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ファウストの永久機関  作者: 三好ひろし
4 ドクターファウストの考察
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 コーネリウス氏の言う《ささやかなレセプション》は驚きに満ちていた。

 巨大なシャンデリアに彩られた広い会場、そして見たことも食べたこともない豪華料理の数々!

 当然酒が飲めないぼくはオレンジジュース片手に、忙しそうに料理や飲み物を運ぶ給仕たちの間を縫って、キャビアがてんこ盛りのクラッカーやら、フォアグラを挟んだローストビーフやら、トリュフが添えられたスパゲティやらを、片っ端からかき集め、腹に収めていった。どれもこれも美味しくて、これらを食べられただけでも、研究会に来た甲斐があったと思う。

 レセプション自体はほぼ滞りなく進行していた。

 ほぼ、と言うのは、最初のコーネリウス氏による開会の挨拶は、「皆さん、早く食べて、飲みたいでしょうから、挨拶はごく簡単に」と、一分で終わってくれたのに、その後、乾杯の挨拶を依頼された博士が「日本の科学振興政策は間違っておる、基礎研究を蔑ろにした実用性のみに偏重し、多様性を切り捨てた……」云々と、誰得か分からない持論を、校長の挨拶のように十分以上も延々と喋り続けやがったのだ。博士の挨拶中、ぼくは恥ずかしくて、部屋の隅で小さくなっていた……。

 そんな空気読めない挨拶を除けば、平穏に時間が過ぎていった。

 会場に集まったのは百人ほど。彼らは、財団から援助を受けている研究者や、財団と深い縁のある実業家や資産家で、今回の博士の研究を聞くために世界中から集まってきたとのこと。皆、各分野で様々な業績をあげている超一流の人たちらしい。服装のことを脇に置いたとしても、ぼくにとってとても場違いに感じる。

 参加者たちはたくさんのグループに別れ談笑していたが、先の理由と、見知らぬ人ばかりで、それにずっと年齢が離れているとあっては、会話の輪の中へ加わり難かった。

 そんな中、料理が置かれているテーブルを徘徊していると、一人の男性が声をかけてきた。大きな黒縁眼鏡をかけ、前髪がだいぶ寂しくなっている中年男性だった。

「君が、ドクターファウストの優秀な助手さんですね」

「い、いやあ……、まあ、そうです」

 博士の助手のつもりはなくても、優秀と言われちゃ気分は悪くない。

「私、こういうものです。今後ともお見知りおきを」

 と言って、男性は丁寧に名刺を差し出してきた。名刺の所属を確認したら、聞いたこともない大学名が書かれていた。ぼくの怪訝そうな様子を察し、男性が補足してくれた。

「世間ではあまり有名じゃないのですが、優秀な研究者が集まる、素晴らしい大学です。私が言うのもなんですが、研究内容も実に先進的で、世界の有名大学に決してひけを取りません。例えば、あそこのあの方……」男性がとあるグループ中で喋っている白髪の初老男性を指差した。「同じ大学に所属しているのですが、ピラミッドパワーについて研究されています」

「……はっ?」

 ピラミッドパワー? 何それ?

「それに、あの方……」男性は別の男を指差した。「彼は昔、私と一緒に研究したことあるのですが、今は宇宙論を研究しています」

 こっちはまともそうな研究だ。

「そうなんですか……。観測ですか、それとも理論?」

「ええ、理論が専門でして、《真なる宇宙の法則》を探求されています」

「……真なる、宇宙の、法則?」

 宇宙論に関して、中高生向けの科学書籍に載っている程度の知識はあったけど、そんな単語は初耳だった。

「はい。相対性理論は聞いたことありますよね、アインシュタインの。あれに代わる理論を研究されています。既に相対性理論の間違いを幾つも指摘しています」

 マジですか! それって完全にトンデモ世界じゃない?

「……色んな、興味深い研究があるんですねえ」

 と、社交辞令を言ってみたものの、心の中ではドン引きしていた。博士の研究が可愛く思えてきたほどだ。

 しかし、言葉通り受け取ったらしい、男性の表情は誇らしげだ。

「どうですか、凄いでしょ。それに……」

 まだあるんですか! と、心の中で叫んでいた。

「私の研究は、超電磁砲です」

 また聞き間違いかと思った。超電磁砲って、ゲームなどで最高クラスの攻撃力を誇る超強力武器として登場するアレのことか!

「……軍事関係、ですか? どこかの国から助成を受けてるんですか?」

 超電磁砲なんて研究する国なんてあるんだろうか? アメリカのDARPAあたりならやっているかもしれないけど。

「いえいえ、違います。どこの国の援助も受けていません。ただ財団が全面的にバックアップしてくれて研究費に悩む必要はないのです。必要なリソースは財団がたちどころに準備してくれます。最高の研究環境、研究者の楽園だと言っても過言じゃありません。きっとドクターファウストも満足するでしょう」

「……どういうこと、ですか?」

「おや、聞いてないのですか? 財団代表のコーネリウスさんが、是非大学に来てほしいとドクターに言っていましたよ」

 初耳だった。博士を招きたいだなんてよっぽどな特異な話だけど、博士にはぴったりな世界かもしれない……。とにかく、後で博士に問いただしてみないと。

 男性は別の知り合いを見つけたらしく、ぼくのところから離れていった。

 それと入れ替わるように、江麻がぼくの元にやってきた。

 出席者の中でもひときわ華やかなパーティー仕様の格好をしているが、江麻はまだぼくたちの警護は継続中だ。その関係で時々お仲間さんたちと一緒に、船のあちこちを見回っているらしく、今まで会場で姿を見なかった。

「ちょっと時間ができたから、健吾の様子を見に来た。どう、楽しい?」

 彼女の手にはワイングラスが握られて、真っ赤な液体で満たされていた。……そこに入っているの、酒じゃないよね?

