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狂騒とも悪夢とも茶番とも言える、博士の研究を巡る事件を終えた翌日の朝。
学校へ行くため玄関を出た時、思わず目を見張った。
そこには姉と彩夏が楽しそうにおしゃべりしている姿があった。
ぼくの姿に気づいて、彩夏が笑顔で手を振ってきた。
「ケンちゃん、おはよう……って、どうしたの、二十年振りにそれまで音信不通だった父親が家にふらりと帰ってきた時の長男みたいな顔をして?」
どんな顔だ? 久しぶりに対面できた喜びの表情か? それとも長年家族を蔑ろにしてきたことに対する憤怒の表情か?
……しかし、ちょっと前までは当たり前の光景、とても懐かしく感じた。
姉がこちらへ近づいてきて耳打ちする。
「まっ、アタシとしては、こっちの方が安心できるんだけどね」
「どういう意味?」
聞き返すと、いきなり尻を蹴られた。
「何ぼけっとしてんだよ。彩夏ちゃんを待たせんじゃねえ、さっさと学校へ行け!」そう怒鳴った後、姉は笑顔で彩夏へ振り返った。「じゃ、彩夏ちゃん。この愚弟をよろしくね」
「はい、お任せください」
彩夏は平坦な胸を張って答えた。
高校へ向かう途中、彩夏は大好きな刑事ドラマについて熱く語っていた。
「……でね、そこで大門堂刑事が犯人を殴りつけたの。いつもは温厚な性格の刑事が突然そんなことするもんだから、周りのみんなは唖然とするわけ。だけど犯人は涙をポロポロと零して言ったの。『親父にも打たれたことないのに!』って。刑事の拳は愛の鞭だった……ってケンちゃん、聞いてる?」
「っあ? うん……」
それは刑事ドラマではなく、宇宙世紀を舞台とした戦争アニメじゃないのか、なんて考えていたわけではなく、さも当然のように今まで通りに接してくる彩夏に少し戸惑いを感じていたのだ。
「まっ、いいけど。……ところで、今日の美咲子さん。とっても機嫌が良かったね」
「そうかなあ……。あっ、もしかして。姉ちゃんがこの前入院したところにいたイケメンな研修医と付き合い始めたからじゃないかな?」
それと、久しぶりに彩夏が家に来てくれた、というのもあるかもしれない。
「そっか、お姉さん入院してたんだよね。……でも雨降って地固まるってやつ? 良かったじゃない」
雨降って地固まる、か……。
最終的に博士が論文を撤回してくれたおかげで、これ以上どこかから狙われることもないだろうし、なにより、将来のぼくの研究者人生に傷を付ける心配もなくなったわけだ。そういう意味では、収まる所に収まってくれた、と言える。それでも……。
「どっちが先に手を出したのか知らないけど、何ヶ月持つことやら……。ところで彩夏。昨日のこと……」
彩夏の口と足が同時にピタリと止まった。
「昨日って、何のこと?」抑揚のない彩夏の声。
「昨日は、昨日だよ。あの豪華客船で……」
「あたし、豪華客船なんて知らないよ。昨日は一日バイトで忙しかったんだから。……そう、ケンちゃんは昨日そんな凄い客船に乗ったんだ、羨ましい。あたしも今度連れてってよ」
「……」
彩夏の表情は笑っているが、何故か喉元に鋭利な刃物を突き付けられたような感覚に襲われた。
昨日のことは無かったことにしろ、暗にそう伝えようとしていることが分かった。
ぼくが何も言い返せないでいると、彩夏は満足そうにうなずき、再び歩き始めた。そして二三歩進んだところでくるりとこちらへ振り返った。
「前にどこで話したのか忘れちゃったけど、今週の休み、隣町のショッピングモールへ行こうよ。買いたい服があるんだ。ケンちゃんみたいな贅沢はできないけど、ここはお姉さんとして、昼ご飯ぐらい奢ってあげるから。……どう?」
彩夏は威張ったような姿勢でニシシと笑った。
一度変わってしまったものはもう二度と元には戻らない。彩夏はぼくを騙し、ぼくは彩夏を疑った。
それでも彩夏は少しでも繕って、元の関係に戻そうとしている。
じゃあ、ぼくはこの関係をどうしたいのだろう……?
