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サンタクロースがくれたプレゼントは“愛”そのものだった

作者: 黒ユリ

 外を見れば雪が降っていた。音もなく、ひたすら白く積もってゆく雪にマリアははぁ、と小さな唇から溜め息をこぼした。


「さむいはずだわ」


 言葉を出した瞬間、白い湯気が口から出る。寒さから体の震えが止まらない。体に巻きつけた毛布をきゅっと握りながら耐える。


「やっぱり私は平凡な顔だから貴方には釣り合わないっ! もう、嫌! 耐えられないの! 私は貴方とマリアとを比べられるのが限界なのよ!!」


「周りの評価なんて気にする必要はない。俺にとって一番可愛いのは愛、お前だけだよ。俺はお前さえいればいい。他は何もいらない。愛しているよ、愛」


 今夜もきっとお父さんの胸の中でお母さんは泣いているのだろう。毎晩毎晩この繰り返し。この言葉を聞いているとだんだん自分の存在価値がわからなくなってくる。


 布団に入り、外の音が少しでも消えるように頭まで潜り込んだ。  


「ひとりは さみしい……」


 そうつぶやくと同時に涙は頬を伝い、鼻を伝い、シーツにシミを作った。


 まだ小学生にも満たないマリアは小さい体を更に小くまるめて寝た。



 カチャ


 ストッ


 微かに聞こえた音にマリアは目が覚めた。目が覚めたとは言っても頭はまだ寝ている状態である。


 ガタン ガタガタッ


 先程よりも大きい音で確実にマリアは目が覚めた。勢い良く起きあがるとすぐそばから

「わっ!」

と驚く声が聞こえた。そちらを見ると雪を思わせる白銀色の絹のように柔らかそうな髪に透き通るような青い目を持った少年がいた。年はマリアよりも上だろう。しかし、それでも幼い。


「あなたは だぁれ?」


 マリアは少年に問う。こてんと頭を傾ける姿はとても子供らしくて可愛いものだった。


「ぼくはサンタの見習いだよ!」


 少年は得意気に笑った。こちらも胸を反って自慢気に言う姿が子供らしくて可愛い。


「サンタさんの みならい? サンタさんは

おじいさんじゃないの?」


「もし、おじいさんサンタクロースだったらプレゼント配るの大変だもん」


 重そうなプレゼントの入った大きな袋を辛そうに担いでいる姿を思い浮かべる。


「そうだね。おじいさんサンタクロースがふらふらになっちゃう」

 

 マリアはころころと可笑しそうに笑う。


「あ、君はクリスマスプレゼントに何がほしい?」


「クリスマスプレゼント……? ───ふつうのかぞくがほしい」


 これはマリアの切なる願いだった。そう簡単には手には入らない、そう分かっていたからこそマリアはいった。しかし、それは物ではないから叶えられない。ごめんね、と言って蒼い澄んだ瞳を曇らせた。


「そっか……」


 自身も叶えられない願いだと心の何処かで分かっていたのだろう。諦めのようなものが瞳からのぞいて見える。


「ぼくのおししょうさんはね、いっつも煙突の中に入るときお腹がつっかえてお家に入るのが大変なんだよ」


「ふとってるの?」


「うん! お腹なんてこんなにパンパンなんだよ」


 お腹の周りを手で円を描くようしてお腹の大きさを表す。それはかなりの大きさで煙突につっかえてしまうのも頷ける。

 マリアの寂し気な表情は消え去り、今はころころと楽しそうに笑っている。


「まどから はいっちゃだめなの?」


 サンタの見習いが入ってきた窓を指差しながら言う。


「なんか分からないけど、美学ってやつなんだって」


「びがく?」


「ぼくも分からない。でもたぶん、かっこよく見せたいってことじゃない?」


「ふぅん」


 時計を見ると針はⅩ《じゅう》を指していた。大人からしたらまだ遅くはないが子供からしたら真夜中だ。


「じかんは だいじょうぶなの?」


 心配そうに眉を八の字にしなからマリアはサンタの見習いに問う。


「あっ! じゃあ行くね! また来年会おう!!」


 そう笑いながら手を振って窓から出て行った。楽しい時間が終わってしまったことに寂しさを感じながらもマリアはばいばいと大きく手を振った。



 








 ────また来年なんて言いながらももう来なかった。


「ふふふ、あれからもう十年もたってしまったわ。────なんて幸せな夢だったのかしら。幸せすぎたのね」


 

 だからこんなにも悲しい……。声に出さず、唇だけを動かす。

 

 あれから十年。両親は離婚した。母親はどんどん狂っていき、ついには父の顔、私の顔を見るだけで発狂し、自分の姿を鏡越しに見るだけで泣いてしまう。そんな姿に父親は母親の精神的限界を感じ離婚した。


 独りぼっちの家。子供の頃は泣いている母親に慰めている父親。構って貰えなくても人のいる気配はした。けれど今はどうしようもなく独りぼっち────。自分は何のためにいるの? 存在価値なんてあるの?


