」
再び生徒会室の扉が開かれ、さゆ君から飛び出た衝撃的なセリフに対し、ドスの効いた低い声が聞こえてきた。
「理人‥‥」
相変わらずのポーカーフェイスだけど、声のトーンが明らかに違う。少し早足で近付いてきた理人は睨むようにさゆ君を見下ろす。
「‥‥さっきはよくもやってくれたな?」
「ん?九条先輩、何か怒ってます?」
「相当な」
それだけを言うと理人は、奥にある部屋に入っていってしまった。
思わず私とりゆちゃんは顔を見合わる。あんな理人の態度を見るのは初めてだからだ。
「‥‥‥‥紗夕、お前なにしてきたんだ?」
「なにって‥‥ここにくる途中で女子生徒に囲まれたので九条先輩に押し付け‥‥任せてきただけですよ」
「ほんとなにしてんのお前」
さゆ君の言動にげんなりするりゆちゃん。「まじで頭痛い‥‥」そんな呟きが隣から聞こえてくる。
「でも九条先輩が彼女達に囲まれるのなんて珍しくないですよ。いつもさらりとかわしていますし‥‥多分あれは‥‥」
「さゆ君‥‥?」
「いいえ、何でもないです。‥‥あの杏花先輩、」
1つ頼みたいことがあるんです、というさゆ君に私は首を傾げた。