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塔の上の悪役令嬢  作者: 相川イナホ
12/15

櫛の歯がかけていくように

 「気持ちは変わらないか」


 「ええ。新天地で一からやり直す事に決めましたので」


 やややつれた頬をゆるめて笑う若かりし頃の友。


 「領地を返納することは仕方のない事だとしても、貴族手当で爵位だけでも維持したらどうなんだ」


 「それにどんな意味があると?」


 覚悟を決めた友の顔。


 

「不遜でしょうが、爵位に振り回される生活にはもう疲れたのです。俺はこの手で守れるだけの物を守り…自分の能力で贖えるだけの糧を得て生きていこうと思います。」



 ハッブス前侯爵が下した判断は最悪な結果を迎えていた。


 レイシアを幽閉することによって、侯爵家の名誉は一見、守られたように見えた。

 事実、最初の頃は、侯爵家を継いだフィリップは何の問題もなく領地を治めていた。


 だが、レイシアに対する処遇を不当な物として公に抗わなかった事が結果的にはハッブス家を没落に導く事になった。


 レイシアが幽閉されたまま、若き身で亡くなってしまった事が世間に知れると

面白がって騒ぐ連中が沸いて出てきて、その対処におわれた。

 ハップズ家の侯爵としての品位や信用を疑われる事も増え、フィリップが奔走するも領地の運営にまで影響が出始め、結局は破綻することになった。


 「王太子である僕がいまだ即位させてもらえない事と君の娘と王族との結婚が持ち上がった事を見れば、事の正誤は自然とわかるはずのものを」


 「貴族的には…ですね。庶民にはその手の王の采配はあまり関係のない事ですから」


 侯爵令嬢を疎んじて退け、身分の低い娘を正妃にと望んだ僕に、父王は「お前には失望した」とだけこぼした。



 そしてそうして望んだ妃に、今となって僕は悩まされている。


 「あの方は変わりはないですか?」

 「変わりないよ。あの人はあの頃のままだ」


 夢見がちで愚かな妃。


 健気に見えたところは、見当違いのところで頑張っているだけ、

 庇護欲を誘う儚げなところは、心の弱さの表れ。

 王家の青き血の努めを理解せず、汚れる事を厭わない覚悟もなく。

 「かわいそう」と国民の血税を湯水のように使う。


「そうですか、変わりがないのなら良かった」


 そんな事を言えるはずもなくそう言う友に心に苦いものを抱えたまま微笑む。


 「お元気で。遠い地からになりますが、あなたの活躍をお祈りいたします」


 「すまない。力になれず申し訳ない」


 心からそう言えばフィリップは力なく微笑んだ。


「特定の貴族に肩入れなどすれば、面白くない連中も出てきます。わかっていますよ。無理を聞いていただいただけでもありがたく思っています」


 旧ハッブス侯爵家の領地にある元の領地の館を王家で預かる事になった事に彼は御礼を言う。かの侯爵令嬢が最後の時を過ごしたあの塔のある領主館だ。


 「僕にとっても、罪滅ぼしの意味がある。安心するといい、管理は今まで通り、変えないと誓うよ」


 「ありがとうございます。何だか姉はまだあそこにいるような気がするのです。せめて姉の魂が安らぐように静かにしてやりたいのです」





 ああ、身分とか関係なく、友と呼べる特別な存在である君を手放す日がきてしまうとは。

 櫛の歯がかけていくように、大切なものが僕から離れていく。

 無力感に僕は襲われた。



 フィリップ元侯爵が場を辞した後、グレン・ゲノバが部屋に入ってくる。

次期の宰相候補と言われる彼もなかなか次のステップにすすめさせてもらえないでいる。

 僕の側近を務めているばかりに不憫な男だ。


 「王子、お話が」


 僕が身分の低い妃を娶ったばかりに政情は揺らいでいる。

 グレンもしなくても良かった苦労を背負うはめになった。


 妻は平民に広く王国の門戸を開けるべきだと主張した。

 才能のあるものに広く扉をあけるべきだと。


 僕も最初の頃はその耳障りのよい政策に酔った。いい案だと思ったのだ。

だが、長く続いた貴族主導の治世を変化させるならば、もっと覚悟がいることを考えるべきだったのだ。


 貴族の中にも最低の奴らはいたが、平民出身の金もちの奴らの中には賄賂を使い国の中枢の中に食い込み、自分にだけ都合のよい事を企むものが現れた。

 褒められたものではない貴族とろくでもない金をもつ平民出身の権力者がつるみ、より王国の中で好き放題できる土壌を産んでしまったのだ。


 それに眉をひそめ、矜持をもつ貴族は平民出身の権力者と対峙することになり

貴族対平民出身の権力者といった政争で宮廷は混沌として荒れはじめている。


 父王も心を痛めているようだが、政策を無理に進めた僕の責任は重大だ。

 毎日執務をこなしてもこなしても終わらないし、心配事も多く眠れもしない。


 それなのに僕の妃は言うのだ。


 「最近、あなたはわたしと過ごす時間が少ないのね。もう私を愛していないの?」


 若い頃はその言葉に庇護欲をそそられ抱きしめていた。

 今はもうこんな時に勘弁してくれという気持ちしかない。



 「奥方様が…」


 グレンの報告に僕は力が抜けてしまった。

 そしてとうとうこの時が来たと自嘲的な笑いがこみあげてくる。


 それは妻が、未来の王妃が「寂しいから」と護衛騎士を寝所に引き込んだという知らせだった。

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