フラン5
ついに来るべき日が来てしまった。
閉鎖された密室の隅で青ざめた顔に憂いを張り付けた女が、絶望に喘いでいる。
地道に鍛練を積み重ねた末に、必要な食事量を同年代の女性の数十分の一に圧縮し効率化を実現したフラン。副産物として得た体質に頼れば、やりたくはないが腐った食物でも生きながらえることも不可能ではない。
これがまた難儀で、毒を含む水が平気なら、そちらも大丈夫とならないのに苦労をしたものだ。いや、まあ、毒を摂取するのと食物そのものをあまり摂取しないのはまるで別次元の話ではあるのだが。
しかし、毎日の雑務から解放されたフランはここで大きな問題にぶち当たる。
なんとも嘆かわしいことに、院から出られる年齢を目前に書庫の本を読破してしまったのだ。
嫌がられながらも、棚の高い所にある本を下ろして貰ったり。それを繰り返して最後には業を煮やした使用人の爺さまが、棚の本の上下を丸ごと入れ換えるまでに入り浸った聖域がくすんで見える。
「この世に神はいないのか」
フランは暇を持て余すなんて無為な時間をよしとしない。だからと言って、だからと言って、かつて行ったあの不愉快極まりない森を探索するのは御免被る。
なぜなら、森の探索も本質的には無為だからだ。
もちろん完全に意味がないとはフランも思わない。それでも、どうにも違和感が拭えない。胸の奥が妙にざらつく。
院の子供達にしろ、冒険者にしろ日々の糧を得るために危険を冒して森に入っている。言ってみればそれだけだ。
いずれは死ぬ。皆、愚かしくもほぼ確定した未来から目を逸らしているが、簡単に死ぬ未来を許容できる程フランは悟っていなかった。
漆黒の影が笑う。聞く人が聞けば甘美な誘惑も慣れきったフランにとっては、酷く煩わしい雑音だ。
まただ。また来る。
しばらく前にはぐれ魔物による被害で人がたくさん死んだ。その先触れとも言える漆黒の影は男の肩に乗っていた。そして、今も男の肩に影が乗っている。以前よりも濃い影を纏って。
どうしてだか気になるあの男。フラン以外の人間に漆黒の影が現れるのは初めてだった。エドウィン神父に言わせるなら、幼い恋慕だとでも語るだろうか。
幸いにして、フランの自覚のないままに蕾の話は終わる。魔物の集団による襲撃によって。