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7/10

7 企画は準備期間よりも内容で勝負

男運が無い女王様視点です。



本部にも社長が担ぎ込まれた病院にも近いエドのペントハウスのキッチンで、あたしは腹立たしげに卵をかき混ぜていた。


過労と軽い胃炎ですって?


あんなにデカイ図体をして笑っちゃうわ!


そんなに繊細な神経を・・・持ってた事は知ってたけど、あんなにあっさり倒れるってどーゆーコトよ!


管理職としての自覚が足りなさ過ぎだわ!


あの人は自分がどんな地位に居るのか本当に理解してんのかしら?


いつも偉そうに部下に指示を出してる癖に、肝心な処で抜けてるわ!


倒れるなんて!




確かに、会議でエドに遣り返した時には、不覚にもカッコイイと思っちゃったけど。


その後で、あんな事になっちゃ台無しよ!


あたしはプンプンと怒りながら、お米をとろりと煮込んでおかゆを作り、茶わん蒸しと餡かけ豆腐と言った料理を作り上げた。


「エリィがここで料理を作ってくれてるって言う状況は夢みたいだが、それを食べるのが僕じゃない事が残念だね」


部屋の持ち主であるエドが気障ったらしくそう言った。


ケッ!寝言をほざいてんじゃないわよ。


これだけ遣い込んであるキッチンに立った女性は数えきれないほどいる癖に。


あたしはエドを一睨みしただけで無視した。


こいつ等とは言葉を交わした時点で負けになるのだ。


頭の回転がイイ奴等と対等に口喧嘩は出来ない。


「ねぇ?そんなに献身的なのは彼が上司だから?それとも、もっと別の理由からなのかな?」


男の癖に色気を振りまいて訊ねて来るんじゃねぇ!


背筋がゾッとして鳥肌が立っちゃったじゃないの!


あたしはエドのフェロモンを無視して、出来上がった料理をてきぱきと詰め始めた。


「ありがとう、エド。キッチンをお借りできて助かったわ。じゃあね」


ニッコリ笑ってエドの質問は全てスルーした。


「やれやれ・・・彼は僕が見込んだ人物だけどね、それをこんな風に後悔する日が来るとは思っても見なかったよ」


・・・勝手に言ってろ!






病室を訊ねたあたしは、嬉しそうにあたしの手料理を食べてる社長を見ている内に腹が立って来たので、ついつい、キツく詰ってしまった・・・上司なのに。


おまけに、そんな態度のあたしを見て、最初は茫然としてたくせに、段々とニコニコして来ちゃって・・・アンタはMか?ってのよ!


あたしに叱られながらも嬉しそうに料理を完食してくれた社長は、普段オールバックにしてる前髪が下りてていつもより一層若く見える。


不覚にも、カワイイとか思っちゃうくらいに。


クソッ!社長のクセに生意気だわ!


ヘタレのクセに!


穏やかでも腹黒そうな内田さんにも色々と叱られたらしく、あたしの前では殊勝な態度に変わっていた。


まあ今回の事は自分でも悪かったと反省しているんだろうけど、仕事中の不遜な態度とギャップがあり過ぎるわ。


不気味ですらあるかも。






「枝里、今日、入院した上司に手料理差し入れたってホントなのか?」


ああ、そう言や、コイツもこっちに居るんだったっけ。


あたしに話し掛けて来たのは悪魔の様な双子の従弟の片割、こっちで研修医をやってる真吾だ。


こいつもあたしと同じく1/4しか外国の血を引いてない癖に、小さい頃からベタベタと引っ付いて来るスキンシップ過剰なヤツだ。


「重いよ~」


後ろから抱きついて背中に圧し掛かんなよ!


アンタはデカイんだから、あたしなんかじゃ簡単に押しつぶされちゃうだろ!


「酷いな、枝里。俺と言うものがありながら浮気すんの?」


何が、浮気だ!


「アンタはマザコンなだけでしょうが!」


そうなのだ、コイツは過度のマザコンで、あたしがコイツの母である伯母に小柄な事と髪の色が似てる程度の事で、やたらと纏わりついて来てた。


だが、あたしは年下の男はゴメンだし、第一コイツも性格が悪い。


綺麗な顔して蒼司もビックリの二重人格者なのだ。


「違うって言っても、枝里は信じないんだろ?」


当り前だ!


