君がいなくなった夏の日
「今日、会いに行ってもいいかな?」と空から電話があった。唐突な電話の要件に少し驚いたが、麗がいた頃はいつものことであった。秋子は二つ返事で答える。
「いいよ。気をつけておいでね」
午前中の仕事を終え、休憩時間であった。今日は日差しが強く、空は雲一つない青空だ。ふと、電話の横の小さなカレンダーを眺める。明日の日付の下に小さく『卒業式』の文字。秋子は小さくため息をついた。
「こんにちは」
15分後、空がリュックを背負って入口に立っていた。額には薄ら汗が滲んでいる。外は相当暑かったのだろう。秋子は「冷たいお茶でも飲む?」と言いながらスリッパを用意した。客間へと歩きだそうとする秋子の袖を空が掴む。
「麗に会いに来たの」
空の顔はいつになく真剣だった。
麗の仏壇の写真に両手を合わせた。
目をつぶっている時間がいつもより少し長く感じた。
空の後ろ姿を眺めていると、身長がまた少し伸びたことに気づく。秋子の胸が切なく軋んだ。写真立ての中の娘と目の前にいる空とは、もうどうしたって同級生には見えない。
「空ちゃん、いつも会いに来てくれてありがとうね」
秋子は少し悲しげに微笑みながら言った。
10年前、2人は『同級生』で、親友だった。同じ病院で生まれて、同じ幼稚園に通っていた。学校へ行くのも一緒、クラスも一緒、帰るのも一緒、遊ぶのも一緒、とにかくお互い生まれてから何をするにもずっと一緒だった。
そして、あの日も勿論2人は一緒だった。夏休み、空の誕生日。麗と空は2人で空の誕生日プレゼントを選びに近くのショッピングモールにお出かけに行っていた。炎天下の中、途中の横断歩道の信号待ちをしていた。やっと信号が変わり、歩き出した時、麗の靴紐が解けた。麗は空に笑って言った。
「暑いから待ってなくていいよ。先に渡ってて、すぐ追いつく」
頷いて歩き出した空が「やっぱり私も一緒に待ってるよ」と振り返った瞬間、信号無視のトラックが突っ込み、靴紐を結び終えて立ち上がろうとした麗の姿を空の視界から消した。目の前で親友がトラックに轢き殺されるのを目撃した空は、ショックでしばらく声が出なかった。秋子が空から麗の最期の様子を聞けたのは、事故後半年近く経ってからだ。