そばにいるよ
その夜、秋子は夫の誠也を誘って麗の部屋に入った。夫婦揃って娘の部屋に行くのは、麗の死後初めてのことだ。
ピンクのカーテン。ピンクのベッドカバー。ベッドに並べられたディズニーのキャラクターのぬいぐるみ。ラメ入りのシールで飾られた勉強机。机の上にはやりかけの宿題と中程に栞が挟まれたままの本。机の脇ににかけられた赤いランドセル。そこから覗くリコーダー。ピンで壁に留められた3年1組の時間割。10年前の8月からめくられていないカレンダー。床に散らばった脱ぎっぱなしの夏用パジャマ。充電の切れた形態ゲーム機。未完成のジグソーパズル。漫画本。アイドル雑誌。ヘアゴム。そして何故か片方だけの靴下。
麗の気配が強すぎて、麗の届かなかった『明日』がわかりすぎて、正気ではいられない部屋だった。誠也から何度も「片付けよう」と促されたが、秋子が今まで拒んできた。
そんな部屋をゆっくり見渡して、秋子は誠也に尋ねた。
「貴方は麗の部屋にいる時、何をしてた?」
誠也は黙って本棚の一番下から数冊のアルバムを引っ張り出した。秋子の顔が泣き笑いで歪む。
「……私と一緒ね」
2人は麗のベッドに腰掛け、アルバムをめくった。
保育器の中に入った麗。体には何本ものチューブがつけられ、痛々しい。
秋子が妊娠中毒症にかかり、麗は予定日よりも2ヶ月早く生まれてきた。2千グラムに満たない、小さな小さな赤ん坊だった。未熟児の我が子を心配し、自分を責め、泣いてばかりいた秋子に、誠也は「子どもの前では笑っていよう」と励ました。この言葉は、若い夫婦の『親』としての最初の誓であり、以降度々交わされる合言葉となった。
1歳を過ぎたばかりの麗。まだ薄くて短い髪の毛を無理やりリボンで結ばれている。
よく熱を出す幼児だった。時には激しい痙攣も伴った。白目をむいた麗を抱えて、救急病院に駆け込んだことも少なくない。腕の中の小さくて軽い存在が今にも消えてしまいそうで、秋子は何度も何度も抱きしめた。
麗が初めて喋ったのは、そんな救急病院からの帰り道だった。熱のせいで潤んだ瞳を秋子にそそぎ、小さな声で「ママ」と言ってくれた。その声は今も秋子の中で響いている。
小さい舞台の上で、ティアラを乗せ、光沢のあるドレスを身にまとい、念願の『お姫様』を演じる5歳の麗。この頃には体がすっかり丈夫になり、幼稚園も滅多に休まなかった。
麗が最初で最後の主役をつとめあげたお遊戯会は大成功に終わったが、残念ながら動画が残っていない。ビデオカメラの充電が切れてしまったのだ。ビデオ担当だった誠也を秋子はあとあとまで責めたが、麗はいつも庇った。父親のことが大好きな娘だった。
小学校の入学式。写真いっぱいに桜吹雪が舞っている。麗が小学校前の坂道に積もった桜の花びらをかき集めて撒いたのだ。空とお揃いのワンピースを着て一緒に写っている。
サイドを編み込み、リボンをたらした麗に対し、空は潔いショートカットだ。麗は自分にない部分を持つ空にこの頃辺りから憧れを持ち始めたのだろう。
幼稚園に入る前から、麗の写真の中にはいつも空がいる。夏祭り、スキー講習、プール、マラソン大会、いつでもどこでも、仲の良い女の子2人は手を繋ぎ、弾けるような笑顔を見せている。麗の遺影にした写真も、空とのツーショットからトリミングさせて貰った。麗の1番いい笑顔を探したら、自然とそうなった。
空は覚えていてくれるだろうか?
これから沢山の友達と出会い、様々な関係を築いて大人になっていく彼女は、生まれてから小学校3年生までを共に過ごし、あっという間に逝ってしまったひとりの女の子のことを覚えていてくれるだろうか?忘れないでいてくれたら、もちろん嬉しい。でも、と秋子は考える。 もし忘れてしまったらそれはそれでいい。
あの時、あの瞬間、麗と一緒に楽しく過ごしてくれたのならばそれでもう十分だ。
アルバムの最後の1枚は、家族旅行の写真だった。小学3年生のゴールデンウィーク、麗が亡くなる3ヵ月前に3人で軽井沢にいった。人も多かったが、それ以上に可愛い洋服を着た犬が目立つ町だった。麗は飼い主たちに了解を得て心ゆくまで犬達をなでまわし、終いには「私も飼いたい」とねだってきた。
秋子は「どうせ世話するのはお母さんでしょう?」と渋り、その場をごまかした。あの時真剣に検討し、すぐ犬を飼わなかったことが悔やまれてならない。麗がその短い人生の中で出来たかもしれない『経験』をいたずらに潰してしまったことが悔しくてならない。
道行く人にシャッターをお願いし、3人で写った最後の写真、秋子と誠也に挟まれるようにして麗が立っている。
一人っ子の麗は、家族で写るといつも真ん中にきた。家族全員にとって、それが当たり前だった。当たり前すぎて、その真ん中が欠けてしまうことなど想像も出来なかった。
麗の身長はまだ秋子の方までしかない。あまり背の高くない秋子は娘に身長を抜かされることを覚悟していたし、楽しみにもしていた。あと何年待てば抜いてくれるだろうか?考えても仕方の無いことを考えてしまう。暑い日は喉が渇いていないか、寒い日は風邪など引かぬか、案じてしまう。
我が子のことを思わぬ親がどこにいる?
子どもがまだ幼いうちはもちろんのこと、生意気盛りの子だって、すでに自分の家庭を築いている子だって、そして、もう死んでしまっている子だって、親にとっては等しく我が子なのだ。
いつまでだって想い続ける。
当然ではないか。
アルバムは沢山の空白のページを残して、唐突に終わっていた。誠也と秋子、どちらからともなくため息が漏れる。誠也が静かに言った。
「一緒に見れてよかった。最後の写真まで行き着けたの、今日が初めてだよ」
秋子は誠也を見つめる。いつも冷静な夫。その冷静さが時に冷酷すぎるように感じてきた10年間だった。彼が必死で押し殺した慟哭に気づく余裕のない10年間だった。
「明日の卒業式、出席することにしたの。だから、よかったら貴方も……」
秋子の誘いに、誠也は蛍光灯の白い光の下で眩しそうに目をしばたかせる。
「行くよ。実はもう、有休もとってある」
秋子は頷き、麗の片方だけの靴下と夏用のパジャマを拾い上げた。
「この部屋もそろそろ片付けようと思う」
「……無理しなくていいよ。ゆっくりでいいんだ」
「うん。ゆっくり、でもちゃんと、片付ける」と噛み締めるように言ってから、秋子は誠也に頭をあずけた。「時間を進めたからって、麗が遠ざかるわけじゃないよね?」
「当たり前だろ」と誠也が秋子の肩を抱く。
「また、麗のアルバムを一緒に見よう。一緒に思い出してあげよう。あの子のこと。それがきっと『そばにいる』ってことなんだ」
未熟児の娘が生まれた日、不安と罪悪感で押し潰されそうになっていた妻を励ました夫の姿がそこにあった。共に『親』となった男の、あたたかな笑顔がそこにあった。