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ファウストの永久機関  作者: 三好ひろし
3 神宮寺江麻の論証
16/30

16

「おい、しっかりしろ」

 昼休み、机に突っ伏していたぼくの肩を、森川が揺すってきた。

「気にするなって、たかが画鋲や教科書ぐらいで……」

「気にするなって言われても……」

 体を起こす元気もなくて、うつ伏せのまま答えた。

「なんか重症そうね」

 と、言いながら、本田さんも近づいてきた。

「ま、しようがねえよな。こう立て続けにいろいろあっちゃ……、例えば」

 森川が今日この半日で、ぼくの身に降りかかった様々な悲劇を本田さんに語った。

「朝、学校に来たら上履きに画鋲がは入っているだろ。それから、教室では、何故かこいつの机の上に椅子が置いてあって、机の引き出しに入っていた教科書やノートが辺り一面に散乱してたわけだ。それだけじゃない、体育が始まる前、更衣室へ行くために校舎脇の通路を歩いてたら、突然黒板消しが尾野の頭に落ちてきたんだ。こいつの髪は真っ白け、丁度その時、俺も一緒だったから、チョークの粉が俺の制服にまでかかってきやがった、だからこっちも被害者だ。あと……」

「まだあるの!」

「ああ、体育中も、バレーボールがこいつの後頭部に当たって、それから保健室に行こうとしたら、花壇に水やりしてた用務員のおっさんに誤ってバケツの水をぶちまけられ、保健室へ行ったら行ったで、保健の先生に痛み止めと間違えられて下剤を飲まされて……」

「ちょっと待って、さすがにそれはない」

 重たい体を起こして、森川の暴走を止めた。

「いいじゃねえか、脚色だよ、脚色。尾野の不幸っぷりを強調しようかと」

 森川は悪びれた様子はなく、憎らしげに口元が笑っていた。

「せんでいい。さすがに医療事故はまずいだろ」

 保健の先生が犯罪者になっちゃう。

「ちょっと、どこまでが本当なの?」

 本田さんが苛立った様子で森川を睨み付けた。

「保健の先生の件以外は、全部だよ」と、ぼくが代わりに答え、溜息をついた。「今日は散々だよ」

「おっちょこちょいのマンガの主人公が経験しそうなことを、ものの見事に再現してるなあ、こいつ」

 森川がぼくを指差しケラケラと笑っている。今この場にナイフがあったら、森川の脇腹を刺していたかもしれない。

「笑い事じゃないでしょ」本田さんが森川をたしなめた。「水をかけられたのは運が悪かったにせよ……、それ以外って、もしかして……イジメ?」

 本田さんの言葉にぼくの胃がキリリと痛くなる。

 まさか、高校にもなってイジメを受けることになろうとは。これまでさざ波を立てない人生を心掛けてきたというのに。

 しかしどうして突然、こんな仕打ちを受ける羽目になってしまったのだろう?

「どうしてだって? そりゃ決まってるだろ」

 森川が海外のテレビショッピングで見かけるようなオーバーリアクションで手を広げ、体をのけ反らした。

「何?」と、首を傾げる本田さん。

「妬みさ」

「「妬み?」」

 今度はぼくも首を傾げた。人に羨まれるような特技も能力もないはずだがなあ……。

「おいおい、マジかよ。胸に手を当てて良く考えてみろ、尾野。……お前はどういう手を使ったのか知らんが、この高校に来てたった三日目の美人転校生とイチャイチャしながら登校してきたんだぜ。しかもこいつには既に遠山さんがいるにも関わらず、だ。嫉妬して恨みを持つ男の一人や二人、いてもおかしくない」

「ええ、そんな! 彩夏とはそんなんじゃないって、何度も言ってるでしょ。それに江麻さ……、神宮寺さんともそんなつもりは……」

 横目で江麻さんの席を見た。彼女の姿は見えない。昼休みが始まった直後に教室を出て行ってしまったのだ。

「じゃあ、どうして一緒に登校してるんだ? それに遠山さんはどうした。今日は一緒じゃなかったんだろ」

「そ、それは……」

 江麻さんと一緒に登校したこと自体は、家が近いからで誤魔化せるが、彩夏と一緒じゃない理由を説明するのは難しかった。……って、そもそも彩夏と一緒にいることが当然だと、周りからは思われていたのか!

「おらおら、どうしてだよ。さっさと吐いちまいなよ」森川は取調室で被疑者に向かって尋問する豪腕刑事のような迫力で言った。「転校生に乗り換えやがったんだろ、このモテ男が!」

