寸止め
コツコツと靴音を鳴らして階段を駆け上がる。
いつもより2時間程早く来たので、あたりは静まり返っていた。
経費節約のために電気の消された廊下は窓からの明かりがあるとはいえ、ほの暗い。
キィ……小さな音を立てつつ扉を開くと、部屋には明るく電気がついていた。
誰かいるのだろうか?ざっと部屋のの中を見回すと、机に突っ伏して一人の女性が熟睡している。
背中の半分ほどまで一つにまとめた髪が覆っている。
枕になってしまっているこの紙は……レポート用紙、だろうか。
名前なんかが書いてないかと期待したけど、体が邪魔で何が書いてあるのかは読めない。
(とりあえず、起こしてあげた方がいいのかな)
レポート用紙があることからも俺と同じく課題か何かをしにきたのだろうし、見つけてしまった以上放っておくのは悪い気がする。
「―――おーい、朝なんですけど、起きた方がいいですよー」
「ん……」
軽く肩を揺さぶると、すぐに目を覚ましてくれた。
むくりと目をこすりながら起きあがるその仕草に既視感を憶えて頭をひねる。
まだ焦点の合わない瞳と目が合って、同時に彼女がつきあって間もない恋人、魅莉だと分かった。
どちらからともなく話だす。
「珍しいね、こんなとこで寝るなんて」
普段はしっかり者で、少なくともこんなところで眠り込んでしまうようには見えない。
「……不覚だった。首も背中も、変な寝方をしたせいで痛い」
むっつりと不機嫌な顔をしてるくせに可愛い。そんな風に思ってしまうのは惚れた欲目だろうか。
「で?部室に泊ってまで何してたの」
「ぼく?………秘密」
「言えないようなことなんだ、へえー」
内緒にされたことが面白くなくて、八つ当たり気味に頬にキスを落とす。
俺からすればそれだけにしておいた、という感じなんだが、魅莉はがったーん!と椅子を倒し尻もちをついている。面白いくらいびっくりしてくれて、なによりだ。
腰が抜けているのか、そのまま立ちあがってこない魅莉に手を貸そうと立ち上がったけど、途中で考え直して彼女の前にしゃがみこむ。
僕が歩いて行くと魅莉が壁際まで逃げていったから、追いつめたような形になってしまった。
まあいいか。
「魅莉」
「何だ」
さっきのことを警戒しているのか、微妙に距離をとられている。
なついているかと思えば逃げるし、まるで猫みたいだ。
「俺ね、魅莉のこと大好きだよ」
「―――っなんだ、急に」
「あのね、俺の前でだけ『私』が『僕』になるとことか、渋いお茶が大好きなとことか、ときどきドジったりすると真っ赤になって逃げ出しちゃったりするとことか、全部、全部大好き」
「何の嫌がらせだ、それは」
「そうやってすぐ早とちりするところも好き」
嫌がらせなんかじゃないよー、という意味をこめて即答するが、苦虫をかみつぶしたような渋い顔は変わらず、少しだけため息がこぼれる。
分かってはいたけれど想像以上にいい反応を見せてくれなかったのがつまらなくて、1人にらめっこでもするように魅莉の顔をじっと見つめる。
「あ、ちょっとだけ照れてる」
「うるさい!」
うっすらと、本当にうっすらとだけど、頬の色がいつもより紅い……気がしたから言ってみただけなんだが。
間髪いれずに答が返ってきたのは図星だったからだと思っても許されるだろうか。
「大体いきなりすぎる。なんなんだいったい」
「いや、今日は魅莉の誕生日だし、ねえ。たまにはバカップルするのも悪くないかな~って思ってさ」
さっき思いついたからやってみただけなんだけど、そこはまあ、ね。
いつもどぎまぎさせられてるんだ、たまには反撃したって天罰は当たらないと思う。
「誕生日!」
「気付くの遅いし~……ほら」
ウエストポーチからきれいに包装されたプレゼントを取り出して魅莉の掌に載せてやると、それだけでも目元がほころぶのが分かる。