「いや、その……。落ち着かないというか」

 それに集まっている人が少々特殊……と、さっき会話した男性のことを思い出す。

「健吾も今からこういった場に慣れておくべきよ。明日、ドクターの研究内容が発表されれば、連日連夜こんな会に出席することになるから」

「そうかな……」

「そう、それだけ明日発表される研究は世界にインパクトを与えるの」

 突然、一際大きな笑いが湧き上った。見ると、博士とコーネリウス氏を中心にたくさんの人だかりができていた。

「ではドクター、今の学会は根本的に間違っているというのですか?」

 人だかりの中にいた初老の男性が言った。

「無論じゃ」博士は威厳たっぷりに語り始める。「今の学会には徹底的に異端な説を排除しようとする力が強い。それどころか研究対象と見なすことすら拒否する。例えばワシがこの前、チベットのシャンバラと恐竜新人類王国紀元説に関する論文を提出したのに、受け取りすら拒否してきおったわ。……昔はもっと自由闊達な議論の場であったはずが、実に嘆かわしい限りじゃ」

「それはきっと、ドクターファウストの才能を妬んでいるのでしょう。日本では出る杭は打たれると言うじゃないですか。ドクターの研究があまりにも秀逸で、その研究を認めてしまうと、自分たちの立場がなくなってしまうのです」

「それ以前に、ドクターの研究が崇高過ぎて、査読者の連中がその意味を理解できないだけでしょう」

 周りの人たちは全くその通りと、うなずきあっていた。

「まあ、それもあるかのう」博士は目尻を垂らす。

「全くその通りです」コーネリウス氏もうなずいていた。「そして、今の学会の体たらくにより、世界に、既得権益にしがみつく支配階級にとって都合のいい嘘と欺瞞がはびこる結果を招いてしまった。こんな状況を変えるため、我々財団は今回の研究会を開催したわけです。我々はドクターの研究を全面的にバックアップしていくつもりです!」

「それは大変ありがたい、ミスターコーネリウス」

 博士とコーネリウス氏ががっちりと握手をして、周囲の暖かい拍手に包まれていた。とても意気投合しているようだ。

「……なんか、凄いことになってるなあ」

 次第に熱を帯び始めた博士たちの輪は「打倒○○学会!」とシュプレヒコールを始めた。

 彼らを見ていると、ちょっと不安になってきた。本気なのか酔っているだけなのか分からない彼らの姿を見るために、今まで《権益者たち》の脅迫から耐えてきたのだろうか?

「どうしたの?」

 江麻が声をかけてきた。

「なんだかなあ、本当に明日の研究会で、世界は変わるのかなあって、不安に思えてきちゃって……」

 ぼくの視線の先では、博士が再び演説を始めていた。「マスコミにも問題があると思っておる。もっと世界の真実を客観的に……」

「まあ、彼らには無理かもねえ」江麻はぼくの不安の原因を察してくれたらしい。「……だから、健吾が頑張らなきゃ! 彼らに期待しちゃだめ。健吾が考える世界の平和と自由を、健吾の力で実現しなきゃ。明日の研究会はその第一歩に過ぎない。大変なのはこれから。……健吾ならきっと大丈夫。見た目とは裏腹に、意思が強いから」

 真っ直ぐぼくへ向けられた江麻の視線に、胸がかっと熱くなり、身が引き締まる思いがした。

 博士やコーネリウス氏のためじゃない。ぼくのため、そして江麻のために、明日の研究会を成功させ《権益者たち》を打倒するんだ。それがぼくに課せられた使命。ここまで来たら、最後までやり通し、彼女の期待に応えてみせろ!

「うん、頑張るよ」

 ぼくは力強く言った。「……でも、見た目とは裏腹って、酷くない?」

「えっ……?」江麻の目がぱちくりとなった。「……意志が強いところを強調したかっただけ、他意はないよ」

 ……いや、そこは他意があってほしい。

 するとここで、一人の黒服を来た男性が江麻のところへ近づいてきた。彼は江麻のお仲間さんたちの一人らしい。見た目は暴力団幹部の様で怖いが、物腰は落ち着いていた。

 二人は小声で何やら話し合い、すぐに男性は去っていった。江麻がぼくの方へ振り返った。

「健吾、わたしもう行くから。ちょっと呼び出しがあって」

「……仕事?」

「うん、そんなところ。……ねえ」突然、江麻の顔が赤く染まった。「あとで、健吾の客室に行っていい?」

「な、なんですと!」

 丁度食べかけていた北京ダックが喉に詰まった。

「……駄目?」

 甘えるような声で聞かれた。

 ま、まさかこれは……。

 豪華客船。世界に革命を起こす研究会前夜。

 そんな特別なシチュエーションにおいて、更に大人の階段を登ることになるのか!

「だ、駄目じゃないけど……」

 声がうわずってしまった。

「良かった、じゃあ後で」

 と言って、はにかんだような笑みを浮かべる江麻を見て、くらりと目眩がした。

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