後悔しても取り返せない事
煮詰まったので気分転換に創作いたしました
転生するなら、生産系、美味しい物を作って食べてほのぼの系がいい。
でも悪役系はダメだ。
うまく「ざまぁ」が出来ればいいのだが、断罪オチとか最悪だ。
それに気が付いたのが、死んでしまってからというのが非常に残念だ。
私は我儘な癇癪持ちの貴族令嬢だった。
そしてそんな人物に相応しく、王子を巡ってのすったもんだのあげく獄死というバッドエンドを迎えた。
私が「ざまぁ」されての終了である。納得しがたい。
「みんな私の大事な人達!大好き!」
という天然系ヒロインにゾッコンの王太子とその取り巻きによって私は「ざまぁ」され
王子の婚約者という立場から引きずり下ろされ、実家へ戻ってみれば、恥さらしの罪人として塔にある監獄へ幽閉されたのだ。…身内の手によって。
そして、更に取り巻きの一人だった魔術師長にその塔から出られないよう呪いをかけられたのだ。
二度とヒロインに対して何かできないようにと。
でも考えてみて欲しい。
家族にも見捨てられた貴族の血をひいただけの小娘が、一人で何か出来るだろうか?
立場上のつながりしかない友人しかもたず、見せかけの忠誠を家臣から向けられていただけの憐れな令嬢に。
実際のところ皆に嫌われていたのだから。
やりすぎではないだろうか。
彼はヒロインに跪いてこう言ったそうだ。
「ご安心ください。貴女を害そうする悪しき者はもう二度と貴女の前に姿を見せないでしょう。そう二度とね」
彼の秀麗な面には黒い微笑みが浮かんでいただろうが、残念ながらそれは私はそれを見ていない。
塔の監獄に囚われてから暫くは使用人が嫌々ながらも身の回りの世話をしていてくれたのだが、いつからか私はいなかったものとされ、忘れさられてしまった。
囚われてからも自分の過ちに気が付かず、唯一の生存のための頼みの綱であるその使用人に、私はおろかにも自分の煮立ちをぶつけ、酷い態度を取り続けていたのだから無理もない。
私の存在は故意的に消されたのだ。
そうする事に、家族もその使用人もまったく心を痛めなかったに違いない。
私の最後は我儘で鼻もちならないその性格に相応しくみじめで屈辱に満ちたものだった。
私は誰からも看取られる事もなく、空腹と喉の渇きと絶望にまみれて死んだ。
せめて塔から出られぬ呪いがかかっていなかったのなら…。
死んで肉体の殻から抜け出て見れば、何をそんなに意地になっていたのかと、初めて穏やかな気持ちになれた。
絶えず襲ってくる癇癪の発作や人間らしい喜怒哀楽の感情ですらも、肉体にだけ宿っていたのだと思えるようにすべて希薄に平坦になっていく。
かつての「私だった肉体」を意識だけになった私が見下ろす。
思う事は「ああ、バカをしたな」という軽い感慨めいた感情だけだった。
客観的に見ても「私のものだった肉体」は美しかった。
それだけ美しく、才気も人並みよりはあったのだから嫉妬にかられてヒロインを陥れる事に執念を燃やす事より、さっさと王子に見切りをつけて自分の道を探せばよかったのだ。
そうすれば少なくとも「潔い令嬢よ」と王子とその取り巻きに、邪険にされることはなく
何かお願いごとのひとつ位は聞いてくれたかもしれない。
主に罪悪感から。
ああ、でも「悪役令嬢」としての強制力が働いてしまって、同じ末路を辿っていたかもしれない。
人智を超えた理みたいなものの存在によって。
いずれにしても、もう終わった事だ。
死んでしまった私に、もうやれる事はないし思う事もない。
塔から出られぬ呪いは死後も有効なようで、魂だけとなった私も何処にも行けず、この場所にとどまり続けた。
感情の起伏の消失と共に時間の概念もおぼろげとなり、過去を振り返ってifを積み重ねるのにも飽きた私は塔の窓から見渡す風景だけが楽しみになった。
塔から見下ろす実家である領主館では、父の跡をついだ弟がヒロインへの思慕が叶わず政略結婚で娶った妻を披露する宴を開き、家庭を築いたのが見てとれた。
王都と領地にある領主館を忙しく行き来する弟。
庭で遊ぶだんだん大きくなっていく甥や姪。
庭に咲くさまざまな草花たち。
手入れをする庭師。
出入りの側用人
洗濯ものを抱えるメイドたち。
外は生命で満ちていた。
もう私には決して手のふれえぬ暖かい日の当たる場所達。
甥がはじめての乗馬のために庭に馬を引き出してきたとき、私は弟がはじめての乗馬で馬を怖がって泣いた事を思い出し懐かしさを覚えた。
あのくらいの年齢の頃は私もまだあんな癇癪持ちではなかった。
弟との関係も最後の頃のように冷たく冷え切ったものではなかった。
弟の嫁がはじめてのサロンを開いた。
庭で遊ぶ子犬のような子供達。
ヒロインを巡って争った取り巻きだった青年たちもそれぞれに家を継いだりするために別の伴侶を迎えたようで、その子供達の姿も何人か見かけた。
ああ、あの赤毛はウォール家の特徴ね。
ふふ、眉毛がウォール騎士団長にそっくり。
あなたに取り押さえられたとき、本当に怖かったし痛かったけれど、まさか激高しても妻子には私にしたような乱暴を働いていないでしょうね。
そう、魔術師長は独身を貫いているのね。あなたの呪いでこの地を離れられないのは困った事かもしれないけど、なぜかしら、私は生きていたときより平和で満ち足りた気分なの。
まぁあなたが次期宰相のあの人の奥さんになったのね…。
昔から要領がよかったものね。よく元、私の派閥というハンデから成り上がったのね。
…でも嫌いじゃないわ。あなたのその上昇志向なところ。
私は塔の窓から懐かしんだり驚いたりしてその茶会を見ていたが、ふいに出席者の一人が私のいる方角を指さして真っ青い顔をして何か叫びはじめ…残念ながらそのお茶会は混乱のうちに終了してしまったようだ。