すっかり忘れていた割には喜んでくれて何よりだ。
「開けても?」
その目がさらに喜色をたたえるところを見られないのは残念だけど……
「家に、帰ってからでお願いしますっ」
考えるだけで顔が火を噴きそうだ。
少し遠出して見つけたガラス細工のストラップ。繊細なその白鳥は、彼女によく似合うだろう。
良いプレゼントに浮かれていたのかもしれない。
白鳥と一緒に渡されたメッセージカードに、魅莉の笑顔が連想されて。
きっと喜びますよ、そういった店員さんの声がよみがえってくる。
ほんとに喜んでくれるだろうか。字を間違えてはいないか。
たった一行、されど一行。ない頭を必死にひねって考えて辿り着いた会心の一言。
不安と心配が渦を巻いているけど、それでも楽しみの方が大きい。
「覚えててくれてありがとう……楽しみにしてる」
甘えるようにもたれかかってきた魅莉を控えめに抱きしめる。
「ところで、何か用事があってきたんじゃなかったのか?」
「え?」
「ほら、もう6時30分だ」
あんなに早く来たのって理由があるんじゃないのか?という魅莉の言葉で一気に現実へ帰る。
「やばい……っ」
あわててロッカーに行き中を捜すとあっさり課題のプリントは見つかった。が、量が半端でない。
溜めこんでしまった過去の自分が恨めしい。
時間的にはもうアウト。
こうなってしまうと逆に余裕が出てくるもので、焦ることなく扉へ向かう。
「あ、そうだ」
思い出したという体を装って魅莉を手招く。
腕の届く距離まで来たところで引き寄せる。
「またねのキス」
目を閉じて顔を近づける。――が、唇に触れたのはみずみずしい唇ではなく……
邪魔をしたのは色白な誰かさんの指だった。
確かに柔らかくはあったけれど、俺が触れたかったのはそれではない。
「ケチ!」
なんとでもいえ、不敵に言った魅莉の唇が弧を描き、
「プレゼントのお返しだ」
今度こそ妨害されることなく、それは静かに重なった。
どうだとばかりに勝利を宣言する魅莉に、かなわないな、と感じる。
いつだってドキドキするのも、緊張するのも俺。
悔しいもするけれど……こんな笑顔を見れるなら、それだけで十分な気がするしなぁ。
「僕だって、やられっぱなしじゃないんだからなっ」
「え、やられっぱなしって?」
「えっ……いや、それはその」
うー、だのあー、だのと唸る魅莉を見て初めて気がついた。
「それはその――いつもドキドキさせられてるからっていうか、そんな感じだよ」
「おあいこだったんだな」
「は?」
「内緒」
どれだけ君に惚れてるか、なんて教えるわけないだろう?
はじめまして、あるいはこんにちは。
お目にかかれて光栄です。
まだまだ拙い文章ではありますが、最後まで読んで頂きありがとうございましたっ!
私としては甘さ控えめにしたつもりなのですが、いかがでしたか?
お口には合いましたでしょうか?
感想など頂ければ幸い……というかパソコン抱えてくるくる回って喜びます。いえ、本当に。
あまり長くなっても仕方がないのでこの辺でひとまずさようなら。
またどこかで会えることを祈っています。
企画【それは甘い20題】月蝕さんの活報から抜粋
皆の書いた穏やかで幸せな2人のお話が読みたいという気持ちからこの企画は発足しました。
幸せな二人なので異性・同姓は問いません。過激な内容(エロ・グロ・この場合はギャグなど)は受け付けておりませんのでご了承下さい。
文字数は制限いたしませんが1000文字以上を目安に考えていただけるといいと思います。
後日お題を活動報告に貼り付けるので(10~20個位にしたいと思っています。)お好きなお題を選んで第二希望まで選んで私まで送ってください。
お気軽に参加してみてください。皆さんの優しいお話を待っています。