2人は幼なじみ、
「っ!お、美味しい!真由さん、この煮物すっごく美味しいっ」
「そう?杏花ちゃんが喜んでくれるなら作ったかいがあるわぁ」
週末である金曜日。それは私、宮内 杏花にとって最高の日である。
向かいの席に座る"彼”は呆れた表情でこちらを見ているけどもう気にしないことにしている。
「もう真由さんの料理は最高です!毎週金曜日が私の楽しみなんですよ」
特に真由さんの煮物はしっかり味が染み込んでいて、私好みの味付けだ。しかし今日はそんな料理上手である真由さんの‥‥
「もう杏花ちゃんったら‥‥いつでもお嫁にきてちょうだい」
ニコニコと笑う真由さんに対し、一番に反応したのは私ではなく"彼”の方だった。
「なに言ってん、」
「別に"理人”のお嫁さんになんて言ってないわよ?」
「‥‥‥‥‥‥」
優人もいるしねぇ、と頬に片手を添えてにっこり笑う真由さん。弟の優人君のことを出され、彼は真由さんを睨んでいる。
「理人、眉間にシワ」
「‥‥るせぇ」
彼の眉間に人差し指で触れようとするが寸前で振りはらわれてしまった。
そんな彼こと、九条 理人は私の幼なじみだ。母親である真由さんに似て、男前よりかは美人さん。父親譲りの黒髪はツヤツヤで羨ましすぎる。なにそのDNAずるい。
「もう!杏花ちゃんにそんな態度だとケーキあげないわよ?」
ぷんぷんと腰に手をあてて怒る真由さんは正直可愛いです。
「要らね、」
「杏花ちゃんが作ったケーキだけど」
「は、」
「あんたの誕生日だからって"杏花ちゃん”が作ったケーキだけど要らないのね?へぇ?」
そう言って真由さんはケーキを取りにキッチンへと向かう。「理人の分は優人にあげようかしら」と呟きながら。
「っ、おい‥‥」
「ん?なぁに?」
「‥‥別に食べないとは言ってない」
「うん。知ってる」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
理人のポーカーフェイスを崩しにかかってきているのか真由さん。見てるこっちはハラハラしてるよ。
そして何故かご機嫌になった真由さんはキッチンに向かい、あるものを手に持ち戻ってきた。
「はい、杏花ちゃん」
「え‥‥?」
私の前に置かれたのは、カットされてお皿に乗ったケーキだ。私が作ったケーキ‥‥だよね。あとさ‥‥
「真由さん‥‥これって」
彼女から渡されたのはフォークだった。真由さんの顔とフォークを交互に見つめる。
「そのフォークで理人に食べさせてあげて」
「‥‥‥‥‥‥え?」
食べさせて‥‥え?
「その方が理人も‥‥‥‥‥とりあえず理人は自分で食べるのは禁止だから」
「ちょ、ま‥‥」
「私はちょっと隣の谷山さんに煮物のお裾分けしてくるから」
杏花ちゃんごゆっくり~、と言い残し真由さんはリビングを出ていってしまった。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
静まり返ったリビングには時計の秒針の音だけが大きく聞こえる。沈黙が重いのは気のせいか。今まで彼と2人きりになることなんていっぱいあったじゃないか。何で今日はこんなにも--‥‥
「‥‥‥‥‥‥で、」
先に沈黙を破ったのは意外にも理人だった。今まで下げていた顔をあげて、テーブルに頬杖をついてこちらに視線を向けてくる。
「食わせてくれねぇの?」
「っ‥‥!?」
幻聴‥‥?
「幻聴じゃねぇよ」
「いや、だって‥‥」
彼は学校で生徒会長なんかしてたり、成績だって優秀だし‥‥スポーツだって万能ときた。
そんな彼と私はただの幼なじみ。そう幼なじみだ--‥‥
「‥‥ん」
ケーキを一口サイズにし、フォークを使い彼の口元へと運んでいく。
--‥‥震えてしまう手に私は気づかないふりをした。
「‥‥どう?‥‥美味しい?」
「ん‥‥」
「あの、"ん”じゃなくてさ‥‥」
美味しいとも不味いとも言わない幼なじみに、いつものことかと諦めにも似た溜息が出た。まぁ、食べてくれただけでも‥‥ね。
「り、」
「うまい」
ツンツンそうに見えて意外と甘えたな理人。それは昔からだった。だけど--‥‥
「なぁ、もっと食べさせて‥‥?」
その甘い声が、最近増してきたのはどうしてでしょうか。