8月23日 2
今回は何?
『わからない、けど、近く起こる出来事だよ』と、スティーブン3世
前は教えてくれたじゃないかよ
『教えてあげたいのはやまやまさ、だけど、何もわからない今の状態じゃ無理、記憶がつながれば、思い出せるけど』
OK、とりあえず周りを見てみる事にした、薄暗いコンテナの中、ひしめき合うようにしてのる、日本人
『チチハルを出発して13時間たった車内だね、一度も止まることなく、永延と走り続けているみたい』
満員電車よりひどい、臭いし、暗いし、熱いし、痛いし、痒いし、前回汽車に乗る所で目が覚めたけど、座席とか無いの、窓もないし、これじゃ荷物扱いだ
『日本人の引き上げをする、列車は現地の人に、壊されたりして、満足な車両を用意できなかったみたいね』
汽車が揺れるたびに、身体かぶつかり合う、異様な空間
『汽車に乗れた人はまだいい方、現地に残った人はもっとひどいよ、ロシア軍、蒙古軍、八路達、みんな敗戦国である日本人を人とは扱わないからね』
俺は終戦した日に戦争が終わったと思っていた、終わった後も、こんな苦しい思いをしたのか・・・
『これからだよ、ジジィの話だと、もっと酷くなるよ』
今の俺は、ジジィの17歳の若い身体だ、それでも、39年間経験してきたどんな疲れより疲れてる
ふと、すぐ横の男の子が泣いているのに気が付く、顔と顔が、10センチも離れていないのに、今頃気付くなんて、相当混乱していたみたいだ、年の頃14.5歳、珍しく綺麗な顔をした男の子だ、泣きながら何かつぶやいている、なんだろう、うるさくて聞こえない、何とか身体を動かし、耳を男の子の耳元へ
「殺してください…殺してください…殺してください…殺してください…殺してください…殺してください…」
その男の子は、眼球が無かった、視線を、下に移すと、両手とも肘から先が無い、そして、後ろの嫌な顔をしたデカい男に、後ろから犯されている、時折苦しそうに開く口の中には、歯が一本も無い、舌を噛み切らない様にか、それとも、何か違う目的の為か…この満員電車よりひどい状態のコンテナの中で、極限状態のなかで…
その時、怒涛の様にジジィの、正吾の記憶が流れ込んできた、俺の記憶している出来事と、ジジィの話が繋がったらしい
『この子を救えなかったことを、悔やんでいるみたい』とスティーブン3世
救うって?
『殺してあげられなかったことを悔やんでいるね、記憶の中では、この子、あと何十時間も犯され続けるみたい、食料も、水もないこのコンテナの中で、生きたまま肉を食われ、血を飲まれながらね、そしてこの後、この汽車を降りるのだけど、その時食べる物が無くてね、この子を・・・』
やめろ!!
『ジジィ、60年以上たった今でも、このシーンが夢に出てくるみたい、今まで6時間以上、これから20時間以上、ずっとこの子の悲鳴を耳元で聞く事になるから』
それだけじゃないんだろ・・・
『そして汽車を降りたあと、食べたければ殺せって言われて、ジジィは空腹のあまりに・・・』
言いようのない悲しみと怒りがこみ上げた、誰に対して? スティーブン3世か?違う! ジジィか?違う!! 日本にか?違う!!! この状況を平和な国にいる事に胡坐をかいて、今日まで知ろうとしなかった自分自身にだ!!
くそっ、やる! やってやる! しかし、手も動かせない、この状態で、どうやって?
『どうしよう? でも、やらないと、君が死ぬ』
目の前の窪んだ黒い目から涙があふれ出で来る、俺も涙が止まらない、1つ方法を思いつき、俺は、その男の子に囁いたんだ、この騒音の中、そのやり取りだけはしっかり聞こえる
男の子は微笑み「ありがとう」と口を開き、舌を出した、俺は顔を近付け、男の子の舌を噛み千切った、男の子は、飛び散った自分の血で、俺に迷惑がかからないよう、口を閉じ、しんでいった。
俺の口の中には、いま男の子の舌がある
暖かい舌がある…
ふと、気付くと、ジジィの話を聞くふりをしていた、リビングで泣きながら眠っていた、口の中に違和感を感じ、さっきの夢の出来事を思い出して、慌てて口の中の遺物を手で取り出す、出て来たのは、味の無くなった、酢昆布だった
その時、正面のガラスに映る泣いている俺の姿、肩には薄い毛布らしきものが掛けられている
『ジジィ、思い出、変わったみたいだね』と、スティーブン3世が俺に話しかける。
あぁ・・よかったな、ジジィ、と言いながら、俺は、さっき吐き出した、味の無くなった酢昆布をもう一度口にほうばる