「……分かった、行くよ」
と、言ってうなずくと、彩夏は子供みたいに飛び上がって喜んだ。
「よしよし……。ついでにケンちゃんの新しい服も探してあげる」
彩夏は甘えるコアラの赤ちゃんのようにぼくの腕を掴んできた。
「おい、こらやめろ!」
彩夏にべたべたと触られ、ぼくの官能ゲージがぐんぐんと、上がってはこない。
彩夏は彩夏だ、自称ぼくのもう一人の姉。それには同意しないが、家族みたいな存在であることは否定しない。
「服は……間に合ってるよ。そんなの買うお金があったら、新しいゲームかマンガが欲しいよ」
「ダメダメ、高校生にもなって、私服がチェック柄のよれよれカッターシャツに色あせたジーパンだけだなんて。どこに行っても恥ずかしくない、立派な服の一つや二つは持たないと。高校の制服もなかなか様になってるんだから、服装変えたらケンちゃんも少しは格好よく見えると思うんだけど」
「……余計なお世話だよ」
「そんなこと言って……、ケンちゃんだって心の中じゃ、イメチェンして、気になる女の子に対して壁ドンとかしたいと思ってるんでしょ」
「それは……」
思わなくないこともないけど……。
「やれやれ、朝から幼い子どもみたいにべたべたと見苦しい」
突然、前方からかけられた声に、ぼくと彩夏の足がピタリと止まった。
聞き覚えのある声。そして見慣れた姿。
神宮寺江麻、彼女が制服姿でぼくたちの前に立っていた。
ぼくはしばらく目の前にある光景が信じられなくて、反応するのに時間がかかった。
一方、彩夏がとっさにぼくの前に立ち、ぼくを守るように両手を広げた。「どうして、アンタがいるのよ!」
緊張感に包まれる。
「いるって? いるのは当たり前でしょ。わたしこの高校に通ってるんだから」
江麻はさも当然と言った表情で、制服の袖を摘んでみせた。
「あ、あのう……、転校したのはぼくに接近するためだったんでしょ。博士の永久機関の話も片がついたんだし、てっきりあの船に乗って、ここを離れたものだと……」
「まさか? わたしがここに来た目的は健吾たちのことだけじゃないから。他にもここでやらなきゃいけない仕事がたくさんあるの」
……おいおい、じゃあ昨日の感傷的な江麻との電話は何だったのか!
なんだかコントに続いて狂言を見せられるような気分だ。喜劇に喜劇が重ねられ、消化不良を起こしてる。
「そんなこと、私たちがさせるわけないでしょ。さっさとここから立ち去りなさい!」
彩夏が叫んだが、江麻は彩夏を一瞥しフンと鼻で笑った。
「やれるものならやって見なさいな、可愛いおチビちゃん。……ところで健吾、貴方に話があるの」
「な、何でしょうか? ……江麻さん」
ぼくの人生が再び波乱へ突き落とされそうな、とても嫌な予感がした。
江麻は鞄から一冊の英語雑誌を取り出し、興奮した様子で言った。
「この雑誌にある、健吾とドクターファウストが共著になってる論文『反重力砲の新理論』について、詳しく教えてくれない?」
……もう勘弁してください!
最後まで読んでいただいてありがとうございます(何人いるんでしょう?)。
お話の最初のネタは、突飛な科学で、陰謀論が語られることが時々あるので(UFOはアメリカの陰謀だ、とかあれ)、本当にトンデモ科学に対して陰謀が働いていたら? というifから、70、80年代懐古趣味が入り交じってできました。(歳がバレる!)
当初はもう少し諜報機関が活躍するようなお話にしたかったのですが、気付いたらほぼ学園コメディになっていました。
本当は参考文献もあるのですが(章タイトルを見ていただくと分かると思いますが、「参考文献」の章まであって完全になります)、省略させていただきます。
一応、疑似科学の本だとか、イントロダクションの宇宙の話に関する本だとかを一部参考にしています。。。