「だから、乗り換えるもなにも、彩夏は他に好きな人がいるし、それに神宮寺さんとだって、たまたま一緒になっただけで……」

「そんな言葉が信じられるか!」

 興奮で机を蹴りかねない森川の勢いに、ぼくは冷や汗を流し、椅子から転げ落ちないように必死に耐える。

 すると本田さんが助け舟を出してくれた。

「なるほど。森川を含めて、男どもが尾野くんを妬いているのはよく分かったけど……」

「おい、本田。俺を含めるな!」

「ハイハイ、……で、妬くのは分かるとして、だからって、ここまで陰湿なことする?」

「人の話を聞け」森川は小さく舌打ちした。「……最近の男子は結構陰湿だぜ」

 森川に釣られて周囲を見渡す。教室内で昼食を取っている男子たちは、こちらに視線こそ向けてはいなかったものの、意識じっとこちらへ向けているような、気がした。

「とにかく、こんなことが続くようなら何とかしないと、クラス委員としては放っておけない。……山ジイにも一言伝えておくから」

「そんな……、ことを荒立てなくても」

 ぼくの言葉に「だめだめ」と本田さんは首を振った。「こういうことはちゃんとしかるべきところに訴えないと」

「山ジイがクラスの問題を解決する、なんて気が全くしないんだが」

 森川は懐疑的だ。それにはぼくも同意見だ。あそこまで事なかれ主義が全身から溢れ出ている教師も珍しいだろう。

「別に山ジイに期待しているわけじゃない、毅然として訴える行動を起こすこと、それが重要なんだから」

「そんなもんかねぇ」

「そういうもの、……だと私は思う。とにかく、下手に怯えていてもしようがない。……ところで二人とも昼食は? 何か食べれば尾野くんも少しは元気出るでしょ」

「えっ、本田、お前俺たちと飯食うつもり?」

 予想外の申し出に驚愕の表情を浮かべる森川。

「何か問題?」

「べ、別に……」森川の言い方は歯切れが悪かった。「俺は、パンを買って来ている」

「私も今日は弁当……、尾野くんは?」

 本田さんに聞かれて思い出した。

 あれ、ぼくの弁当、どうなっているんだ?

 いつもだったら、彩夏が姉から託された弁当を持っている。でも今日、家に来たのは江麻さんだけで、彩夏はいなかった。じゃあ江麻さんが姉から弁当を託されているのだろうか?

 聞いてみようにも今近くに江麻さんはいない。でももし江麻さんが弁当を預かっていたら、教室から居なくなる前に渡してくれてもよさそうなのに。

 江麻さんに連絡をとってみるか?

 スマートフォンを取り出して、電話をしようとしたところで、拳法の達人でなくともひしひしと感じられるほどの殺気が周囲から伝わってきた。男子たちが目を吊り上げてぼくの方をじっと見ているのだった。江麻さんに弁当を持ってきてもらった、なんて話をしたら、この場で袋叩きにされそうな雰囲気だ。

「きょ、今日は、弁当じゃないんだ」

 とっさに、そう答えてしまった。

「じゃ、カフェテリアへ行きましょ」

 本田さんに従い、ぼくと森川は食堂へ向かった。


 カフェテリアはいつもと雰囲気が違っていた。普段は満員なのに、今日は明らかに生徒の数が少なかった。

 その理由は、食券機の前に置かれた看板を見てすぐに分かった。

〈本日、仕入れの関係で昼食は中止いたします〉

「マジで……」

 調理場を見たが、がらんどうとして配膳のおばちゃんたちは誰一人見当たらなかった。

「……本当、今日はついてねえな、尾野」

 森川がぼくの肩を叩いて同情の意を示してくれた。

「あっ、調理場は休みだけど、あっちの購買はやっているみたい」

 本田さんが奥を指差す。カフェテリアに併設されている、弁当やパンを売っている購買は営業しているようだった。

「先に席座っているから、さっさと買ってこい」

 森川に促され、ぼくは購買へ向かった。そして購買に並んだ弁当のラインナップを見て絶句した。

 卵、卵、卵!

 弁当もサンドイッチも卵料理で埋め尽くされていた。購買レジの脇に大きな垂れ幕があり、そこには白地に黄色い文字で〈世紀に一度の卵料理祭り 絶賛開催中!〉と書かれているではないか。

 ジーザス! どうしてこんな日に限って、ぼくが大嫌いな卵料理を前面に出してくるんだ!

 レジに立っていた購買のおばちゃんに卵料理以外はないのか? と尋ねたが、おばちゃんも困った表情を浮かべ、「ないね。……だってしようがないだろ、弁当業者が持ってきたんだから」としか答えてくれなかった。

 卵料理を食べるくらいなら、飢えた方がマシだと思っているぼくは、結局野菜ジュースだけ買って、森川や本田さんが待つ席に戻ってきた。

「お前、卵嫌いなの? アレルギーじゃなくて?」

 その話を聞いて、森川は希少生物を見るような目をぼくに向けた。

「うん……。ただ絶対に卵が駄目なわけじゃないよ。普通にカスタードシュークリームは食べられるし。でも、目玉焼きとか、スクランブルエッグとか、卵の存在が主張されている料理がどうしても苦手で……」

「初めて知ったぞ……、本田は知ってたか?」

「ううん」と、本田さんも首を振った。

 それはそうだろう、ぼくの好き嫌いなんて、家族かとても身近な人たちしか知らない。

「……変わった奴もいるんだな。しようがないから、俺のパンを少し分けてやろうかと思ったが、俺も今日は卵ロールなんだ」

 森川は〈卵たっぷり!〉と大きな字で書かれたパンの袋を取り上げた。「パンの耳ぐらいなら、分けてやれそうだけど」

「私のお弁当、卵をふんだんに使った炒飯に、おかずも野菜の卵和えなんだよね。昨日、スーパーで卵が安かったから」

 本田さんも申し訳なさそうに弁当箱を見せた。「プチトマトぐらいならあるけど?」

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