「もし、もしもサンタさんがいるのならプレゼントなんていらないから私を此処から連れ出してほしい────」


  

 窓から見える黄金に輝く月に向かって祈るような仕草をした。どうしてかマリアは月を見るとそれをしたくなる。これは小さい頃からの癖だ。


そうすると何故か願い事が叶いそうな気がするのだ。


「じゃあ、僕と一緒に来る?」


 白銀の髪を持った青年が太陽のような眩しい笑顔で言った。

 窓枠に腰掛ける青年の姿には見覚えがある。とは言ってもあれから十年の月日が私も成長したように彼も成長させた。可愛らしい少年の姿から逞しい青年の姿へと。


「サンタの見習いさん?」


 あの日の出来事は夢だと思っていたのだから戸惑いながら青年に問う。その際、首を少しかしげるのは子供であった時から続く癖である。

 その見覚えのある姿にサンタの見習いは懐かしさからくすりと笑みをこぼした。


「サンタの見習いじゃないよ。いまはもうサンタになったんだ」

 

 ウィンクをしてピースをした。その姿にふふっとマリアは笑って

「おめでとう」

と言った。 


「では、マリアさん、僕に攫われてくれますか?」


 右手を差し出しながら言った。いきなり敬語になって、まるでプロポーズのように聞こえて思わず吹き出してしまう。


「ええ。喜んで」


 にっこりと笑ってサンタの差し出された手にマリアは小さい手を重ねた。サンタの手は思いの外暖かい。ずっと家にいるのにマリアの手の方が冷たい位だった。しかし、手を重ねたことによってじんわりと手が温まっていくのをマリアは感じながら幸せを噛みしめていた。

 

 サンタはマリアを抱きかかえ、窓の外に浮かんで立っているトナカイの背に乗せ、サンタはマリアの後ろに座った。脚の間から感じるトナカイの熱と鼓動。宙に浮くトナカイなんて現実離れしているが、ちゃんと生きていることが分かる。

 後ろにはサンタがいてサンタのコートの赤い生地がふわふわしていて気持ちいい。背中越しにサンタの鼓動が感じられ、サンタに体重を預けるとサンタの鼓動が聞こえた。


(私はもう独りじゃない)


「ちょっと此処寄りたいんだけど」


 気付けば目の前にあるのは我が家ではなく、違うもの。しかし、よく見慣れたもので正確には我が家だったものが目の前にあった。


「えっと……」


  

 反応に困ってしまう。その家には母さんがいるからなんとなく気まずののだ。

 もし、お母さんと会ってしまったらまたパニックを起こしてしまうのではないかと思ってこの家には近づき辛いのだ。


 サンタはマリアをひょいと抱きかかえると窓から入り、音を立てずに着地した。


(お母さんと会っちゃったらどうしよう……。トナカイは窓のすぐそばにいるから自力で乗って逃げよう。それがいい)


 マリアはサンタの腕から降りると、窓に手をかけ窓の縁に座った。

(よし、後はトナカイに乗るだけ)

そう思ってトナカイに手を伸ばした瞬間身体は後ろに倒れ込んだ。どうやらサンタが私の腰をつかみ引き寄せたらしい。

「ちゃんと僕に付いて来てね。これがマリアの母親の姿だから」


 マリアはサンタに抱き抱えられたまま母親の元に連れて行かれた。

 目の前には少し白髪の混じった栗毛色の髪を無造作に束ねた痩せた女の後ろ姿があった。


「これで8回目……。駄目ね、いつまでも渡せないなんて。マリアは元気かしら?」


 ふぅ……。と聞こえる溜め息と哀しげな声色。思わず

「お母さんっ」

と言ってしまった。その後、マリアは自分がサンタに抱き抱えられていることを思い出したのだろう、あっという間に頬を赤くしただけでなく、耳までまるで熟れた林檎のように真っ赤になった。

 母親は自分の目の前にいる娘が自分の娘であるマリアだと気付いたのだろう。ぽかんと口を開け驚いている母親の姿にマリアは可笑しそうにくすくすとわらっている。


「久しぶり、お母さん」


 そう言って笑えばお母さんの目には涙を浮かべながらマリアに抱きついた。娘の成長を噛み締めるように、ぎゅうっと。


「これ、貰ってくれるかしら?」


 HAPPY BIRTHDAYと書かれたリボンの付いたシールが貼ってある。リボンもラッピング用紙も私の好きな青色だ。同じ色で少し不格好だけれど、ひょっとしたら私の好きな色を覚えていてくれたのかもと思うととてもとても満たされた気持ちになる。

 破かないように丁寧に縹色はなだいろのラッピング用紙に貼られたセロハンテープを剥がす。中からは長方形の白い箱が出て来た。

 

 それを開けると中にはネックレスが入っていた。シンプルでとても可愛らしくも大人っぽいネックレス。銀のハートの端に小さな宝石が3つ埋め込まれていた。


「可愛い……」


 そう言うと母親はにっこりと嬉しそうに笑った。


「マリアに似合うと思って買ったの。使ってね」


「うんっ!!」


「嗚呼、もうこんな時間……もっと話したいけど危ないから。気を付けて帰ってね。また今度いっぱい話しましょう」


 私のことを思っていてくれた。私のことをちゃんと愛してくれていた。


 

 私は愛されていないわけではなかった。





(ああ、なんて素敵なクリスマスプレゼント!!)

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