泣きたい時
それにしても、生きている内に、どうして私はこの世界の優しさを感じる事が出来なかったのでしょうか。
それが出来ていたなら、今頃こうやって幽霊をやっている事もなかったかもしれませんね。
私が生きている間、世界は敵意と悪意で満ちていました。
だからでしょうか、私は常に苛立ち、攻撃的になりハリネズミのように身をまもるための剣を逆立てて過ごしていました。
その身を守るためのはずの剣で自分自身も傷ついている事も気が付かないままに。
私は救いようもなく愚かでした。
もう一度やり直せる事があったら、もう他の人に剣先をつきたてて脅して言うことを聞かせるような態度をとったり、弱き者を踏みにじったりあざ笑ったりしないと誓いましょう。
そう、もう一度機会があったなら。
その機会は二度とないのだと言うことも私もわかっているので哀しいですが。
いつものように花の咲き誇る庭を散歩していると見覚えのあるような娘が一人塔にむかって叫んでいるのに出くわしました。
「そこから、いつも私達の事を見ていたのを知っているのよ。
おばさま!出てきて!お願い!」
弟の娘です。私の姪にあたります。
王都へ引っ越したはずですが、どうしたのでしょうか?泪で顔をぐっしょりと濡らしています。
どうしたの?
髪を撫でてやりたくても私の手は姪を突き抜けてしまいます。
私の声も届かないようで相変わらず姪は塔に向かって叫んでいます。
「お願い。出てきて答えて。私は、ニーナはお父様の子どもじゃないの?だとしたら誰の子どもなの?もしかしておばさま?おばさまの子どもなの?」
これは聞き捨てなりません。
一体どうした事なのでしょうか。
そもそも私は未婚のまま婚約破棄をされて死んだのです。
子どもを授かって生んだような覚えもありません。
姪はわんわんと泣きじゃくっていたが、そのうち力つきたように座り込んでぶつぶつと独り言を言い始めました。
「やってもやっても、努力が足りないって言われるの辛いよ。出来ない子はお家の子どもじゃないって…、家を出ていけって…私、家を出されたら生きてはいけないのに。ここに居た頃は良かった。そんな酷い事は言われなかったのに。みんな急にどうしたの?私が悪いの?私がお父様の子どもじゃないから出来ないの?」
まずどこをどう捻っても姪…ニーナは弟の娘です。
彼女が生まれた日の朝の事は覚えています。
私もうれしかったから。
あの日、弟の嫁が難産で苦しんでいる時に
「母子共に、無事に生まれてきてくれるだけでいい」
とへたりこんで言っていたのは弟だったはずなのに。
一体どの口がそんな酷い事を言ったのでしょうか?
おそらく、弟はそう言えば、娘が奮起するとでも思ったのでしょう。
私も今のニーナと同じような覚えがあります。
次から次へと期待のハードルがあがって切なくて苦しい気持ちを誰にもわかってもらえず、出来ない事に打ちのめされ、さらにその事で突き放された事を言われた時の絶望した気持ち。
きっと今の二ーナは心細く見捨てられたような気持なのでしょう。
死んでしまった私では生きていたら出来たはずの簡単な事ーおばとして姪を労り励ましてあげる事すらできません。
私は自分をふがいなく思うばかりで何もできず、ただやわらかな風で姪の髪をゆらせる事しかできませんでした。
そうしているうちに姪は泣き疲れて、庭で眠ってしまいましたが、私は彼女を痛ましい気持ちで見つめる事しかできませんでした。