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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

異世界転生ですか、そうですか。

作者: まちどり
掲載日:2026/05/15

 これって異世界に転生したのかなぁと、ぼんやり思ったのは三歳の誕生日の頃。


 侍従に抱っこされてパーティーの招待客に

エドマリス(えどまいしゅ)三歳しゃんしゃい

と小さい手の親指と小指をくっつけて『三歳』を強調する自分自身に、滑舌悪いなぁと心の中で突っ込んで、はて、何で俺こんなことやってんの?と疑問に思った。


 日本で暮らしていた記憶が薄らと残っている。前世は日本人独身男性、個人情報は曖昧で死因は不明。だけど現在はエドマリス、黒眼碧眼マッシュルームカットの三歳児として淡々と生きている。

 ん~、異世界転生って、こんなもん?


 今までなんとなくぼんやりと流されるように生きてきたけど、物心つく前のお子様って、そういうものなのだろう。


 だが、これからはこの世界で幸せに暮らしていく為には自ら動いて場を調えていかねばなるまい。

 ぬるま湯に浸かったような生活は、今は快適でも何もしなければやがては冷める。俺は40℃より高い温度のお風呂は苦手だが、ぬるま湯より冷めた風呂は嫌いだ。


 …そういえばここの生活様式は中世ヨーロッパ風に見せかけて、思い返せば俺は風呂、というよりたらいでお湯浴びを毎日している。そう、上下水道が整備されている。

 食事にしても所謂和食は見当たらないが、牛乳、玉子は新鮮な物が手に入るようだ。新鮮野菜の生サラダマヨネーズ掛けが食卓に並ぶのも珍しくはない。


 そして、この世界には『魔法』がある。

 メイドや侍従・侍女がたまにキラキラしているので、それは何なのかを訊ねた。すると、主人の世話をするのには『生活魔法』というのが必須なのだと教えてもらった。俺の食べこぼしが綺麗になっていたのは『清浄魔法クリーン』にるものだったのか。


 この世界の住人は多少の差はあれど等しく魔力というものを内包しており、貴族であれば多くの魔力を保有しているものなのだとか。

 …何そのナーロッパ風設定。これ、ゲームとかアニメ、漫画コミック、小説の世界に転生したとか?いずれのタイトルも思い浮かばないが。


 周囲に人がいない時に

「ステータス・オープン」「鑑定」

とか小声で唱えたりしたけど、半透明なウインドウが開くことも無く、つまりゲーム要素は少な目かも?


 だが、どの様な世界だろうとも、俺にとっては『現実』だ。俺がこの世界で幸せに生きていくには、魔法の駆使は必然だ。

 幸い、現状は衣食住の心配は無さそうだ。であれば、子どもでいられる内に魔法だけでなく体力も知識もできるだけ蓄えておかなければ!


 そうして、俺は自身の鍛練と共に周囲を観察して状況を確認して考察を重ねる日々を送る。


 俺の誕生日パーティー以来会っていないが、父親はルクーシェ侯爵家当主、エドワイズ・ルクーシェ、くすんだ金髪碧眼のイケオジ。母親はルクーシェ侯爵夫人、プリシアナ・ルクーシェ、明るい茶髪緑眼の美魔女。

 領地経営とか家内差配等で忙しいらしいし、周囲の者達から報告はあるのだろう。だが、同じ館にいるのに一カ月以上も顔を見ないとか、彼等は余程子育てに興味ないのだろう。


 いつもお世話してくれる侍従やメイド達は俺のことを「エドマリス坊ちゃま」と呼ぶ。で、以前の俺はその「坊ちゃま」というのが自分の名前だと認識していたらしい。

 誕生日パーティー直前にそのことで母親の勘気を蒙った乳母が解雇されて、今の俺には教育係と呼べるものはいない状態だ。

 ある意味自由に動けて好都合。

 侍従やメイドに絵本を読んでもらい文字や文章を読めるようになると、「ぼうけんしてくる!」と館内外を自由気ままに探索した。


 館内の部屋という部屋を、その過程で俺ではなく侍従やメイドが叱責されるのにも構わず暴き、図書室・資料庫を見つけた時には

「宝の山だ!」

と小躍りして喜んだ。


 そんな外から見ると子どもらしい生活をしていた俺は昼寝や就寝時間に一人になると、本を読んだり魔法の習練を行ったり、部屋を抜け出して隠密行動の鍛練を兼ねて秘密の部屋や通路を探してみたりしていた。




 今夜もおやすみなさいとベッドに入るも、部屋の灯りが落とされ一人になると起き出した。

「もうすぐ満月だなぁ」

と呟きながら寝静まり誰も居ない廊下を歩く。


 流石は侯爵邸、まだまだ全容は掴みきれない程広い。

 脳内でマッピングし巡廻兵をやり過ごしながら探索していると、何処からか微かにすすり泣くような声が聞こえる。…小さな子どもが、泣いている?


