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ハロルド・ジス・アルカディア

 「そうだ、テオロギアは腐肉しか食わねぇんだぜお嬢ちゃん」

この物語は毎回語り手を変えて話を進めていく方式を取っており、最初と最後は主人公である私、ハロルド・ジス・アルカディアが務めます。口下手で感情表現が出来ない不束者ですが、読み終わった時、皆様の心の片隅に少しでも残して置いてもらえるような物語となっていれば光栄です。頑張りますので何卒宜しくお願いします。

「おい、ちゃんと聞いてんのか?」

「ねぇ親父! 向こうに黄色い蝶々さんが飛んでるよ、ほらあすこ!」

「・・少し黙っててくれシュイ。今このお嬢ちゃんに、俺達親子の仕事の偉大さについて説いてやってんだ。蝶々なら後で何度でも見てやるから」

「うん、じゃあ黙ってる」

「たく・・・、すまねぇなお嬢ちゃん。で、話の続きなんだが」

「・・はぁ」

私は今、自分の勤務している『ななし』駅の屋根付きホームの上で胡坐をかき、同じように腰掛ける二人組の男性の声を上の空で聞いています。一人は八ックという豊満で薄毛の初老男性、もう一人はシュイという若く痩せ型の長身ではありましたが、体を小刻みに揺らして、落ち着きがないような男でした。私が少しでも余所見をしようものなら、ハックさんが注意してきます。なにゆえ私がこんな状況に置かれているのか、これから事の経緯を説明したいと思います。



雲行きが怪しいと思ったのは、鉢植えの花に水をやろうとした時でした。長年愛用していたブリキ製の如雨露が壊れたので、代わりにティーカップで水を汲んでホームに並べてある鉢の所まで行く途中、上空に黒雲を見つけました。急いで複数ある鉢植えを駅長室に運び込むと、案の定、数分後には激しい雨が降ってきました。私はラジオやテレビ等の情報受信装置を所有していないので、天気の良い悪いは大体こんな感じて察しています。一年近くこの駅で下車される客様がおられないので、一日の大半は就寝しているこの頃。

なので、今日も早い目に業務を切り上げ床に就くことにしました。けれど、鉢植えがこの部屋のスペース陣取っているため、仕方なしにテーブルの上で寝る事にしました。

大きな欠伸をしてからテーブルにあった白いモーフに包まり、今日の活動を終えようとした時に遠くから汽笛が聞こえてきました。正直、億劫だったのですがこれが私の仕事のため、眠い目を擦りながらホームへと出て行きました。


列車には、先ほど紹介したハックさんとシュイさんが乗車しており、ホームに降りて辺りを見回し私を見つけるとこっちへ駆け寄ってきました。

「なぁお嬢ちゃん、ここは『無題』駅でいいんだよな?」

「はい、そうですが」

「駅のお姉ちゃん、カサブソバッタって絶滅危惧種だけど、気性が荒いから市場では安値で取引されてるんだよ。駅のお姉ちゃんはどんな果物がすき?」

「・・・・?」

「俺はハック。こっちはシュイで俺の倅だ。数年前から精神的に病んでてな、普通の会話ができねぇんだ。まぁ、気にせんでくれ」

そう言ったハックさんが名刺を差し出してきたので、私はお礼を言ってからそれを受け取り、拝見させてもらう事にしました。

「・・・スニグレネス? 会社の名前か何かでしょうか?」

「その通りだ。俺達はこの駅で一仕事をしに来た。つうわけでお嬢ちゃん、あんたにも協力してもらうぜ」

「・・・何故ですか?」

「調べは付いてんだハロルド・ジス・アルカディア。手荒な真似はしたくない。大人しく俺達に従ってもらおうか」

ハックさんは懐から拳銃を取り出し、私に銃口を向けてきました。ショートリコイル式のW-74TENという古いモデルの銃です。

「・・珍しい物を持ってますね」

「おっ、分かるのか。こいつが一番使い勝手がいいんだ。だが、女を撃つことは俺のポリシーに反する。お嬢ちゃんみたいな子なら尚更だ」

「・・フェミニストなんですねハックさん」

「故郷の教えだ」

とりあえず、この方々は一応客人なわけなので、私は渋々ハックさんに従う事にしました。



『スニグレネス』、世界中に蔓延る魔物や怪物、襲機(第二次アルカディア大戦以降に登場した意思をもつ無人機械兵器。終戦後、各地に野放しにされている)などの討伐を生業としている社団法人であり、社員数は1000人を超え、討伐した相手の優劣により、報酬が支払われるようになっているそうです。※ハックさん談