誰が好きな女の子に催眠術を掛けてまで言う事を聞かせようとするのか?


「あ~あ、俺も親父みたいにさっさと遣っちまえばよかった」


物騒な言葉を聞いた気がするが、無視よ無視!


コイツ等の両親の馴れ初めについては、色々と真偽の程が怪しい噂があるから。


「離せよ!変態!」


いつまでも圧し掛かってる真吾にあたしは肘鉄を食らわせた。


「てっ!相変わらず容赦ねぇなぁ枝里は」


そう言って笑いながら離れた真吾は優しいのだと思う、変態だけど。


従兄弟たちはみんな中身が最悪で最低な人間ばかりだけど、彼等なりにあたしを心配してくれてるのは判ってる。


だからと言って、感謝する事はしないけどね。


あんた達は、もっと人並みに身内を労わる術を覚えるべきだと思うから!


それに、あたしはこいつ等から幾らチヤホヤされようと、迫られようともその気になる事は絶対にしない。


だって、親戚と言えど育ちが違い過ぎるし、あたしには苛められて喜ぶような趣味は無い。


従兄弟たちはみんな、金持ちの所為か横柄で横暴で俺様だ。


どんなに美形でも、それを許容できるのはM属性の女だけだって!


あたしは真っ平ごめんよ!






四半期決算の報告会を兼ねた会議は、社長の入院騒ぎがあったにせよ、無事に終わり、あたし達は予定通りに帰国した。


別れ際に内田さんは「無理せず頑張って下さいねぇ~」と相変わらず気の抜けたような励ましをしてくれた。


誰に?言ってるって?


彼から引き継いだあたしの仕事についてなのかも知れないし、社長の事かも知れない。


あたしは帰りの飛行機の中で、じっと社長を見詰めてやった。


「な、何かな?」


「いいえ、別に」


あたしの視線に気づいた社長は怯えた様に訊ねて来たが、あたしは内心で『ヘタレ』と呟いただけに止めた。


ふう・・・社長があたしに対して抱いてる好意は疑い様もないと思う。


内田さんは中国に赴任する前から気付いていたらしいし、蒼司にも、朝霧さんにも、エドにも、キースですら気づいてたみたいだし。


内田さんが言うには、社長は内田さん以外には気付かれてないと思ってたみたいだけど。


間が抜けてるにも程があるでしょ?


あたしの差し入れに対しても、嬉しそうに礼を言う以外は何もナシ。


倒れた事にしても、もちろん仕事で無理をした所為もあるんだろうけど、どうやらあたしの事も一因に含まれるらしいし。


はああ~どうしたもんかな?


初対面の時よりは格段に上がってる好感度だけど・・・美形の従兄達を見慣れているあたしにとって顔の良し悪しは大したプラスにはならない。


身長もあたしが百五十五ぐらいだから(デカイ従兄弟たちに比べたら小柄だと言われても仕方ないかもしれないけど日本人女性としては平均だと思うのよ!)プラス二十位の彼は高過ぎず低過ぎずで丁度いい感じだし。


今でも鍛え続けている、スーツの上からでも判る筋肉の付いた身体も悪くない。


何より仕事の時の彼は・・・まあ決まってるし。


年の差も、前は八つは離れ過ぎでしょう?と思ってたけど、入院している時に見た前髪を下ろした社長は幼くすら見えて、キースにロリだと言われる程童顔なあたしと一緒に居ても平気かな?と思えて来たりして・・・


まあ、要はかなりあたしもその気になっては来てるんだけど。


決定打に欠けるのは、何よりはっきりしない社長の態度かな?


告白どころか、食事にすら誘えないってどうよ?


ここはあたしが動かないとダメなのか?


いやいや、それってどうなのよ?


確かに、女性からアクションを起こす事だってアリだとは、あたしも思うけど。


やっぱ、女の子としては納得出来るロマンチックなアクションを起こして欲しいもんじゃない?


でもなぁ・・・この人は尻を叩かれなきゃダメなのかもねぇ。




「社長」


あたしは結局、このヘタレの為に自らアクションを起こす決意をした。


「ん?」


「あたしももうすぐ三十路ですし、結婚相手について色々と考えてはいるんですよ」


「そ、そうなのか?」


ああ・・・ダメかな?こりゃあ・・・ここは『まだまだ三十路には遠いだろう?』って言うとこだろ?