 その小さな声を辿るとたぶん物置らしい部屋の前まで来た。

 普段は人が寄りつかないのか本邸の廊下だというのに埃っぽい。だからつい最近この部屋に何かを引き摺って入れたんだなという跡が残っている。そして扉にはかんぬきが掛けられていて中からは開けられない。


 状況的には、子どもが閉じ込められて泣いている。何をやって罰を受けているのかは知らんが、お仕置きするにしてもやり過ぎたら虐待だぞ。


 普通の三歳児であれば無理だろうが、俺は身体に魔力を廻らせ強化すると閂を外す。うん、日々の鍛練の賜物だな。扉を開くとギィィと軋んだ音を立てた。


 そっと中を覗く。

 部屋の中は物が無く殺風景で、その奥には体育座りのお子様が目を見開いて俺を凝視していた。…吸い込まれそうなネオンブルーの瞳で。


 明かり取りの窓から差し込む柔らかい月明かりに包まれて、肩まで伸びた仄かに青みを帯びる銀髪は淡い光を纏い、人形のように整った綺麗な顔立ちは泣いた跡を残していても損なうどころか庇護欲をそそる。


 北向きの湿気た室内に似つかわしくない、神々しさすら感じさせるその存在感は、まさしく天使!


 俺が見蕩れて立ち尽くしていると、天使のまん丸の目からポロリと涙がこぼれた。


 はっ!泣かせたままじゃ、駄目じゃん?!


 俺は天使を怖がらせないようにゆっくりと近づき、腰を落とし目線を合わせて

「どうして泣いているの?どこか、痛い?」

とハンカチを差し出す。


 天使は突然現れた俺にどう対応したら良いのか判らない様子で、俺の顔、ハンカチ、扉と視線を彷徨わせる。

 その都度ポロポロと涙の雫が落ちるので

「お顔、拭き拭きするよ」

と彼の目尻にハンカチを当てる。

 すると彼はびっくりしたのか、ひぅっ、と息を呑んで目を閉じ、だがハンカチの優しい当て方に安心したのか、ふぅ~と余計なりきみが無くなっていった。


 一度気が付くと、酷い臭いが鼻につく。髪はボサボサ伸び放題、肌もカサついて服も着た切り雀なのか汚れが目立つ。そして食べこぼし、というよりこれは…酷い臭いの薬湯をぶっ掛けられたような染みはまだ新しい。


 何故彼は此処に閉じ込められて放置されていたのだろう?というか、彼は何者?この銀髪碧眼は長い廊下に飾られたお歴々の肖像画で良く見る色彩だ。年は俺より二、三才上か。庶子とか隠し子とか?

 家族構成含めた家の歴史を訊こうにも、教育係はいないし周囲の者達もなんとなくその話題を避けている感があったのは、この子が原因か?


 顔を拭い終わると、

「綺麗になぁれ♪」

清浄魔法クリーンを掛けた。キラキラキラ…と細かな光が舞い、身体も衣服も汚れが落ちていく。うん、上出来!毎日の鍛練の成果が出てる。


 …長い睫毛まつげに縁取られた(あお)い瞳が煌めきながら俺を不思議そうに見つめる。幼いながらも美形だなぁ。

 ともあれ、自己紹介と誰何だ。柔らかい声音を意識して

「ぼくは、エドマリス、さんさい」

 噛まずに言えた。

「きみは、だれ?」

 コクンと小首を傾げてあざとく可愛さをアピールだ!


 彼は頬をほんのりと赤らめる。チョロい。

「ぼ、ぼくは、オズワルド。ルクーシェ侯爵家長男、オズワルド・ルクーシェ、6歳」


 え?!お兄様とのはつ対面、キターーー!