「それでよ、今回の標的は『テオロギア』って奴なんだ」

ハックさんは私に言い聞かせます。

「未だ嘗て、誰も確認したことの無い正体不明の獲物だ。分かってる事は相当な手練れという事と、人間の死体を食らうということだ」

「人間の死体を・・ですか?」

「そうだ、テオロギアは腐肉しか食わねぇんだぜお嬢ちゃん」



それから、ハックさんは長々と過去の功績を語った後、ようやく本題を話しました。

「テオロギアの出現場所は、この旧アルカディアだと極秘のルートから情報を得た。だか俺達には土地勘がねぇ。そこで、お嬢ちゃんには道案内を頼みたいというワケだ」

「・・・私も長い間この駅に務めていますが、そのような化け物とは遭遇した事がございません。その情報は間違いではないでしょうか?」

「いや、信用できる情報屋から買ったんだ。あいつが嘘をつくわけがねぇ」

「情報屋?」

「カルマって名前の女だ。裏社会では結構な有名人なんだぜ」

「・・またか」

私は溜息を付きながら、隣に居たシュイさんが線路に出て、嬉しそうに雨にうたれているのを見つけました。生憎、雨脚は衰える事を知らず、それどころか激しさを増しているように感じました。

「・・・・」

傘は二本しかありません。第一面倒臭いですし、彼らに付き合う義理もありませんので、同行を拒否しようかと思いましたが、ハックさんの熱意と報酬への貪欲さに押され、私は折れました。部屋に戻って傘とランタンとコンパスを持ってきて、ハックさんとシュイさんに傘を渡し、ハックさんは私に使えと言ってくれましたが、態々この駅に出向いてくれた客人を雨に曝すわけにはいかないので丁重にお断りしました。



断っておきますが私自身、この旧アルカディアの地を全て把握しているわけではありません。それに大戦後には焼野原になってしまいましたし、今は見渡す限りの草原が広がっているだけなので、コンパスがないとたぶん駅に戻ってこられません。そしてこの悪天候の所為でとても視界が悪く、数十メートル先が見えない状態をランタンで照らしながら進んでいきます。風はあまり吹いてしませんが降り注ぐ冷雨のお蔭で相当体が冷えてきました。

「お姉ちゃん大丈夫? お姉ちゃん大丈夫?」

先を行くシュイさんが振り返って、顔を覗き込んできます。

「ええ、私の事はどうかお気になさらずに」

私は無表情のまま会釈し、濡れた前髪を掻き分けて並んで歩いていたハックさんの方に体を向けました。

「シュイさんの病気は、先天的なものですか?」

「・・いいや、長い間こいつがいた環境がこうさせちまったんだよ」

「と言いますと?」

「倅は殺しで、十年間独房にぶち込まれてたんだ」

ハックさんは顎に右手を当て、何かを思い返しているようでした。

「俺も何度か面会に行ったが、あの閉鎖空間で気を違えない方が異常だと思った。10リーヨ(6畳位の広さ)の牢獄に受刑者4人分のベットがあるだけ。糞も尿も床に垂れ流しにしてるから、鼻のもげそうな悪臭がしやがった。奴隷同然の肉体労働が朝から晩まで続いて、おまけに飯は家畜の餌みてぇのを食わされてる。唯一の憩いが就寝だったそうだ」

「・・・ホルメット収容所ですか?」

「その通り、世界で指折りの極悪犯人がお泊りする刑務所だ。まぁお嬢ちゃんには今後も縁のない所だろうがな。確かに倅のやった事は許される事じゃない。だが、あそこは非人道の極みだ。看守は受刑者をゴミみたいに扱ってやがる」

「元々は、大戦の戦犯を投獄する為に建設されたそうですね」

「・・・まったく、いつの時代も戦争つうのは胸糞悪いもんしか生み出さないな」

「仰る通りです」

それからまた足場の悪い地面を歩き出しました。しかし、ただ闇雲に歩みを進めているだけなので、ハックさんの言っていたお目当ての「テオロギア」どころか、虫や鳥さえ姿を現しません。天候は少し小雨になってきたようにも感じましたが、未だに視界は悪いままです。探索を切り上げる権限は私にはありません。これでも一応、脅されている身ですので自分から駅に帰ろうと言える立場ではございませんから。けれど、正直これだけ長時間歩いて何の手掛かりも見当たらないのですから、そろそろ諦めてもよい頃だというのが本音です。時折、何となく諭してみるもののハックさんは

