4 競争は公平な条件の下で
ヘタレ上司視点です。
嫌がられる事は判っているんだが、一緒に行きたくて強引に参加して貰った懇親会に、着替えてから合流した彼女は、日頃は見られない着飾った姿で、やっぱり綺麗だ。
どうしていつもこんな風にしないのかな?
いつも纏めている長い髪を下ろして明るい色の服に変えるだけでも、いつものダーク色系のスーツだけじゃなくて、眼鏡も外せばもっと、伊達眼鏡なのは知ってるし。
だが、着飾った彼女に近寄る男が増えるのも嫌だしなぁ。
彼女に見惚れながら、そんな事を考えていたら、いつもの様に褒めるタイミングを見失ってしまった。
ダメだな・・・これだから一向に彼女との関係が進展しないんだ。
仕事や出張に託けて、休日出勤をさせたり、自宅に呼んでみたりしたけど、名目だけの筈の仕事が邪魔をして、一緒に居る時間こそ増えているが、距離は縮まらない。
私の恋愛スキルが低いからだろうか?
今まで仕事一筋で来てたからなぁ・・・上手く誘ったりする事が出来ない。
休みの日に誘おうと思っても、日頃仕事で忙しい彼女の休日は付き合いが色々と大変そうだし、私からの誘いに予防線を張っているのかもしれないが。
今夜も折角一緒に居ると言うのに、私が挨拶している隙に彼女はどこかに行ってしまうし。
やっと見つけた彼女の傍には、何故か男がいるし。
それも私より若くて背が高くてハンサムな男が。
聞こえて来た会話に愕然とした。
『枝里ちゃん』?名前で呼ぶような仲なのか?
「田村さん、こちらは?」
どんな知り合いなんだ?
「初めまして、僕は彼女の幼馴染でして」
私は彼女に訊ねたのに、何故か男の方から挨拶をされて名刺まで出される始末。
そんな事をされたらこちらも名刺を出して挨拶しなければならなくなる。
交換した名刺に載っている名前は覚えのある旧家の財閥系の社名と同様の姓・・・御曹司と言う訳か?
彼女の幼馴染と言ったが、肝心の彼女は「ちょっと!蒼司!」と名前で呼び合う仲なら間違っていないのか?
それとも、それ以上の仲なのか?
「ああ、やはりあなたが大沢さん。お噂はかねがね伺っておりますよ。お若いのに遣り手だとか」
私よりも若い彼にそんな事を言われたくはないが、引き攣りながら笑顔を引っ張り出す。
「いえ、こちらこそ、成島さんは優秀な後継ぎに恵まれていると聞き及んでいます」
くそっ、これがお世辞ではなく事実なのが口惜しい。
「恐縮ですね」
私の言葉に衒いもなく返して来る度胸が羨ましい。
生まれ育った環境と言ったものは馬鹿に出来ない。
不慣れな私とは違って、社交の場での態度は引けを取らない立派なものだ。
「枝里ちゃんがあの会社に入った事は聞いてたけど、大沢さんの部下だとは知らなかったな?どうですか?彼女は?」
そんな事を聞いて来るなんて、お前は彼女の身内か?
どれだけ親しいか、私に誇示したいのか?
「とても優秀な秘書で助かってますよ」
そう答える以外にどう答えられる?
「そうですか」
満足そうに微笑む彼に歯痒い思いをしている私の前で、更に二人の仲を見せつけられた。
「枝里ちゃん、今度ウチにおいでよ。親父もおふくろも会いたがってるし、僕も叔父さんや叔母さんに会いたいな。枝里ちゃんの手料理も久し振りに食べてみたいし。今度、連絡するね」
親同士とも交流があるのか?
おまけに彼女の手料理だと?
確かに彼女は日頃から弁当持参派で、チラリと覗いた手作り弁当は美味そうだったが、私は指を咥えて見てる事しか出来なかったのに!
こいつは食べた事があるって言うのか?