「って、何でこんなボロボロの姿でこんな所に閉じ込められてるんだ?」

 しまった!素で返したら天使改めオズワルドお兄様は目を大きく見開いて固まった。

「あ、えっと、ごめん、なさい。驚かせるつもりはなかった、です、お兄様」


 オズワルドは、ふっ、と頬を緩める。

「ルド、だよ、マリィ」

「…ルド?マリィ?」

「『ルド』って呼んで欲しいな、マリィ」

「…ルド、兄様」

 俺が呼び掛けると、ルド兄様は嬉しそうにふわりと笑った。うわぁ、美形の微笑み、プライスレス!


 しかし、俺を『マリィ』呼びとは?と困惑していると。

 クゥゥ~~…。

 小さな腹の虫がルド兄様の空腹を控え目に主張する。そういえば彼は何時から此処にいるのだろうか。


「ルド兄様、晩御飯は食べましたか?」

「ううん」

「お昼御飯は?」

「ううん。お昼のスープをこぼした罰だ!って、此処に閉じ込められたから」

 彼はふるるっとかぶりを振る。

「誰に?」

「メイド」

「なんだその駄メイド!ルド兄様をこんな酷い目に合わせるなんて、許さん!この俺が成敗してくれる!」


 拳を握り締めて憤っていると、ククク…と含み笑いが聞こえて我に返る。ルド兄様が顔を真っ赤にして口と腹を押さえて笑っていた。ものすごく受けたらしい。空腹も相まって腹筋が相当なダメージを喰らってそうだ。


 清浄魔法(クリーン)で室内を綺麗に清掃して魔法の収納庫(ストレージ)からパン、苺ジャム、水を出す。

「パンって、こんなに柔らかかったんだ…」

 ルド兄様は食べながら今までのことを話した。


 両親とはたまに会う程度で、殆ど乳母と家令に育てられたこと。母親の葬儀後、乳母と家令が来なくなり使用人達の自分への扱いが雑になったこと。日当たりの悪い、狭い部屋に移されたこと。

 父親が再婚して新しい母親と腹違いの弟がいるらしい、とメイド達の会話から察したが、顔合わせはしていないこと。

 

「今日のお昼のスープ、臭くて食べるのに手間取っていたら、メイドにいきなりお皿を引っくり返されて、言うこと聞かないからって此処に閉じ込められた」

 駄メイド、許さん!


 さて、もうベッドに潜ってお休みしたいのだけど、ルド兄様を一人にさせたくないなぁ。綺麗にしたからといって、ほぼ何も無い物置部屋の床で寝るのは嫌だし。


「ぼく、お部屋に戻りたい。ルド兄様、一緒に寝よう?」

とお誘いする。

「えっ…良いの?」

 明らかに遠慮してる。警戒してるのか?少し揺さぶってみよう。

「…駄目?」

 気持ち上目遣いで小首を傾げる。あざとい?いや、かわいいは、正義だ!

「っ!い、いいや、駄目じゃない」

 ルド兄様、顔真っ赤。うん、かわいいは、正義だ!


 ルド兄様の体力が心配だったけど、巡廻兵に見つかること無くなんとか無事に俺の部屋に帰った。


 二人で布団に入って、ルド兄様は

「ふかふかの布団、久し振りだぁ…」

と呟くと、そのままスヤァ…と眠ってしまった。

 彼の閉じられた瞼と長い睫毛の影を見ながら、疲れていたんだなぁと思った所で意識が途切れた。


 夜が明けて寄り添う天使達(ルド兄様と俺)の寝顔を見てメイドと侍従達が「尊い(てぇてぇ)…」と悶えまくっていたなんて、俺は露とも知らなかったのだが。




 目が覚めて二人で朝食を食べると、ルド兄様が湯浴みをしてもらっている間に俺は父様の執務室に突撃だ!


「「お待ちくださいっ!エドマリス坊ちゃまぁぁぁ──」」

 侍従と家令の制止が遠退いていく。誰も俺を止められない!

 執務室の場所は判っている。迷路のような邸宅内を、俺は誰の邪魔にもならないように細心の注意を払いつつ爆走した。


 執務室の扉の前には、護衛騎士とメイドが控えていて

「っ?!エドマリス坊ちゃま?!如何なさいましたか?」

と扉の前に立ち塞がる。が、俺は小さい身体と俊敏さで躱して扉をバンッ!と開く。

「たのもー!」

 …道場破りか?