「千載一遇のチャンスなんだ。そう易々と引き下がるわけにはいかねぇ」

の一点張りで、聞く耳を持ってくれません。


 次第に雨は止みました。

それでも上空は黒い雲で覆われていますが、視界は段々と晴れてきています。

「・・・・」

不覚にも、私はようやく現在地を把握できたのです。

「ねぇ親父、すごく深い谷だね」

「あぁ、底が見えねぇ」

シュイさんとハックさんが崖の下を覗き込みます。底が見えないどころか、向こう側の崖も見えませし、横に果てしなく広がっています。

「ここはアルカディア渓谷です。隣国との国境代わりになってるんですよ」

「これも戦争の産物か?」

「そんなところです」

私はここへ二度と来る事は無いだろうと思ってましたから、少し複雑な気持ちになりました。しかし、ここはあの頃と何も変わっていません。それが余計に私の心を重くしている理由なのでしょうか? それでも私は表情を変えません。変えれません。

「と、感傷に浸っている場合ではありませんね。兎に角、これで探索は御仕舞いです」

「? 何故だ」

「これから先は隣国の領土となりますので、私が道案内できるのはここまでです。それにここは強い磁場が発生しているので、コンパスが狂ってしまわないうちに駅に戻りましょう」

「なぁお嬢ちゃん、本当に心当たりはねぇのか?」

「そんな化け物が実在するのなら、私もお目に掛かりたいですよ」

「・・・ガセネタだったのか。情報屋め、唯じゃおかねぇぞ」

ハックさんは悔しそうな顔をして、谷に向かって唾を吐きかけました。シュイさんも面白がって真似をします。下品、少しそう思ってしまいましたが、口に出すような事でもないので、来た道を引き返そうと轍に沿って歩みを進めようとしました。

「ねぇ親父、お姉ちゃん、何か聞こえない?」

不意にシュイさんがそう言いました。

私が恐れていた事態、そういう事のようです。上空から聞こえる微かなエンジン音が私の心拍数と比例するかのように近づいて来るのが分かりました。



「この音、まさか襲機か?」

「・・・ハックさん、シュイさんを連れて、なるべく遠くへ逃げてください」

「何する気だ、お嬢ちゃん」

「話し合います」

「バカ! 相手は心を持たねぇ機械だぞ!?」

「・・・お願いですから早く行ってください」

少し命令口調になってしまったのは、きっと動揺していたからでしょう。このままじゃ、この二人は殺されてします。表情に出せませんが私は必死でした。

「来た道を走って下さい。そうすれば駅があります。今なら最終に間に合うはずです」

「テオロギアはどうなる? 何の手掛かりもないまま帰れってのか」

「命あればきっと会えますよ。彼は逃げません」

「・・彼?」

「さぁ急いで!」

久しぶりに声を荒げたので、喉の奥がビリッとしました。ハックさんはそれ以上何も聞かず、シュイさんの手を引っ張って駆けだしました。やはり年の功でしょうか。物分りのいい方で助かります。そして私は、あのエンジン音がもうすぐ傍まで来ているのを感じました。100、50、25、10、5メートル。等々、襲機が私の目の前に降りてきました。真っ黒い装甲と鋭く長い爪を持った襲機です。ひどく殺気立っているようです。

「Oahdohodo、cfabodsojVo(国境侵犯のため、貴様を排除する)」

その襲機はアルカディア語で話し始めました。

「Oahdohodo? ahdoanclopapdsadpjapdp(国境侵犯? 私は何もしていませんが)」

「IIad、sohoduuuuchi! (とぼけるな、唾を吐いたのは貴様だろ!)」

「HW? (はぁ?)」

「Qslpaidpajodh cnchsay(これは紛れもない重罪だ よって死刑を執行する)」


意志があるとは言え、所詮は襲機なので単純な奴のようです。

私は久しぶりに話したアルカディア語を懐かしむと同時に、無表情のまま唇を噛みしめました。そしてその真っ黒い襲機に向かって言います。正確には襲機の後ろにいる彼に、ですけど。

「Yufy、fdtlooidflycvlo(テオ、迷惑かけるね)」



※※※※※※※



戻ったホームには、置手紙がありました。

「恩に着る。お嬢ちゃんに幸あれ!!  ハックより」

律儀な方ですね。とても悪人とは思えません。また是非会いたいものです。

「・・・・・・」

「・・・どうしたのテオ?」

私の後ろに居る甲冑を着たとても大きな騎士が、私に一輪の花を差し出してきました。

「そっか、今日は私の誕生日だったね」

その花を受け取り、テオロギアを見上げます。大戦直後は草木も永遠に生えてこないだろうと言われた不毛なこのアルカディアに、25本目の花が咲いていたようです。

「ありがとう」

私がお礼を言うと彼は翼を広げ、雨上りの夕暮れ空に帰って行きます。

形を失くした彼からのプレゼント、また一つ鉢植えが必要になりました。





















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