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しばらくしてレセプションは終了した。
出席者たちはぞろぞろと会場を出て行った。ぼくは余っていたデザート各種を平らげるのに忙しく、最後に会場を後にした。
会場外のラウンジでは、まだまだ飲み足りないといった雰囲気のおじさま連中が、それぞれのソファーに陣取って二次会を始めていた。それどころか一角ではバカラやブラックジャックといったギャンブルまで行われているではないか。……本当に人生逆転ゲームが始まりかねない様子だ。
顔を真っ赤にした博士もソファーに座っていた。ワインボトル——グラスではない——を握り締め、コーネリウス氏やその他数名と語り合っている。
「ドクターファウスト。明日の発表はどうなるのでしょう? ドクターが考えた永久機関の開発法が聞けることを、とても楽しみにしています」
「ハッハッハ、万全じゃ。明日を楽しみにしておれ」
今やラウンジにもアルコール臭が漂っていた。この場所にいるだけで酔いそうだ。
さっさと客室へ戻ろう。博士に一言声をかけようかと思ったけど、酔っぱらった博士に絡まれるのも嫌なので黙ってラウンジを出た。
客室へ戻ったら、歯を磨いて、シャワーを浴びて、そうしているうちに江麻がぼくの部屋に……。
最初は、見た目とは裏腹に軽い口調で女子たちと話す江麻を見て、なんだあの子は? と不思議に感じて、二人で行動するようになった時も、最初は、怒っているような雰囲気に、恐いなあと思っていたけど、今じゃあ、さっき見せた笑顔のように、ぼくにデレデレじゃないか。ぼくの仮説は見事に正しかった!
それどころか、このまま行ったら一生、女性と縁のない人生を送るんじゃないかと密かに恐れていたのに、予想外に早く、その時を迎えることになろうとは!
「うっひょーーー!」
足が勝手にスキップを始め、喉がひとりでに奇声をあげた。
お、落ち着け、落ち着くんだ尾野健吾。
廊下で立ち止まって大きく深呼吸する。すると大量のワインボトルを抱えた給仕のおじさんが、物珍しいものを見るような目を向けてぼくの脇を通り抜けて行った。
「……」
そ、そうだ、客室に戻る前に夜風に当たろう。デッキに上がって海から陸地の夜景でも見れば気分も落ち着くだろう。
早速デッキへ向かおうとしたが、すぐに挫折した。学校よりも広い客船だ。場所が分からなくなってしまった。
高価そうな絵画が飾られた廊下を当てもなくうろつき回る。本当に別世界のようだ。本当にここは日本だろうか? ……あっ、今は海の上か。
「……困ったな」
正真正銘迷子になってしまった。客室どころかラウンジへ戻る道すらも分からない。
だんだんと不安が募り、全身汗が吹き出してきた頃に、廊下の向こう側から、女性の給仕がこちらへ近づいてきた。
おおっ!
その姿に視線が釘付けになってしまった。世に言うメイド姿だ。それもメイド喫茶に出てくるようなフリフリエプロンを身に付けた今風のメイドではなく、古き良きイギリス貴族の館にいそうなシックなメイドさんだ。しかも結構可愛い。……見た目はぼくとほとんど年齢が変わらないんじゃないかな?
……おっと、見とれている場合じゃない。あの人に道を聞かないと。この機会を逃したら、本当に船内で遭難してしまいそうだ。
「すいませーん」
声をかけながらぼくはメイドさんへ近づく。
「どうされました、お客様?」
メイドさんの声を聞いた瞬間、ぼくの足が固まった。こんなところでは聞くはずのない、よく知った声だったからだ。
「ど、どうして、……ここにいるの?」
そのメイドは、ぼくの幼馴染み、遠山彩夏だった。
「どうしてって……、バイトだけど? この給仕のバイトってとっても時給がいいんだよね。……どう、似合う?」
彩夏はロングスカートを摘まみ上げながら、あっけらかんと言ってのけた。
「似合うって……、いやいやいや、おかしいでしょ」
何で彩夏がここに? 次の瞬間、ぼくの頭の中で警戒アラームが鳴り響く。
彩夏は《権益者たち》の手先だと、江麻は言った。
確かに、彩夏は《権益者たち》の手先が揃えておくべき、同じ学校で身近な人物という条件を満たしている、それに江麻が尽力して調査してくれた結果なんだ、十分信頼できる。しかし、心の片隅では、彩夏がよりによってぼくに対して根暗な妨害工作をするだろうか? と疑問も感じていた。
その彩夏が突然目の前に、しかもバイトで?
そして、彩夏はぼくがここにいることに全く驚いていない様子だ。これはぼくが予めこの船にいることを知っていたからに他ならない。
ここから導き出される答えは、彩夏はぼくと博士を追ってこの船に侵入したということだ。
やっぱり、彩夏は、江麻の言う通り、《権益者たち》の手先なのか……。
……って、おいおい、何が安全だよ、おもいっきり敵がこの船に潜入してるやん!
「ちょっと聞いてるの、ケンちゃん。全然あたしのメールも電話も反応してくれないじゃない。あの転校生に色々吹き込まれたみたいだけど、ここであったが百年目。覚悟しなさい!」
清楚なメイド姿からは想像もつかないようなオーラを発しつつ、彩夏がゆっくりと近づいてきた。
気圧されるようにぼくは後ずさる。
「ちょっと、逃げないで」
彩夏が手を伸ばしてくる。彼女に触られまいと、更に一歩下がった。
「彩夏、君は本当に《権益者たち》の手先なのか?」
間合いを取りながら、聞いた。
「ケンちゃん。何言ってるの……」
彩夏が怪訝そうに首を傾げる。
本当に知らないのか、それともしらを切っているだけなのか?
ぼくは恐る恐る尋ねた。
「学校で色んな嫌がらせをしたり、姉ちゃんを事故に巻き込んだのは、彩夏なのか?」
今度は、彩夏の手がピタリと止まった。
「……そっか、ケンちゃんもう知ってるんだ」
今まで聞いたことないような冷えきった声だった。
彼女の鋭い槍のような視線に、体が磔されたように動けなくなった。
全身が粟立ち、一斉に冷や汗が吹き出した。
そして同時に理解した。確かに彩夏は《権益者たち》の手先であると。
彩夏はエプロンのポケットから黒い機器を取り出した。テレビで見たことある。スタンガンだ!
なんでそんなものが準備よくポケットに? と、考えている余裕はなかった。
彩夏は、いつもの無邪気な笑顔をこちらへ向けた。
「じゃあ、話が早いね」
次の瞬間、目の前が真っ暗になった。




