国破れて
「違うの、そんなつもりじゃなかったの。お願い話しを聞いて」
懇願する妻を離宮に閉じ込めた。それで大人しくしているとばかり思っていたのに。
妃は、ようやく即位して僕が王になったから王妃となった妻は、僕の目を盗んで、あろう事か隣国の貴族と恋文のやり取りをしていた。
「はは…ハニートラップに引っかかって10も年下の若造に国の機密を垂れ流していただなんて」
かけがえのない女のはずだった。
誰にも渡したくなくて、ようやく妻に出来た時は気分が最高に高揚していたはずなのに。
妻は親善大使として我が国に訪れた隣国の貴族に、王妃としての待遇と不遇を愚痴る内容と、聞きだされるままに無邪気に国の機密を手紙にして送っていた。
なんと愚かな女だろう。
しかも色々と質問してくる妻にようやく国母としての自覚が出てたのかと喜んで色々語ってしまった、自分のおめでたさにも呆れる。
がたがたしていた国の内情ばかりにかまけていた訳ではないが、外交に落ち度があったのであろう。
2年続きの天候不順で隣国が危機を迎えていることは知っていたが、食糧支援もしていたはずなのにこんな事態になるとは。
隣国のさらに向こうの異民族の王が、不安定な隣国を併合して我が国に攻め込んでくるとは誰が考えただろう?
僕はどうやらこの王朝の最後の王としての幕引きをしなければならないという貧乏くじを引いてしまったようだ。
「妃はどうなる?」
「正直あのような大馬鹿ものはいらぬな。自分の立場というものをまるで理解できていないようだ。まぁ世にはバカな女ほどかわいいという輩もいるようだが」
知的な金色の瞳と尖った耳をもつ異民族の王は考え深げにそう言った。
「僕の首を差し出せば、民に無慈悲な事はしないと約束してくれるのか?」
「我も出来るだけ血を見たくはないのだが、連れてきた兵には褒美も必要でな。まぁこれも戦の常、悪く思ってくれるなよ」
彼の国の民は皆尖った耳をもつ。来年になれば我が国でも尖った耳の赤ん坊がたくさん産まれるであろう。
「約束してくれ、王家のものは全てあなたに捧げよう。だから国民だけは…」
「国を支えるのは民であるからして、統治の邪魔になるような恨みは買わないように出来るだけの留意はするつもりだ。だが末端まではなかなか道理は通らぬ」
「王よ!みてくれ!こんなにお宝が!」
城の宝物庫の扉はとっくに解き放たれている。
中は侵略達の饗宴の場と化しているのであろう。
戦利品を抱えて異民族の王の配下が駆け込んできた。
「あまり欲張るではないぞ。すべて奪ってはこの国の民も飢える。…おお、これは美しいな」
男が持ってきたのはたくさんの宝石や剣などの宝物などのほかに一枚の絵もある。
「描いてある女が別嬪でよぉ。王に見せようともってきた」
嬉しそうに語る異民族の王の配下の男。
「王よ。この絵の娘はどこの誰か?」
異民族の王の言葉に目を見張る。この絵が宝物庫行きになっていたとは。
絵にかかれていたのは、婚約式の際に家同士で交換したレイシアの姿絵だった。
「それはもう亡き侯爵家の娘だ。もうこの世にはいない」
僕が答えると異民族の王は残念そうに僕に言った。
「そなたの妻よりはよほど我の好みであるが、残念だ。だが客間に飾るにはちょうどよい」
久しぶりに思わぬ形で見たレイシアの在りし日の姿絵に僕の心は激しく揺さぶられた。
その絵も奪っていくのか。
自分の不甲斐なさに歯噛みが出る。
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「ねぇ僕の血は青いって皆が言うんだ。本当に青いと思うかい」
「殿下が青いと思えば青いのだと思います」
まだ幼い頃に、レイシアに問いかけた質問に彼女が応えた答えだ。
ちなみに同じ事を知り合って間もない妻にも聞いた事がある。
「何をおっしゃっているのですか?殿下の血は皆と一緒で赤いのに違いありません。他の人となんら変わりはないです!」
僕は妻の言葉を好ましいと感じた。
でもあの時の僕の感じ方は間違っていたと思える。
手先を切れば赤い血が出るかもしれない、でも僕の中心を流れる血はやっぱり青いのだ。
だから僕の首が落とされる時、きっと青い血が流れるに違いない。
残念ながら自分でそれを見る事は叶わないだろうが。
レイシア、この国は異民族に侵略をされるという残念な結末を迎えてしまったよ。
僕の力不足といえる。だから僕は最期の王として責任をとらなければならない。
僕の血はきっと君や皆がいうように青いから。
妃は僕についてきてはくれないようだ。仕方がないね、彼女の血は赤いのだから。
その日、地図からひとつの国の名前が消えた。