 呆気にとられて一瞬間抜けな顔を晒した父様は、執務机で羽根ペンを握ったまま

「何事だ、騒々しい」

と直ぐに侯爵家当主の威厳を身に纏う。父様の傍に控える執事や侍従の横槍が入る前に、俺は口上を述べる。


「おはようございます、父様。突然の来訪、お許しくださいませ。早急に確認及び手配のお願いを致したく参りました」


 うん。三歳児の言葉じゃないよなぁ。室内を沈黙が支配する。間抜け面は無いけど、皆様目の前の珍事を理解するのに時間が掛かっているようだ。

 構わず、俺は言葉を連ねる。


 曰く、ルクーシェ侯爵家長子オズワルド・ルクーシェが養育を受けておらず、昨夜もメイドに折檻されていたこと。

 曰く、自身にもオズワルドにも教育係がおらず、真面な教育が成されていないこと。

 曰く、母親・家令が手配せず放置しているのならば彼等に依頼したところで状況が改善する見込みは少ないだろうから、直接ルクーシェ侯爵家当主である父様に直談判に来たこと。


「ルクーシェ侯爵家の先行きを案ずるのであれば、早急に問題の解決、是正を行いオズワルド兄様と私エドマリスの待遇改善を希います」


 言い終わって口を閉じると、再び場を沈黙が支配する。…ん~、滑舌の悪さはかなり直したのだが、意味不明な言葉でも連発してしまったのだろうか?


「エドマリス。その言葉遣いは誰に教わったのだ?」

 ようやく再起動した父様の第一声、それで良いのか?

「私に教育係は居りません。図書室の本を読んで自力で習得しました」

 言ったよねぇ、教育係がいなくて困ってるって。


 特に当家の歴史について詳しく習いたいとお願いすると、退職した元家令を呼び戻すよう手配すると言う。ルド兄様と俺の待遇についても侯爵令息としての扱いに改めるように父様の方から厳命を下すとの言質を取った。よしっ!


「お話聞いていただき、ありがとうございました。突然お邪魔してごめんなさい。お仕事、頑張ってください」

 俺がペコリとお辞儀をすると父様は

「あ、あぁ。お前も精進するように」

と返してくれた。

 なんか嬉しくて

「はいっ!父様、ありがとう!大好だいしゅき!」

 にぱっと満面の笑みを向けて、そのまま退室した。うん、俺、三歳。礼儀作法はこれから学ぶ。




 ルド兄様の部屋は、俺の隣に調えられた。

 一緒に昼飯食べて寝て起きたら家令が土気色の顔をして立ってた。

「奥様がお呼びです」

「坊ちゃまは、二人いる。ぼくはエドマリス」

「はい、存じております、エドマリス坊ちゃま」

 朝、父様の執務室に突撃(カチコミ)した余波かな。

 ルド兄様が心配したけど、呼ばれているのは俺だけだからと一人で行く。


 家令の横を大人しく付いて歩く。三歳児の歩調に合わせてくれる気遣いが嬉しい。

「お名前、教えて」

「ハンス、です、坊ちゃま」

 ハンス、茶眼茶髪中肉中背20代後半の青年。顔色悪し。


「今朝、父様に直接お話したの、ごめんね。ぼく、すごくすごく怒ってたんだ」

 俺の謝罪が意外だったのか、ハンスはパチパチと目をしばたかせた。

「いえ、オズワルド坊ちゃまの処遇や使用人の差配の不備は、私の不徳の致すところです」

 ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした、とハンスは立ち止まって深々と頭を下げた。…悪い人では無さそう。


 ハンスは家令補佐から家令に抜擢されてまだ日も浅く、七転八倒な日々なのだと愚痴る。元家令は老齢で、身体が動く内にいろいろな所を旅してみたいと退職したのだとか。


 母様のことも話を聞く。

 元ラクター伯爵家次女で王宮の事務局に務めていたが、父様にお手付きされて囲われて王都で出産し、先妻の喪が明けると同時に籍を入れて領地に来たのだという。


 先のパーティーは俺の誕生日会はおまけで、本題は母様と俺の顔見せ。母様は以前は王都のタウンハウスで、領地に入った2ヶ月前からは領都侯爵家本邸で、執務に追われているのだとか。


「お仕事、そんなに大変なんだ」

 まさか要領悪いのか?

