クリス
雨が降り、風が吹き、太陽は昇って沈んで、世界は何一つ変わっていないように感じる。
私が死んでからも変わりなく季節は巡る。
生きていた時だって、自分を包む世界の何かを私は少しも変えられた事もなかったけれど。
特に、私が望む事は叶えられた事がなかったから。
そうやって変化のない世界で漂っていると、ある寒いだろう日に、塔にお客さまがやってきた。
近頃はもう、人の名前も顔も覚えている事に執着しなくなっていたので、私は誰だったろうかと壁際でぼんやりと彼を見ていた。
塔に来客がやってきたのは、私の身体を彼らが見つけた時以来だろうか。
「お願いだ。僕に姿を見せてくれ。レイシア、僕が憎いだろう?」
私のいる壁とは反対の壁のしみを睨みながら、見当違いの事を言う男。
私もここに閉じ込められている時、その壁の染みが怖かった。
見え方によっては髪の長い女がうなだれているように見えたから。
「僕が君を閉じ込めてあんな死に方をさせた諜報人だ。恨むなら僕を恨んでくれ」
恨む?恨むって何を?
死んでしまった事を?
死なせられてしまった事を?
誰も助けてくれなかった事を?
私に正しい物の見方を教える者がいなかった事を?
いろんな選択肢があって、どんな逃れられない環境があって、知らずに間違った影響を受け続けて正しくない道を私が歩かされていたとしても、最後に選んだのは私。
ここにこうして幽霊になって彷徨っているのは私が選んだから
私が選んで行動したから、この結果がある。
いくら願ったところで 太陽は反対から昇ってこないし花は咲いたら散ってしまう。
生まれた時から命は平等に死に向かって進んでいくもの。
途中経過はいろいろだろうけれど、最後は死んで終わる。
なぜか私は違う意味では終わっていないようだけど。
「貴女が、あんな風に死んでしまうとは考えなかった。彼女から貴女を遠ざけたかった。彼女を守りたかった。僕は貴女を裁いた気になり思い上がっていた」
違うよ。思い上がっていたのは私だよ。
彼女の事も貴方の事も身分が低いからと見下し、自分こそが正しいと勘違いしたまま謝る事すら出来なかったのだから。
尊いのはその人の志であって、身分や生まれではないと理解できなかった私。
ヒロインである彼女の頑張りも、平民から魔術の力ひとつで苦労して身をたてようとした貴方の努力を認めなかった。
愚かな私。
身内からすら見捨てられてしまうような価値のない小さなもの。
自分こそが取るに足らない存在でしかない事を気づきもせず。
「お願いだ。恨むなら僕を恨んでくれ」
大人の男の人なのに、そんな風に泣くほど彼女の事が好きなのね。
…今の私はお願いしてささやかな風を吹かせたり、お花に咲いてもらう事位しかできないの。恨むだとかそういう人間らしい心の動きも今はもう失くしてしまったみたいで思いつづけられないの。
何のために死んでもこの世に留まり続けているのかはわからないけど、ここにいるのは恨みだとか憎しみのせいじゃないわ。
貴方は私を死に追いやったと自分を責めているようだけど、私の気持ちはこんなに凪いで静かでいるのよ。
彼に私の姿が見えればいいのにと願いつつじっと彼を見つめていたけれど、
結局私の事に気が付かないまま、彼は去っていった。
何度も何度も塔の方を振り返りながら。
魔術を使えるはずの彼でも、願った事をすべて思い通りに叶える方法はないのね。
人というのは何て不自由なのかしら。
「死を選ぶほど、そんなに僕と話すのが嫌だった?」
小さな声で最後に彼はそう言った。
暫くして、王都から彼の姿が消えた。
彼の代わりにすぐに違う人が魔術師長になった。