いやいや、折角だから、もちっと頑張って見るか!


「ええ、やっぱり理想としては公務員が一番ですよね?安定した収入といい将来性といい。ピカ一だと思いませんか?」


これはあたしの本心でもあるのだが、憧れるよね公務員・・・国家をバックに持つ安定性ってのには。


「・・・そうかもしれないな」


ゲゲッ・・・こりゃ本当にダメダメだわ。


あたしは努力を放棄して、不貞寝を決め込む事にした。


フン!コイツがどうして今まで独身だったのか?


当然だわ!こんなにヘタレてるんじゃ!


一生独身でいろ!


怒りのあまり、直ぐには眠りに就く事の出来なかったあたしに、社長のおずおずとした声が聞こえて来たのは、怒りも治まり掛けてウトウトとし始めた頃だった。


「その・・・田村さんは政界に興味があるのかな?」


はあ?


「政治家も国家公務員だし・・・」


「はあ?」


あたしは思わず大きな声を上げてしまった。


政治家って・・・確かに国家公務員ではあるけど、あたしが言ってた公務員ってのは事務方の官僚あたりのつもりで言った事だってのは誰にだって判る筈だろうに。


何考えてんのコイツは?


「その・・・今更公務員試験を受ける訳にも行かないし・・・」


だからって何故に政治家?


「・・・あたし、政治家って身内に居て欲しくない職業ナンバーワンだと思うんですよ。厭くまであたしにとっては、ですけど」


思わず声も低くなっちゃうよ、怒りのあまりに。


「だって、妻や家族に散々手間を掛けさせて選挙に参加するだなんて愚の骨頂ですよ!お金も掛かるし、気も遣うし。それで運良く当選しても、安定性とは程遠いでしょう?いいイメージもありませんしね。あたしは政治家の妻だけにはなりたくないと思ってますね」


誰が好き好んで政治家の妻になって苦労したいと思うんだよ!バカ!


「もちろん、社長が政界進出にご興味がおありだと仰るなら、頑張って下さい。遠くから応援させて頂きます」


にっこりと笑って伝えたあたしに、社長は「いや、その」と慌てている。


ホント、馬鹿だ。


あたしは毛布を被って知らん振りをする事に決めた。


そんなあたしを見て「あ~」とか「う~」とか呻っていた社長だったが、そのうち静かになった。


公務員がイイとあたしが言ったからって政治家と答えて来るとは、ホントに・・・ホントになんてヤツなんだろ?


あたしは次第におかしくなって笑いを堪えるのが辛くなって来た程だ。


まったく・・・彼は素直で可愛い人だ。


これで八つも年上だなんて思えない。


普段は冷静に仕事をこなす裁量を持っているって言うのに、あたし如きが言った戯言を真剣に受け止めるなんて。


バカで愚かだけど、愛しさが込み上げて来るな。


あ~あ・・・これが決定打ですか?


ううん、これだけじゃ簡単に納得出来やしないわ!


あたしだって恋愛や結婚にはそれなりの夢や希望ってモンを持ってるんだから!


あたしが思い描いていた将来ってのは、教師になって五・六年務めてから同僚(公立校なら公務員でしょ?)か上司に紹介して貰って結婚して産休を取って二・三人出産してから職場復帰するのが理想だった。


まず、教師になる段階で挫折してるからそれは諦めるとしても、結婚相手が公務員、くらいの夢は叶えられるかなぁって思ってたのよ。


公務員である蒼司の父親の伯父様辺りのコネを使って(ホラ、部下とか紹介して貰うとかさ)。


そろそろ伯父様にお願いでもしようかな?と考えてたところで今回の人事異動があったワケで。


三十路までには猶予がある、と正直考えてはいるけど、生涯独身を貫くつもりが無いあたしとしては、これから真面目なお付き合いをするなら、それは結婚を視野に入れた相手となるのが当然でしょ。


今まで従兄弟たちの影響で男を見る目が厳しいと、自分でも周りからも言われているあたしが、その気になった初めての人だと言ってもいいのだ。


きっちり決めて貰うわよ!


じゃなきゃ許さないんだから!






さて、漸くその気になった女王様に下僕はどう出るのか?

次はヘタレ返上なるのか?


次回はヘタレ視点でお送りいたします。


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