「ここだけの話ですが、先妻様は家内のことはまるでなさらず、それどころか侯爵家内外で問題を起こしてばかりで。

 今の奥様は結婚前からその尻拭いに奔走されていたとか」

 本邸でも奥様が真面な方で良かったと使用人一同胸をなで下ろしていたのですよ、とハンスは苦笑した。


 さて、母様の執務室。入室して直ぐに

「母様にお話しする前に父様にお話ししてしまって、ごめんなさい」

と謝罪した。母様は、はぁ、と溜息を吐くと

「座りなさい」

とソファを指差した。眉間に皺が寄ってても、美人だなぁ。


 母様と向かい合わせでソファに座る。お茶とお茶菓子が供されたのは話が長くなる前提か。だが三歳児の小さな身体では腕を伸ばしてもテーブル上のそれらには手が届かない。


 人払いがされて、室内には母子二人きり。

「今朝、侯爵様から叱責と厳命を下されたわ。後でオズワルド坊ちゃまにも謝罪はしますけれど、その前に貴方に直接事情を聞くことにしたの」

 母様はそう言うと、お茶を一口飲んだ。


「…『侯爵様』?『オズワルド坊ちゃま』?」

 後妻とはいえ、侯爵夫人としては言葉が変だ。と思ったら。

 母様は、ふぅ、と息を吐いて

「…未だ、馴れないわね」

と頬に手を当てた。憂い顔も素敵な美魔女。


いずれ貴方には告知しなければならなかったの。まさかこんなに早くなるとは思ってなかったのだけど」

 何を?

「私は、貴方の母親ではありません」

 は?

「侯爵様は、貴方の父親ではありません」

「え?じゃあなにか?俺は木の股から生まれたとか言うんじゃねぇだろうな?!」

「そうであれば、簡単に処分できたのでしょうね」

「処分て…俺、人間…だよな?」

 人外だとか言わねぇよな。

「それは…考えたことも確認したこともありませんが。おそらく人間で間違いないかと思いますよ、たぶん」


 実は母親ではなかった目の前の美魔女は、諦観の念を滲ませて口を開く。


 三年と少し前、王宮に勤めていた母様、当時はラクター伯爵家次女のプリシアナは密かに王妃殿下に呼ばれた。

 その時に国王陛下と王妃殿下から黒髪の赤子、今のエドマリスつまり俺を自身の子どもとして育てるように、と託されたという。

 父様、当時はルクーシェ侯爵家嫡男のエドワイズも援助するようにとその場で命じられたのだそうだ。


「じゃあ、俺、何処の馬の骨かも解らんとか?」

「いいえ。余計な詮索はしない方が良いのだけど、状況的に王族に連なる者、との可能性が高いかしら…難しい顔をさせて申し訳ないわね」


 もしかして俺、母様父様に多大な迷惑をお掛けしている真っ最中なのか?!

 神妙な顔付きで黙り込む俺と対照的に、母様は秘密を暴露して気が楽になったのか少し表情が明るくなる。うん、やっぱり美人さんだな。


「貴方は三歳にしてはとても聡明で、だからいろいろ気が付いて中途半端に情報を得て間違った理解をされるのは、お互いの利にならないと思ったの」

 そう言いながら母様は移動すると俺の横に座り直して、テーブルに置いてあった白木の小箱の蓋を開ける。

 中に収まっていたのは、細かな彫刻を施された銀色のブローチ、と見せかけて鎖が付いているからペンダントかな。


 手渡してもらってじっくりと観察する。

 ロケットになってて、開くとまたロケット。マトリョーシカか?中のロケットは、開かない。


「これは貴方の身分を示す物として国王陛下から賜ったもの。私達が親子ではないと明かした時に渡すつもりだったのだけど。

 流石に今、渡されても困るでしょうから、まだ侯爵家の金庫にしまっておくわね」

 