私は茫然と立ち去る彼を見送る事しか出来なかった。
舌打ちしたような音が聞こえて、慌てて我に返ったが、彼女もじっと彼の後姿を見ている。
ダメだ・・・彼がライバルなら私には到底太刀打ち出来ない。
「何か御用ですか?」
と聞いて来た彼女に力尽きた私は「もう帰る」と告げる事しか出来なかった。
本当は、この後で彼女を誘うつもりだったのに・・・あまりにもショックで誘えなかった。
あの場で並んで立っていた二人は、身長差こそあったものの、美男美女でお似合いだった。
着飾ると華やかに雰囲気になる彼女と、噂では外国の血を引いていると言う彼は絵になる様なカップルだった。
彼女に付き合っている人がいるとは聞いていないし、あれだけ仕事で休日を潰しても文句が言われないものだから、てっきり彼女はフリーなんだと思い込んでいたが、違ったのか。
いや、でも、付き合っているのなら、彼女が今の部署に居る事を知らないのはどうしてだろう?
名乗った時も『幼馴染』であって『恋人』だと言われた訳ではないし。
ただ、単に久し振りに再会しただけなのか?
まだ、付き合ってはいないとか・・・それなら私にも希望はあるかもしれない!
それでも、サラブレッドの彼と私では比べ物にはならないだろうか?
鬱々とした週末を過ごしてから出社すると、秘書室の前で彼女と朝霧が話している場面に遭遇した。
「・・・僕は負けませんから」
そう言った朝霧と彼女に私の存在を気付かれて、二人に「おはようございます」と挨拶され、二人の会話は途切れてしまったようだ。
『負けない』とは何の事だろうか?
もしかして・・・私の彼女に対する気持ちが咋で、それを察した朝霧が彼女に告白したとか?
朝霧も成島の御曹司ほどではないにしろ、エリートだし、私よりも彼女と年が近いし、神経質そうではあってもハンサムだ。
出来れば、仕事上の事だと思いたいが、彼女と朝霧では立場が全然違うし、第一、彼は間もなく海外に留学する事が決まっている。
内田さんの時と同様に後任の選抜待ちな状態なのだが、彼女も一緒に連れていくつもりなのか?
そんな事になったら・・・どうしよう?
と、とにかく、朝霧が少しでも早く留学出来るように後任を決めなくては!
彼女との接触も減らす様にして!
職権乱用も甚だしいが、のんびり構えている余裕はない。
そうだ!来週のアメリカ出張にも彼女を連れていこう!
朝霧が同行する予定だったが、英語圏なら彼女の方が英語が堪能なんだし。
本社のCEOと顔を合わせる事になるが、多分、恐らく彼女とは血縁関係にある、筈だと思うし。
でも、CEOは私よりも若いし、金持ちだし、顔も整ってるし、成島の御曹司よりもハードルが高い。
ああ、もう・・・どうしてこんなにライバルが多いんだぁ!!
彼女が魅力的なのがいけないのか?
それとも・・・私に不利な条件が多過ぎるからなのか?
年は離れてるし、オジサンだし、資産もないし、実家は田舎で普通のサラリーマンだし。
彼女がウチに来た時も部屋のみすぼらしさに驚いてたし、一人で住むのにそんなに広いマンションだなんて勿体なくて、就職してから住み変えてないのが拙いのか?
車も都内じゃメンテと経費ばかりが掛かって勿体ないから持ってないし、第一社用で使える車があるし。
貧乏臭い処がダメなのかなぁ?
この際、思い切って貯めるだけだった貯金を下ろしてでも、彼女と過ごす為の新居を購入して見るとか?
でも、振られたら・・・老後の為にも貯金は必要だしなぁ。
ああ、こんな考えをするからダメなのか?
根っからの庶民の発想から抜け出せないのはマイナスにしかならないんだろうなぁ。
どうすれば彼女に好きになって貰えるんだろうか?
大切ですよね、庶民感覚。
金銭感覚が違うと大変です、色々と。
次は女王様視点で。