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塔の上の悪役令嬢  作者: 相川イナホ
9/15

隠し納戸の中

 突発的な行動ゆえに、ニーナの居所はすぐに分かった。


 家出するのに侯爵家の馬車を使うとか、しっかりしているようでまだまだ子どもだ。

 馬車を御すための使用人もセットだった為、その使用人がすぐにツテを辿って侯爵家に連絡を入れてきたのだ。


 自棄を起こして王都の下町に一人で家出でもしていたら、きっと取り返しのつかない事になっていただろうからそれは本当に助かった。

 すぐに新しい馬車が仕立て上げられ、ハップス侯爵一家は領地へと走る。


 公爵一家がかつての領主館に足を踏み入れると不思議な光景が目に入った。

 倒れているニーナを囲むようにぐるっと花が咲いていたのである。


 「ニーナ!」

 駆け寄ってつい抱き起し揺り動かそうとしたフィリップを妻が制する。


 「あなた、寝ているだけみたい」


 二人が眠りこけるニーナの顔を覗き込むと、スースーと穏やかな寝息が聞こえる。


 「きっと疲れていたのね」


 貴族教育が始まってから、婚約の話まで上がって、ニーナの環境は激変していた。まだまだ小さい娘は戸惑う事も多かっただろう。


 遅れて追いついた息子のトーマが驚いたように言った。


 「何、ここ…ニーナの周囲だけ暖かいよ」


 あまり寒くなるような地方ではないが、時刻はもう夕暮れ。

 ひたひたと夜の足音が迫っており、気温も下がりつつあった。


 「それにニーナの周りだけこんなに花が…」


 しかも良い香りのする鎮静効果のあるハーブの花ばかりである。


 「まるで妖精の輪みたい」


 花がまるで見守るかのように皆、眠るニーナの方角に頭を向けているのである。 それは偶然ではなく、何者かの意図を何となく感じさせる。


 「不思議な事もあるものだ…だが、陽も暮れてきた。とりあえず、中に入ろう。」


 館の中は、手入れはさせているので中は荒れたりしていないはずだ。




「なつかしいな。」


 フィリップにとっては、ここは生まれてから侯爵位を継いで暫くまで暮らした家だ。良い思い出も、哀しい思い出もここにはいっぱい詰まっている。


 廊下を歩けば、代々のハップス侯爵家の人々の肖像が飾られている。

 小さな頃はそれらが苦手で怖くて、よく姉にからかわれたものだ。


 

 娘を綺麗な客間のソファーに寝かせ外套を脱いで上にかけてやる。

 その金色の髪をそっと撫でているとふいに誰かが声をかけたような気がした。


 (?)


 振り返れば、白いスカートのすそが目に入ったような気がした。


 「誰かいるのか?」


 呼びにいかせた使用人が到着したのかと、フィリップは客間の外へ出た。


 廊下に出てみれば、奥の方がほんのりと明るい。


 誘われるようにその方向へ歩いていくと、その明るい光りは窓から差し込む夕陽の残滓のようで暮れていく太陽に合わせて移動している。


 なぜかその動きに誘われ追っていくと階段を登っていく金色の髪の少女が一瞬見える。


 「ニーナ?」


 いつの間に起きてあんなところに。

 フィリップは娘を追って階段をのぼった。


 階段を登りきったところで、ひとつの部屋の中へ人が入っていく姿がまた一瞬見えた。


 「この部屋…」


 この部屋は亡くなった姉の部屋だ。


 人影のあとを追って部屋に入ったフィリップは苦い気持ちになり立ちすくんだ。


 その時、ふわりと風がフィリップの背後から部屋の中へ吹き込んだ。


 そしてその風に乗って、さっきニーナの周囲に咲いていた花の花びらも部屋に吹き込み、壁の前を渦をまいて踊った。


 玄関を開けっ放しにしただろうか?

 それとも換気のために妻が窓でも開けたのだろうか。


 何気なくその花びらが躍っている壁を見ると、妙な切れ目があるのが光の加減で見えた。


 フィリップはその壁に手をそえた。からくりのような物に手がふれる。


 そっと指でなぞり、壁の一部をずらしてみる。


 そこは隠し納戸のような場所のようだった。


 姉の部屋にこのような場所があった事をフィリップは知らず、好奇心から中を覗き込んだ。


 そこは姉の秘密の場所のようで乙女らしい可愛らしいものが綺麗に並べられている。


 奥の方でキラっと何かが光って、フィリップはそれをよく見ようと引っ張り出した。


 それは金色の額に入れられた一枚の絵画だった。


 ひっくり返して面を見てフィリップは思わずうめいた。


 そこはまだ幸せだった頃のハッブス侯爵一家が描かれていた。


 フィリップの父と姉は金の髪、母は栗色の髪。

 そして母の手に抱かれている赤ん坊の自分は、今の栗色の髪色ではなく金色の髪をしていた。


 「おお…」


 ニーナが何を悩んでいたのか、フィリップは一瞬にして理解した。

 妻のエレクトラはブルネットで息子もブルネットだ。


 一人だけ自分の髪が明るい色をしている事でニーナは疎外感を感じていたのだろう。


 そして、そのことよりフィリップの心を揺り動かしたのは、若かりし頃の父が自分に生き写しである事だった。


 「はは…うえ…。なぜあんな仕方のないような嘘を…」


 絵の中の姉が寂しげに微笑んだように、フィリップに一瞬見えた。

 


 



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