 俺の手が届かなかったカップやお茶菓子を手渡して、

「子どもは苦手なのだけど、貴方は話しやすいわ」

と美魔女が柔らかく微笑む。


 ルド兄様を害したメイドは厳しい罰を与えてから解雇するのだと言う。

「私も今の家令も、現状維持のつもりで何も言わなかったのだけど、まさか放置されているなんて思いもしなかったわ。オズワルド坊ちゃまを助けてくれて、本当にありがとう」


「どういたしまして。…たまにはこんな風にお茶したいです」

 この体格差だとどうしても上目遣いになるよね。

「えぇ、是非。次はオズワルド坊ちゃまも一緒にね」

 母様が嬉しそうに目を細める。

「父様も一緒だよ…母様なのだから、『坊ちゃま』とか『侯爵様』はおかしくない?」

「そうね…善処しますわ」


 面倒なことは片付く目処が立ったから、これからは父様、ルド兄様ともちゃんと『家族』として暮らしていけるように心を配っていく、と母様は俺の頭を優しく撫でた。




 ルド兄様の部屋は、隣。だが、御飯も昼寝もお風呂も就寝も、何故か俺の部屋で二人一緒に過ごしている。

 まぁ、人員配置の手間もあるのだろうし、学習の時間は隣のルド兄様の部屋で二人一緒に受けているし、たぶん、今だけだ。


 と思いつつ早七年はやななとせ。俺、十歳、ルド兄十三歳。


 ルド兄は俺のサラサラな黒髪を梳くように撫でるのが好きで、一度小学生男子っぽく短く切ったらギャン泣きされて、それ以来切っていない。鬱陶しいから普段は三つ編みにしている。くりくりっと丸い深い藍色の瞳と甘い顔立ちで初見はどう見ても女の子だ。


 ルド兄は「邪魔だから」と前髪、頭頂部が長めで横と後ろを刈り上げた短髪。なんか理不尽。ルド兄が寝ている隙に髪の長い部分をちまちまと三つ編みにして似而非えせドレッドヘアー!って遊んでたらメイド達から無茶苦茶怒られた。ルド兄はケタケタ笑って許してくれたのに。解せぬ。

 そんな彼は剣の鍛練時は真剣な眼差しで、少年剣士の風格でメイド達を魅了しております。年の差もあるのは理解してるけど、俺、打ち合いで一度も勝てたこと無い。悔しいの通り越して天晴れ!って感じ。


 領都と王都を行ったり来たりでいろんなことがあったけど、基本は二人いつも一緒。


 旅路で魔獣に襲われたり、孤児院の慰問で孤児に間違えられて折檻を受けそうになったり、王都で拐かしに会ったり、禁足地の森に迷いこんだり、まぁ、いろいろ。

 でも、ルド兄と助け合って大した怪我もなく解決できたから、結果オーライだ。

 周囲の大人達は毎回右往左往してたけどね。




「ルド兄。そろそろ独り寝の練習したら?」

 相変わらず同じベッドで寝るのは何故?

「なんで?一緒に寝るの、嫌?」

 ルド兄が悲しそうに眉を下げる。僕を捨てないで!とか副音声で聞こえる。

「嫌じゃないけど、俺もう十歳だし恥ず───」

「嫌じゃないなら、良いよねっ!」

 ルド兄は嬉しそうにふわっと笑う。うん、美形の笑顔は、凶器だ。


「で、でも、学園に入学したら、嫌でも一人で寝ることになるんだよ?」

 この国の王侯貴族の子息令嬢は、十四歳になる年に王都の王立学園で5年間学ぶことになっている。全寮制なので、入学までに基本的な生活習慣を身に付けておく必要があるのだけど。


「部屋、隣同士だから大丈夫だよ」

 そんなこと心配してたのか、い奴!と彼は俺の頭を撫で撫でするが

「ちょっと待て俺十歳だぞなんで寮のルド兄の部屋の隣に俺の部屋があるんだよ?!」


 なんでも先日受けた入学試験の結果、俺の特別早期入学が認められたとか。

「え?この前のルド兄と一緒に受けてきた試験、あれって、俺の今の学力を測るためとかって、言ってたよね?」

 俺の学園入学とか、聞いてないぞ!


 母様に確認すると

「あら、言ってませんでした?」

 全く聞いておりませんが?!

 これは既に決定しており入学準備も二人分用意済みだそうだ。

「これってもしや王家絡んでる?」

と、コソッと訊ねると、母様はニコニコと良い笑顔を見せた。うわぁ。


 学園入学の為に王都へ出発する。

 ♪ドナドナド~ナ~ ド~ナ~~…♪

「何歌ってんの?」

「子牛が売られていく歌。全然そんな感じじゃないけどね」

 すっきりと晴れた空の下、俺達家族を乗せて馬車は他の馬車や騎馬と隊列を組んで快調に飛ばしていく。途中襲ってくる魔獣の群れを屠りながら。


 まぁ、今までもなんとかやり過ごしてきたんだ、これからもどうにかやっていけるだろう。

 意外に揺れの少ない馬車の中、俺を抱き枕のように抱えて眠りこける天使(ルド兄)の規則正しい心音を聞きながら俺はゆっくりと意識を手放した。


 読了、ありがとうございました!

 行き詰まった連載の息抜きに、思い付くまま書きました。どっかで見たような内容ですよね。

 この話が続くかどうかは読者様の反応を見て余裕があればという所です。

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